第58局 人間将棋で師弟対決
「天京将棋まつり。今年は満開の桜と晴れの天気にも恵まれた、まさに良き日となりました。司会は、最近アイドルグループを卒業したミポリンです。よろしくお願いします。」
司会は、アイドルを引退し、最近はマルチに活躍するミポリンが担当している。
早い段階から、将棋のお仕事に目をつけていたおかげか、今回のイベント司会というお仕事に繋がっているようだ。
会場はミポリンの言う通り、雲一つない青空で、満開の桜が咲き誇る、春の野外イベントしては、この上ないほどの幸運に恵まれたと言えるだろう。
「将棋の駒の一大生産地である、ここ天京市で開催される将棋まつりのメインイベントである人間将棋。今年は、話題のあの方たちの対局です」
パチパチパチ! と盛大な拍手を合図に、俺は重い腰を上げる。
別に、気が乗らないイベントであるわけではない。
物理的に重いのだ。
「東軍は、師匠と言えば、今やこの人を指す! 稲田誠七段が合戦の舞台に馳せ参じました!」
「御身の紹介、痛み入るでござる」
戦国武将のような甲冑を身に着けた俺は、武者言葉で挨拶を返す。
身に着けている甲冑は、本格的に作られたもので、結構重い。
ここ、天京市の人間将棋は、毎年開催される有名な将棋のイベントだ。
元が、戦の攻防を盤上のゲームに落とし込んだのが、将棋という遊戯のルーツだ。
それ故、武将が実際の人間を将棋の駒に見立てて動かすことで、まるで戦国時代の戦のごとく対局を行うこのイベントは、視覚的にも面白くて盛り上がるのだ。
そして、戦国時代よろしく、人間将棋を指す棋士は、その出で立ちに則して、武者言葉でしゃべるのだ。
「そして、師匠が東軍という事は、西軍はもちろん、お弟子さんのこの方! 飛龍桃花四冠です!」
「わらわが天下をもたらす」
大きな軍配を両手で持ち、口元を隠した桃花が登場すると、ひときわ大きな歓声が観客席から上がる。
桃花のお召し物は、女性用の着物と袴の上に、大袖と、弓道で用いる胸当てのような薄い金属プレートの軽装甲冑という装いで、スマホゲームに出てくる女武将のイラストさながらの出来栄えだ。
そのクォリティーの高さから察するに、主催者様は今回、桃花用の衣装に予算をかなり投入したと思われる。
俺の甲冑は割とよく見るスタンダードなタイプだし。
「今回は、天京将棋まつりでは初の試みとなる、師弟対決になりますが、いかがですか? 飛龍四冠」
「そうよなぁ……戦国時代らしく、肉親だろうが師だろうが、容赦なくただすり潰すのみ」
武将言葉というよりは、武家の妖艶な姫様のような口調だが、言っている内容は物騒極まりない。
「お弟子さんは気合十分みたいですが、師匠の稲田七段はいかがですか?」
「が、がんばります……でござる」
き、気まずい……。
俺が醜態を曝して桃花を突き放してから数日が過ぎたが、それ以来、桃花とは一言も口をきいていない。
家でも極力、俺が接触を避けていたというのもあるのだが。
こんな気まずい状態な時に限って、師弟一緒の仕事があるとは……。
いや、だいぶ前から決まっていたお仕事なんだから、こちらが文句を言える筋合いは無いのだが。
桃花の師匠大好きキャラは、関係者にも知れ渡っているので、行きの新幹線も俺と桃花は隣同士の席にされていた。
普段の桃花なら、キャッキャと俺の隣ではしゃいでうるさいのだが、今回は無言。
ひたすら無言。
あの無言の時間は、マジで精神的に来るものがあった。
「そ、それでは、両対局者は矢倉へ移動してください」
両者の剣呑な雰囲気から何かを感じ取ったのか、ミポリンはそそくさと人間将棋の開始に向けた準備を促してきたので、俺は東軍の方の矢倉へ移動する。
人間将棋は、一般の方が応募して、それぞれ武者の紛争をした駒になる。
今回は、桃花が対局者という事で、例年よりかなり多くの応募があって、抽選の倍率も高かったらしい。
せっかく抽選に当たったのに、桃花じゃなくてゴメンよと東軍の駒武者の人たちに心の中で詫びていると対局が始まった。
「2六歩へ進め、我が尖兵よ」
「は、8四歩へ進むのじゃ」
人間将棋の対局では、矢倉に上った大将に扮した棋士が、マイクで駒武者を動かす。
指す手を伝える際は、姿のとおり、武者言葉である。
ちょっと恥ずかしいが、桃花と気まずい状態の今としては、むしろ会話が時代劇仕立てとなるためか、何とか会話になっている。
序盤は定跡どおりなのですんなり進んでいくが、ここで俺は先手番の桃花が誘導している戦法に気付く。
「この局面は……まさか……」
「今のそなたにはピッタリであろう?」
軍配からわずかに覗かせた桃花の口元が、妖しい笑みをたたえていた。
天京将棋まつりのメインイベントである人間将棋。
盤上に現出した戦型は、俺が新人王戦記念対局で羽瀬覇王・名人相手に敗北よりも悔しい引き分けを喫した、角換わり腰掛銀であった。




