第64局 二大巨頭
「うわっ! このポスター凄いですね会長」
「そりゃそうだよ稲田君。何てったって、頂上決戦だからね。印刷会社さんで、最高級クラスのオプションをモリモリつけて、張り切って作っちゃった」
王棋戦第一局の対局場となる、東京立川市にあるホテルのロビーには、デカデカと羽瀬王棋と桃花が対峙するポスターが掲げられていた。
「あと、あの等身大の羽瀬王棋と桃花のパネル。普段はボール紙製なのに、今回はアクリルスタンドなんですね。あれも高いんじゃないですか?」
「いいんだよ。今後、何度も使うだろうしな」
「まぁ、そうなるでしょうね」
「おっと、社長。これはどうもお久しぶりです」
スポンサー様のお偉いさんを見かけたようで、北野会長は挨拶伺いにいった。
スポンサー様相手はちゃんとしてるんだよなあの人は、と会長の背を見送ってから、再度ロビーを見渡す。
いつにも増して、多くの将棋ファンたちが等身大パネルの前で記念写真を撮り合っている。
『二大巨頭の頂上対決』
ポスターにも、等身大アクリルパネルの裏にもデカデカとパネルで掲げられているキャッチコピーだ。
羽瀬覇王・名人が棋界の頂点に君臨して十数年の月日が流れた。
若き天才が、圧倒的な才能で全てを蹂躙する様は、ある種の快楽をファンにもたらした。
ただ、それが何年も続くと、徐々にその極上の快楽に慣れや飽きを感じてもいた。
そんな矢先に現れた新たな若き才能。
文字通りの盤石の羽瀬一強時代の牙城を崩せるかもしれない、新たな才能である桃花の出現。
そして天才同士がしのぎを削り合う図式は、全てのファンが待ち望んできた景色だった。
「あの~、すいません稲田師匠。お写真いいですか?」
考えに耽りながら、ボーッと羽瀬覇王・名人と桃花の等身大パネルを眺めていたら、将棋ファンの人たちに声を掛けられた。
「はい? ああ、写真ですか。けど、桃花は今、前夜祭の準備でここにいなくて」
「いえいえ。師匠と一緒に撮りたいんですよ」
「私たち、桃花ちゃんのファンですけど、師匠のことも応援してますから」
「そ、そうですか。それは光栄です」
最近は、若い女性の将棋ファンたちも増えた。
高校の同級生で友人の美兎ちゃんとの絡みからなのか、女の子向けティーンズファッション雑誌にたびたび特集されているのだ。
将棋の棋士がファッション誌に登場するなんて、今まで考えられないことであった。
「あれ? そのスマホバッグは」
彼女たちが撮影のためにスマホを取り出そうとした、首からスマホを提げるバッグの柄に見覚えがあり、俺は思わず声をかけてしまう。
「これですか? これは桃花ちゃんの着物の柄とお揃いのスマホバッグなんです」
「黄色が一番人気なんだよね」
「雑誌のインタビューでも、桃花ちゃんが一番お気に入りの着物だって言ってたもんね」
桃花ファンの彼女たちに詳しく聞いてみると、どうやら白玲呉服店で発売している小物アイテムのようだ。
中々に商売上手だな、白玲呉服店の女将は。
「なるほど色んな製品が出てるんですね。さて、誰か写真を撮ってくれる人はっと……」
誰か懇意の将棋連盟職員の人でもいないかなと、ホテルのロビーを見渡していると……
「私が撮りますよ」
「ああ、ありがとうござい……って、桃花かよ」
声をかけてきたのは、前夜祭のために部屋で学校の制服に着替えてきた桃花だった。
「綺麗なお姉さんたちに囲まれて、何だか楽しそうですねぇ師匠」
ファンの前だからなのか、桃花はニコニコ笑顔を絶やさない。
まるで、貼り付けられたような笑顔で、目は全く笑っていなかったが。
「お前のファンの方々で、俺はそのついでに写真を頼まれただけだ」
「本当かな~?」
