第45局 私の友達は天才棋……は⁉
【上弦美兎 視点】
私の名前は、上弦美兎。
東海地方ご当地アイドルグループ アウロラのメンバーだ。
地方アイドルと侮るなかれ、各地域からの選抜メンバーにも選ばれている私の知名度は、全国クラスだ。
そして、そんな芸能の世界で成り上がって来た私は、汚い人を色々と見てきた。
いいように他人を使うために、甘い言葉や、時にウソ泣きでこちらを貶めようとしたり、権力を持った者を背景に威圧してくる。
どいつもこいつも、自分の利益しか考えていない。
敵だらけの世界だ。
そんな私も高校生になったけど、どうせ友達なんて出来やしないと思っていた。
高校は芸能コースという特殊な箱庭。
そんな特別を持った子たちが集まった中でも、私は更なる特別な存在だったから。
おべっかを使ってきたりする類の人たちはすり寄ってくるかもしれないけど、そんな人間関係、私がただ与えるだけのものだ。
そんな取り巻きを従える趣味は無い。
私が求めているのは、あくまで対等で、殴ったら同じ強さで殴り返してくれるような小気味の良い関係だ。
けど、そんなのを同年代のクラスメイトに求めるのは無理だ。
それならば、学校では独りで静かに居ればいいと思っていた。
けど、いざ入学してみると、私に比肩しうる存在がいた。
「わ~! 上弦美兎ちゃんだ! よろしく~! 飛龍桃花です」
私と同等クラスの知名度、いや、正直、老若男女まで知名度が行き届いているという意味では、私より世間での認知度は上かもしれない。
そんな有名な将棋の棋士である桃花が、気さくに私に話しかけてくれた。
そして、私のズケズケとした物言いに、ニコニコと物おじせずに答えてくれた。
初めて、対等の付き合いができる友人が出来たと思った。
だから、私はこの友人の事が心配でならなかった。
彼女もまた、プロとして厳しい競争社会を勝ち抜いてきた若くて大きな才能。
そんな彼女の大きな光に寄ってくる虫は多いだろう。
特に心配なのが、桃花との会話の話題でしょっちゅう出てくる師匠のことだろう。
というか、この子の話す話題の8割は師匠に関することだ。
色恋について、さして興味のない私ですら、彼女が師匠の事を好いているのだというのが丸わかりだった。
しかし桃花は、いや、私もだけれど所詮はただの子供。
どうしたって、大人の余裕というものに心地よさを感じてしまう時がある。
特に、こちらが弱っていたり、悩んでいたりする時は要注意だ。
奴らは決してチャンスを逃さない。
そうやって、いいように使いつぶされていく才能を、私はいくつも芸能界で見てきた。
だからこそ見極めなくてはならない。
気が向いたからという体を装って、桃花の想い人である師匠のことを適当に持ち上げて桃花の警戒のガードを下げて、件の師匠と対面する。
そして、もし何らかの洗脳めいたことが行われているのならば、私は全力をもって桃花を救い出す。
だって、私が気を許せる、たった一人の友達なのだから。
「ただいま師匠。お友達連れてきた」
「おう、いらっしゃい」
「お邪魔します。桃花さんのクラスメイトで友人の上弦美兎です」
「こりゃどうも、ご丁寧に。師匠の稲田です。桃花と仲良くしてくれてありがとう上弦さん」
「美兎ちゃんって知ってる? 師匠」
「おう、知ってるぞ。アウロラのセンターの人だろ」
「へぇ……師匠ったら、流行には疎い癖にアイドルの名前とか知ってるんだ……」
「いや、将棋のテレビの仕事でよく一緒になるミポリンさんと同じ系統のグループだから」
挨拶もそこそこに、早速、私の前でイチャつく2人。
ただ、お師匠さんは思った以上に、朴訥で物腰が柔らかい感じだな。
「師匠、何かおやつありますか?」
「冷たいデザートだから、後で部屋に持って行ってやる。楽しみにしとけ」
「えー、何だろ楽しみ。じゃあ、行こうか美兎ちゃん」
「うん」
とりあえず怪しい所はないか。
師匠の稲田さんについては、テレビにも出ていたので、何となくの人なりは掴んでいる。
けど、カメラの前と日常では、キャラの裏表が激しい人なんて、この業界では珍しくもないし。
横に居る桃花の顔を覗き見ても、いつもの自然体の桃花で、師匠の稲田さんに対する怯えや緊張を抱いている様子は皆無そうだ。
とはいえ、桃花が完全に洗脳され尽くして、心から師匠の稲田さんに心酔しているというパターンもあるので、気は抜けない。
「ここが私の部屋だよ」
「お師匠さんの隣の部屋なんだ」
「そうだよ」
一応、マンションの部屋は別れているので別世帯ではある。
けど、こんなのは半同棲に近い。
大物芸能人同士のカップルが、同じマンションの部屋を各々借りて、もし週刊誌に写真を撮られても、ご近所さんですと言い逃れをするのと同じだ。
「綺麗に片付いてるね」
「リビングだけね。食事は師匠の家で食べるし、お風呂も向こうで済ますから」
タハハと笑う桃花に連れられながら、ルームツアーをする。
「桃花はお師匠さんの部屋に居ることが多いの?」
「そうだね。こっちの部屋は、一人で将棋の研究をする時と寝る時くらいかな」
「ふーん。こっちの部屋は?」
「あ! そっちは駄目!」
私がもう一つの扉を指さすと、桃花が慌てて扉の前に立ちふさがる。
「なによ。急に私が来たから掃除してないの? 大丈夫よ。私、そういうの気にしないから」
「ダメーー‼ そっちは駄目! 絶対ダメ‼」
激しく拒絶する桃花なんて初めて見て、私は少し面食らう。
が、この部屋には何かがあると、私は直感で感じた。
「そんな見られるのが嫌なの? なんで?」
「それは、その……ほら! 今度の棋征戦の作戦とか練ってるから! トップシークレットだから!」
まだ付き合いは長くないが、桃花は解りやすい。
そんな、今思いつきましたみたいな顔で話す言い訳で、私を誤魔化せるわけない。
「ふーん。まぁ、それならしょうがないか」
だが、ここで私はあえて引いてみせる。
これは、桃花を油断させるためだ。
(ピンポーン!)
