第62局 弟子は高校2年生になりました
【桃花視点】
「おーおー、今年も息の良い1年生が入って来たね。みんな、若いな~。そりゃ、ついこの間まで中学生だったんだもんね」
「桃花……なんだか言ってることが、すれた女子大生みたいよ」
春。別れと出会いの季節。
私と美兎ちゃんは、校門前で写真を撮っている、真新しい制服を着た新入生を眺めていた。
今日は、高校の入学式だ。
「あ! 将棋の飛龍桃花四冠だ!」
「アウロラの上弦美兎ちゃんも一緒に居る」
「ちょっと……学校の先輩なんだから、さん付けしなさい。けど、2人とも可愛いいわね」
「俺、正直、あの2人が先輩になるからって、この学校選んだんだよな」
「俺も。付き合いたいとか、おこがましいことは考えてないけど、2年も同じ屋根の下の学び舎とか最高だろ」
私と美兎ちゃんに気付いた、新入生と保護者達がザワザワしている。
ただ、さすがに向こうから声かけをする度胸のある人はいないようだ。
しょうがない。
ここは先輩として、私の方から声をかけてあげよう。
私は、ちょうど近くにいた、新入生の女の子と、そのお母さんの二人連れに声を掛けた。
「入学おめでとうございます。良ければ写真撮りますよ」
「え! いいんですか⁉」
「入学式の記念の写真なら、親子のツーショットがあった方がいいですからね」
「あ……そっちですか……」
ん? なぜか、声を掛けた親子があからさまにガッカリしてるような。
「桃花。その子たちは、あなたと写真が撮りたいのよ」
「ええ……私なんかが高校入学の記念の日の写真におさまっちゃっていいのかな?」
「いや、むしろ一生の思い出になるでしょ」
美兎ちゃんからの指摘を受けて、声を掛けた親子の方を見ると、首をブンブン縦に振っている。
「そうなの? それなら、美兎ちゃんも一緒に入ったら?」
「私は事務所との契約の関係で、無闇に写真を撮らせちゃいけないのよ。だから、私が撮影係しますね。お母さん、撮るのはスマホでいいですか?」
「え!? 美兎さんが撮ってくださるんですか⁉ そんな恐れ多い……」
「ほらほら。入学式の開始までタイムリミットがありますから、早く校門前に並んで」
美兎ちゃんがパパッと指示してくれたので、困惑した母娘の親子はおずおずと美兎ちゃんにスマホを渡して、校門前にある入学式の立て看板の前に私を中央に挟む形で並ぶ。
「はい撮りま~す。念のためもう一枚……はい。OKです」
「ありがとうございました! 飛龍先輩! 上弦先輩!」
撮影を終えた1年生の女の子とお母さんが、顔を赤くしながらペコペコと頭を下げてお礼を言ってくる。
「苗字じゃなくて桃花先輩って呼んでよ。飛龍先輩って、なんか厳つい感じするから」
「私も上弦って呼ばれるの、強キャラみたいで嫌なのよね。私も美兎先輩でよろしく」
「は、はい! これからよろしくお願いします!」
「あらためて入学おめでとう」
感激といった様子で、校門をくぐって入学式の会場である体育館へ向かう親子は、何度もこちらを振り返りながらお辞儀をしてくるのを、私は手を振って見送る。
「さて、美兎ちゃん」
「なに? 桃花」
「この状況、どうしようか?」
背後をチラリと振り返ると、先ほどの様子を見ていた新入生たちが、我も我もと校門付近に集まってきてしまっていた。
「こうなるのは解り切ってたのに、あなたが自分から新入生に声なんてかけるからでしょ」
美兎ちゃんが、あきれ顔で大きくため息をつく。
「いや、だって後輩には素敵な思い出を作ってあげたいじゃん」
「ったく……こうなっちゃ仕方がないか。写真を撮りたい人は一列に並んで! 可能ならグループで固まって! 撮影は一組2枚まで! 入学式の開始時間が迫った時点で閉店なので、1組でも多くの人が撮影できるようにご協力をお願いします!」
美兎ちゃんが声を張り上げて、無秩序に集まっていた新入生たちを見事に統率する。
え、美兎ちゃん、人間将棋の経験でもあるの?
「うへぇ。美兎ちゃん、かっこいい」
「あんたは、そこで時間いっぱいまで笑顔を貼り付けてなさい」
その後、先生に、もう入学式が始まるから終わり! と怒られるまで、私との撮影会は続いたのであった。
◇◇◇◆◇◇◇
「まだ笑顔が貼りついて戻らない……」
「30分間くらい撮影会してたからね。はい、フルーツ牛乳」
「美兎ちゃんありがとう」
入学式も、その後引き続き行われた始業式も無事に終わり、2年生の教室の机にだらしなく寝そべりつつ、購買の自販機で美兎ちゃんが買ってきてくれたフルーツ牛乳のパックジュースをちゅーちゅー飲む。
甘いものは心の栄養だ。
「このフルーツ牛乳、棋叡戦のスポンサーのライバル会社の商品だから、これは写真を撮られないようにしなさいよ」
「そこまで気を使うのしんどいな……」
「あなたが適当すぎるのよ。さっきの撮影会だってサービスし過ぎ」
「まぁ、いいじゃん。私には、美兎ちゃんみたいにアイドルになって、ファン諸兄の心の支えにはなれないからね」
「アイドルは夢を見せるのが仕事だからね。そういう意味じゃ、桃花は甚だアイドルには不適格ね」
「え~、そうなの?」
「お師匠さんへの好意が駄々洩れだから、きっと人気でないわ」
「なるほど」
美兎ちゃんの言葉に、私は即納得した。
アイドルになると、その辺も制限されるのか。
じゃあ、絶対、その辺の芸能事務所には入らないようにしよう。
「で、どうなの? お師匠さんとの仲は進展したの?」
「ん~、まぁ中盤は終わって、終盤に入ってるって感じかな」
「人間将棋で、あんな大勢の前でお師匠さんと痴話げんかしてたなら、もはや公然の事実みたいなもので、外堀はほぼ埋まってるようなものでしょ」
「そうだね。さりげなく、美兎ちゃんは公式SNSで、私と師匠が仲良い事を呟いてくれてたりして援護射撃もしてくれてるもんね」
「あんたは色恋をこじらせると、常軌を逸した行動を取りそうだから、とっととくっつけちゃった方が、結果的には社会的損失が少ないと思うの」
「言ってる意味がよく解らないけど、要は私と師匠の仲を応援してくれてるってことだね」
「まぁ、単純に言うとそういう事よ」
「は~い、みんな席ついて」
美兎ちゃんとの変わらぬ友情を確かめ合っていると、担任の先生が教室に入って来た。
「また鈴ちゃん先生か~ 代り映えしないね」
「私のご機嫌を損ねると、出席日数が足りなくなって留年するわよ」
「鈴ちゃん先生という尊敬できる恩師に出会えて、2年芸能科クラスは皆、望外の幸せをかみしめている所です」
芸能科はクラスが1クラスで担任も原則持ち上がりなので、誰もメンツが変わらないのだ。
けど、こういう風に変わらない関係や場所があるというのは良いことだ。
「明日は王棋戦のリーグ戦の対局だっけ?」
「うん。そのすぐ後に、覇王戦のランキング本戦の準々決勝」
「ハードね。アイドルの私より忙しいじゃない」
「うん。でも、初々しい後輩を見て元気もらったから頑張ってくる。じゃあね、皆、行ってきま~す」
そう言って私は、クラスの皆からの声援を背に、早退して教室を後にした。




