第43局 弟子がタイトルを獲った余波
『15歳での史上最年少のタイトル獲得!』
『飛龍桃花棋叡の圧巻の3連勝奪取!』
『折原七段「見せ場も作れず無念。また一から出直し」と語る』
『未だ発展途上の天才少女の見据える先は……』
様々な媒体が、桃花のタイトル獲得を大々的に報じている。
若き才能の快進撃というのは、将棋に限らず、世の中の人たちの大好物だ。
人はそこに物語を見出し、ファンとなって応援することで、その世界により深く入り込んでいく。
しかし、そんな空気に何とか水を差したいという天の邪鬼もまたいるのが、世の中というものだ。
『飛龍棋叡 新人王戦辞退か!?』
「もう嗅ぎつけてきたか」
「まぁ、新人王戦の参加資格は公開されてるからね。気づかれるのは時間の問題だよ」
リビングで、すっぱ抜きのネットニュース記事を見て顔を顰めながらつぶやく俺に、姉弟子が答える。
「たしかにタイトル戦の名の通り新人の登竜門なわけだけど、それにしたって、タイトルを持ってるイコール新人王は他に譲れっていうのは少々乱暴な理屈ですよ」
「仕方ないよ。タイトル戦挑戦だけでも新人王戦の参加資格を失うのに、桃花ちゃんはタイトルまで獲っちゃったんだから」
「棋戦の規定に明文化されていないなら、棋戦出場時点の状態が適用されるべきでしょ。その頃の桃花は、まだ四段ですし」
「それだけ、桃花ちゃんが規格外なことをやってのけたって事だよね。けど、珍しくお怒りだねマコ」
意外という顔で、話題の本筋から外れた感想を姉弟子が漏らす
「そりゃあそうですよ。桃花が出れば、新人王は確実だったんですから」
「決勝でマコを倒して?」
「……その図式、俺が勝とうが負けようが、なんだか盛り上がりに欠けますね」
俺は現在26歳で七段になった。
新人王戦に出場できるのは、年齢26歳以下でかつ出場時点で六段以下の棋士だ。
つまり俺は、年齢的にも段位的にも、新人王戦に出場できるのは今期でラストだ。
ちなみに、師弟や同じ門下の場合、順位戦などは一定のクラスまでは当たらないように意図的に対局組み合わせが調整されている。
「いいじゃん。師匠と弟子が新人王の座を争うとか、前代未聞だよ」
「他人事だと思って姉弟子は……こっちの身にもなってくださいよ」
半笑いの姉弟子に、俺は思わずボヤかずにはいられなかった。
優秀過ぎる弟子と、師匠としてはかなり若い部類の俺との組み合わせだからこそ起きる珍事である。
弟子と一緒に新人王を争うって、師匠としては何だか恥ずかしい。
「っていうか、桃花ちゃんが新人王戦を辞退したとしても、新人王の記念対局の相手にはなる可能性があるんだよね」
「新人王になった次世代を期待された若手棋士が、若きタイトルホルダーに挑む図式か……」
「マスコミが大好きなストーリーがいくらでも生み出せるね」
とは言え、スイープでタイトルを獲得した桃花だ。
新人王ごときに今更、遅れをとったりはしないだろう。
「前途洋々で調子に乗っていた主人公が、新人王との記念対局で桃花に完膚なきまでに打ち負かされて大きな挫折を味わって、それでもいつかラスボスに勝つために立ち上がる。そんな新連載将棋マンガの第1話が想像できますね」
「うら若き女子高生のことをラスボス呼ばわりしないでください師匠」
「うお⁉ なんだ、桃花帰ってきてたのか」
背後からいきなり声を掛けられて驚いて振り向くと、むくれた顔をした学校帰りの桃花が立っていた。
「私が居ないからって、2人して私の悪口言って」
「別にラスボスは悪口じゃないだろ。最強って意味なんだから褒めてるんだよ」
「そんな肩書で喜ぶのは、せいぜい小学生男児までです!」
ご機嫌斜めな弟子の桃花は、憮然としながらカバンをソファに置いて寝そべる。
「悪かったよ。あ、桃花。早く帰って来たなら、ちょうどいいや。昼食食べたら、保育園にスポンサー様からいただいたお菓子持って行くの手伝え」
「え~、私なら全部食べ切れますよ」
「こういうのは、応援してくれた皆様にお配りするもんなの」
なにせ、棋叡戦のタイトル戦で1勝するたびに、お菓子1年分が贈られてきたのだ。
挑戦者決定のトーナメント時からいただいていたので、正直飽き飽きしているのだ。
スポンサー様には口が裂けても言えないけど。
「しょうがない、解りました。まぁ、ちびっ子達が喜んでくれるからいいか……。あ、師匠、お昼ごはんなんです?」
「今日はタコスライスだ」
「トッピングのトルティーヤチップスもありますか?」
「砕いたのを用意してあるぞ」
「わーい! やったー!」
「レタスとトマトも一緒に食べろよ」
なお、このトルティーヤチップスも、スポンサー様から頂いたものであり、野菜とお米は桃花の実家から届いたものである。
このまま行けば、ひょっとしたらタイトル戦や棋戦の副賞だけで生活できるかもしれない。
どこかに肉を提供してくれるスポンサー様は現れないだろうか?
なんて事を夢想しながら、俺は昼食の準備をした。
ブックマーク、評価、感想よろしくお願いします。
励みになっております。




