第47局 前夜祭の攻防
「写真いいですか? 桃花ちゃんと美兎ちゃんのツーショットで」
「はーい。ポーズは何がいいですか?」
「2人で指でハートでお願いします」
「は~~い♪」
前夜祭は、色んな偉い人たちの挨拶が終わり、各所で歓談が行われる。
となると、毎度のことだが、参加している人たちのお目当ては当然、今を時めく天才女子高生棋士の桃花だ。
だが、今回は輪をかけて人の数が多い。
原因は、今日は美兎ちゃんもいるからだった。
「ええー! 2人って高校のクラスメイトなんですか⁉」
「たしかに、同じ制服ですもんね」
「ウソ、すごー-い!」
「この2人でアイドルユニット組んだら、マジで激推しする」
今や棋界を代表する顔となった桃花と、華やかなアイドルグループのセンターである美兎ちゃんが高校の同級生であるという新事実に、周りの将棋ファンはもちろん、記者連中も興味津々とばかりに、質問を飛ばしたり、ツーショットの写真を撮ったりしている。
「よく美兎ちゃんとは一緒にお昼ご飯食べるもんね~」
「ねぇ~」
「この間、桃花の家に遊びに行ったんですぅ~」
「ねぇ~ 楽しかったね~」
キャイキャイと仲良しアピールをする桃花と美兎ちゃんに、周りの将棋ファンたちは、『尊い……』と顔をほころばせている。
女の子ってホント怖い。
さっきの検分の時には一触即発な雰囲気だったのに、人前ではそんな事はおくびにも出さずに、仲良しこよしをアピールとか……。
「それでは、ご歓談のところ恐縮ですが、これより地元の子供たちによる花束贈呈を行います。両対局者はステージへお戻りください」
「あ、呼ばれた。じゃぁ行ってくる~」
そう言って、桃花はステージの方へ向かい、それを機にようやく撮影会は終わった。
「ふぅ、疲れました」
「お疲れ様、美兎ちゃん。飲み物、ゆずサイダーでいいかな?」
「ありがとうございます、お師匠さん」
飲み物のグラスを受け取り、美兎ちゃんは美味しそうに一気に半分ほどの量を飲み干す。
「大人気だったね美兎ちゃん」
「今日の私は、あくまで桃花のバーターですから、気楽なものですよ」
「棋征のタイトルホルダーである森棋征も苦労人で、昨年悲願の最年長での初タイトル記録で棋征位を獲得したんだけど、多分、話題は美兎ちゃんと桃花のツーショットに持って行かれるだろうな」
絵的にどう考えても、中年の星とのツーショットより、現役アイドルとの仲良し写真の方が強いし話題性もある。
「同級生がステージに立ってるのを見るのって、こんな感じなんですね。なんだか変な感じ」
ステージ上では、地元の小学生が両対局者へ、地元の子供たちが駿河やお城についての紹介をしている。
桃花は、それを笑顔でうんうんと時折うなづきながら聞き入っている。
「美兎ちゃんはいつもは見られる側だからね」
「私は将棋の事、まだ全然わからないんですけど、それでも桃花はオーラを持ってるなって思います。芸能人でも本当に才能を持っている数人しか持ってないような」
桃花にオーラーがあるっていうのは、前に姉弟子も言っていたな。
俺にはさっぱり見えないのだが。
「お師匠さんは、桃花のことはどう思ってるんです?」
「どうって……優秀な弟子だと思ってるよ」
「そういう意味じゃなくて……」
ここで、美兎ちゃんが俺の耳元に顔を近づける。
「桃花の事、異性としてどう思ってるんですか? って意味です」
生アイドルに耳元で自分だけへの語り掛けとか、破壊力がヤバい。
これ、美兎ちゃんのファンだったら、即堕ちだろ。
「そ、それは……」
「ふーん。即座に否定しないってことは、全く脈が無いってわけでもないんですね」
ぐ……しまった。
いつもの桃花との調子みたいに、子ども扱いして、大人をからかうなとかわせば良かったものを、つい仕事上の相手という躊躇もあって、出来なかった。
とはいえ、今からでも
「あんまり大人をからかうのは……」
「ねぇ、お師匠さん。私なら、どうですか?」
「……⁉」
追撃をかわそうとしたら、即座に警戒していない方向からの攻撃を喰らい、こちらは一瞬フリーズしてしまう。