桃花は笑顔を貼り付けたまま、俺の眼をまっすぐに見据えて、真偽のほどを確かめようと顔を近づけてきた。
「顔が近い」
「まぁ、目を逸らさなかったので、とりあえずは不起訴処分にしましょう」
「検察官かよ」
プイッと相対していた顔を逸らし、とりあえず桃花の沙汰が終了したことにホッと胸をなでおろす。
「あ……あ……生の桃花様だ……」
「前夜祭でないと見れない貴重な高校の制服姿を、先駆けて見れるなんて……」
「存在がもう尊い……同じ生き物に思えない……」
「師匠への焼きもちムーブありがとうございます!」
気付くと、ファンの女の子たちが、両手をすり合わせながらなぜかこちらを拝んでいた。
「じゃあ、写真撮りますね」
「いや、桃花が来たなら、これは俺が撮影係になった方がいいんじゃ」
「いえ、出来れば師弟一緒に。っていうか、私たちがお二人の間に入るとノイズになるので!」
「え? そんなのでいいんですか?」
「はい! もちろんです!」
なんだかよく解らないが、その後、俺と桃花はバシバシと色んなポーズで写真を撮られた。
「次、手で半分ハートを作ってくっつけてください!」
「いや、それは流石にいい歳して恥ずかしい……」
段々、遠慮が無くなって来たなこの人たち。
こういうポーズは女の子同士でやるから可愛いんじゃないのか?
「師匠、ファンあってこその私たちです。ここはファンの声に応えるべきかと思います」
「なんで、こういう時だけ、模範的な回答なんだよ!?」
「ちゃんとSNSに上げておいてくださいね。私のアカウントでも絶対に引用しますから」
「は、はい!」
「ファンを使って俺の外堀を埋めようとするな!」
「何をホテルのロビーで騒いでいるのです」
俺と桃花がギャーギャー言っていると、背後から注意を受けた。
「あ、羽瀬先生。失礼しました」
「まったく。あなた達は、いつもタイトル戦でもこんな感じなんですか?」
ファンの前であるからなのか、羽瀬先生はいつもの研究会でのざっくばらんとした感じではなく、棋界序列一位としての謂わば余所行き用の態度で振舞っている。
「羽瀬覇王・名人だ……」
「すごいオーラ……」
思いもかけぬタイミングでのタイトルホルダーと挑戦者の邂逅に、周囲のファンは息を飲む。
「そろそろ前夜祭が始まるようなので、呼びに来ましたよ飛龍先生」
「わざわざありがとうございます羽瀬先生。それでは参りましょうか」
それぞれ、タイトルホルダーと挑戦者という立場ながら、表立ってバチバチということはなく和やかな自然体で、2人は連れ立って前夜祭会場のホールへと談笑しながら歩いて行った。
「す……凄かったね。二大巨頭の会話」
「うん……息するの忘れてた」
ファンの人たちは、息を吐きだし荒く呼吸を再開した。
俺の方は、さすがに研究会で会っているメンツなので、流石に気おされたりはしないが、ファンの人にとっては、目の前で繰り広げられる2人の会話というものに特別な物を感じたようだ。
「それにしても、桃花ちゃんと羽瀬覇王・名人が並び立ってるのは絵になるね」
「桃花ちゃんの相手は、羽瀬覇王・名人が良いってカプリング派閥もあるもんね」
「それ、あまり公の場で言わない方が良いよ」
「脳破壊ネトラレを嫌う師匠純愛原理主義派が、凄い角度から噛みついてくるから」
「え~、でも私は三角関係の様相も見てみたい」
「桃花ちゃんはハピエンになって欲しい」
俺は、いつのまにか本人の与り知らぬうちに派生していた派閥争いの話を、全力で聞こえないふりをして前夜祭会場へ向かったのであった。
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