「あ! 多分、師匠がおやつを持ってきてくれたんだ。ちょっと行ってくるね」
「はーい。よろしく」
私は、入れずの部屋への興味が失せたとばかりにスマホを見つめながら、玄関の方に出ていく桃花を見送る。
(バタンッ!)
リビングと玄関をつなぐドアが閉まって桃花の姿が見えなくなった瞬間に、私は即座に先ほど、入室を拒まれた部屋のドアを開けた。
そんなに猶予時間はないだろうから、私は迅速に部屋の中を見渡す。
部屋は、寝るためのベッドと服が入っているであろうワードロープ、そして将棋の研究用であろうパソコンが置かれた書斎机があるだけで、整った部屋だった。
「まずはベッド……特にいかがわしいアイテムは無し」
アブノーマルなエッチィアイテムがあったら、即刻、最寄りの警察署の生活安全課に通報しようと思っていたが、そういう類のものは無かった。
「ベッドサイドやベッド下収納に男性避妊具や、通販で入手した非処方箋薬なし」
この結果に、私は少しホッとする。
先ほどの桃花の慌てようから、こういった類のアイテムが露わになっていることが理由だと思われたからだ。
「ん? 聴診器? 何に使うんだろう」
私はベッドサイドには、おおよそ似つかわしくないアイテムを見つけて、思わず手に取る。
最初は、エッチィお医者さんごっこのためのアイテムか? と思ったけど、その聴診器はよく使い込まれていた。
「もしかして、桃花……心臓の持病とかあるのかな……」
一瞬、安いメロドラマの設定のような発想が浮かんだが、体育の授業で誰よりも張り切って全力を出して走り回っている桃花の元気な様子が思い出されて、すぐにその可能性は除外された。
あとは、パソコンくらいだけど、さすがに中身を見ている時間的猶予はない。
すでに、この部屋に入ってから10秒の時間が経過していた。
そろそろ戻らないとマズい。
と、部屋を出ようとした所で、私はある違和感に気付く。
女子高生の部屋には似つかわしくない、壁に設置された機器だった。
私はアイドルという職業柄、事務所にわざわざ警察の方を招いて、様々な防犯講話を聴く機会がある。
だから、その無機質な機器が何を目的とした物なのか解り、一気に血の気が引く。
「ただいま美兎ちゃん。師匠が、おやつにメロンスムージーを作って持ってきてくれたよ」
「う、うん。ありがと」
「ん? 美兎ちゃん、凄い汗だよ。部屋の中、暑い? 冷房の温度下げようか?」
「大丈夫! わー、メロンスムージー美味しそうー、これもしかして手作り? お師匠さんって凄いんだねー」
「そうなんだよ~。この間なんてさ~」
私の適当なお師匠さんヨイショの言葉に、自分の事のように喜びながら、お師匠さんの料理上手自慢を話す友人の話を、私は適当に相槌を打ちながらうわの空で聞いていた。
私は、最初から大きな思い違いをしていた。
桃花とお師匠さんとの関係を。
私は当初、桃花がお師匠さんに、大人としての余裕や上下関係を笠に着て、都合の良い扱いを受けているのではと思っていた。
けど、現実は違った。
異常なのは桃花の方だった。
高校で出来た唯一の友人のことを異常者呼ばわりするなんて、とんでもない奴だと思うかもしれない。
けど、隣室の師匠の部屋に向かって、高精度のコンクリートマイクを設置して、聴診器で隣室のお師匠さんの音を盗み聞いているなんて、異常者と言わずして、なんと表現すればいいのか私には解らない。
おそらくは恒常的に行っているのだろう。
聴診器が使い込まれた物だったことが、その証拠だ。
そうすると、今回は中身を検められなかったパソコンの中身は……
考えるだけで恐ろしかった。
「お邪魔しました」
「また来てね美兎ちゃん」
親切にも、タクシーをマンション前に呼んでくれて、見送りまでしてくれたお師匠さんに、私は複雑な感情のこもった目を向けた。
私が護らなくてはならないのは、むしろこの人なのかもしれない。
と、呑気な顔でお見送りをしてくれるお師匠さんの顔を見つめながら思った。
高校で出来た唯一の友人が、犯罪者として警察のご厄介にならないためにも。
このお師匠さんには、さっさと覚悟を決めて桃花と正式に番いになってもらわねば!
そんな決心を抱きながら、私はタクシーに乗り込み家路についたのであった。
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