「私は桃花より大人っぽいし、桃花みたいに大人に対して幻想を抱いたりしてないので、扱いやすいと思いますよ? 色々とわきまえてますし」
小悪魔の悪戯っぽい笑顔をたたえて腕を絡めながら、俺の目を見ながら語り掛けてくる。
追撃のラッシュが凄すぎる。
この子、本当に桃花と同い年の16歳か⁉
高級キャバレーとかにいたら、男なんて一撃だろ、これ。
「あ、でも、もし私がお師匠さんと付き合ったら、桃花はどんな顔をするんでしょうね?」
そう言われた時に、俺は桃花が泣いている情景が浮かび、胸が締め付けられるような痛みが走った。
「悪いけど、俺は桃花を害することは出来ない」
俺は、美兎ちゃんが絡めた腕を、少し強引に引きはがす。
「ふーん……桃花が大事なんですね」
「師匠として当然だ」
「けど、私がお師匠さんと付き合うイコール桃花が傷つくってことは、桃花の自分への好意を知ってはいるんですね」
「…………」
美兎ちゃんの断定口調の話に、俺はついに沈黙する。
この場合、沈黙は是の回答をしているようなものだ。
この子は本当に、俺の一枚も二枚も上手だな。
「とりあえず今日は、その点が確認できただけでも収穫ですかね。ごめんなさいお師匠さん。試すような真似をしちゃって」
先ほどまでまとっていた小悪魔アイドルの雰囲気を脱ぎ、美兎ちゃんが謝罪してくる。
「こういうの慣れてないんだから、勘弁してくれ」
俺は詰まっていた息を吐きだし、心拍の鼓動を落ち着かせる。
別にビックリしただけで、断じて恋のドキドキではない。
「でも、さすがお師匠さんですね。結構、この演技は自信あったんですけど」
「別に桃花に含むところがある訳じゃないんだな?」
「ええ。って……目が怖いですよ、お師匠さん」
「どうなんだ?」
俺はピクリとも笑わずに、美兎ちゃんの目を見据える。
先ほどは演技と言っていたが、美兎ちゃんには、仲の良い友人として振舞って、裏で桃花を貶めようとしているのではないかという疑念を抱かずにはいられなかったからだ。
「ここで私が泣き出しでもしたら、お師匠さんが悪者ですよ?」
俺の睨みなんて毛ほども効いていないという風に、美兎ちゃんは妖しく笑いながら、チラリと後ろの前夜祭の賑わいに目線を向ける。
クリッとしたお目々はきっと、その気になれば10秒くらいでポロポロと大粒の涙をこぼせるのだろう。
「構わない。それで桃花の周囲から脅威を取り除けるのであれば、俺の評判なんてどうでもいい」
前夜祭のザワザワとした喧騒の中、まるで2人の周りだけ時や音が止まっているのかと錯覚するような沈黙が流れる。
「眼力も、さすがは勝負の世界にいるプロ棋士です。緩急をつけた攻めのつもりでしたが、動じずにまっすぐ演技の参考になりました」
「そりゃどうも」
「桃花に聞いてる話だと、師匠さんにはクールぶって躱されるって言ってましたが、存外、桃花の事を大事に想ってるんですね。安心しました」
「な⁉」
「アハハッ! きっと、桃花がさっきのお師匠さんの自己犠牲をいとわないセリフ聞いたら喜んだだろうな~」
なんだこれ。
俺ってば、まんまとしてやられたのか?
桃花と変わらない歳の娘なのに、日頃、表には出さない感情まで引き出されてしまった。
「あ、それとお師匠さん。気付いてます? さっき、私たちが無言で見つめ合ってた時に、桃花、ステージ上からこっちをガン見してましたよ」
「マジか⁉」
これはマズい。
先ほどの検分の時の釈明もまだ中、更なる疑念を桃花に抱かせてしまった。
そして、今は、タイトル戦の前夜だ。
こんなしょうもない事で桃花が気を取られて、明日の対局でポカをしたりしたら、師匠失格もいいところだ。
「じゃあ、桃花のフォローよろしくお願いしますね、お師匠さん。未成年はそろそろ部屋に帰ります」
そう言って、美兎ちゃんは場をかき乱すだけかき乱して前夜祭会場の出口へと行ってしまった。
ステージ上では、しめの挨拶として北野会長が壇上に上がっていた。
そして、同じくステージ上に居る桃花と目が合う。
その目は、明らかに怒っていた。




