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第41局 タイトル獲得した弟子へ師匠だからできる贈り物

「そろそろ出るか」


 俺は、パソコンモニターに映った、弟子の桃花と折原棋叡の中継映像を消して、家を出た。


 駅へ向かう途中に、事前に予約していたものを受け取るために店に寄って、対局会場のホテルへ向かう。


 名古屋駅からほど近い高層ホテルが会場なので、本当に近くてありがたい。


「お、稲田くん。お疲れ」

「今日もマスコミの人たちの人がえげつないですね北野会長」


「そりゃおめぇ、タイトル獲得最年少記録が今日破られるかもしれないんだからな」


 検討室の中に入ると、上機嫌の北野会長がいたので声をかける。


「嬉しそうですね会長」

「羽瀬のタイトル獲得最年少記録をようやく更新してくれる棋士が現れてくれたんだぞ。ザマァみろってんだ」


「なんだか私怨が入ってませんか? 会長」

「私怨バリバリだわ! 羽瀬のドキュメンタリー番組の度に、棋征のタイトルを羽瀬に奪われた俺の映像が流れるのを、俺がこの10数年間、どういう気持ちで観てきたかわかるか? あん?」


「会長。怖いんで、顔を近づけないでくださいよ」


 顔に迫力ありすぎなんだよな会長。

 なんか、シルエットが熊みたいだし。


「しかし、稲田君もB1で七段か」

「そうですね」


「七段か~ そうか~」


 祝うでもなく、ニマニマしながら北野会長が俺を見つめながら言う。

 そこに悪意が見て取れたので、俺も会長に対し、そっけなく返答する。


「15歳の弟子に1年で段位追いつかれるのって、師匠としてはどんな気持ちなんだ?」


 北野会長がニヤニヤしながら俺の反応を待つ。


「その前に、一つ苦情を言わせてくださいよ会長。わざわざ桃花を飛び級昇段させるために、棋征戦の挑戦者決定戦の対局日を後ろ倒しにしたでしょ?」


「何のことかな稲田く~ん。桃花ちゃんが学校をできるだけ休まないように済むようにという、連盟の細やかな配慮じゃないか」

「ウソ仰い! 史上初の五段から七段への飛び級昇段の可能性があるからでしょ」


 今日、もし棋叡戦第3局を桃花が制して棋叡のタイトルを獲得したら、『タイトル1期獲得』という七段の昇段規定を満たし、桃花は六段をスキップして俺と同じ七段に昇段するのだ。


 ちなみに、この飛び級昇段は理論上可能だが、まだ誰もなし得ていなかった。


「とはいえ、棋征戦をあからさまには後ろに回せねぇから、飛び級昇段は桃花ちゃんが棋叡戦を3勝0敗のスイープで奪取した場合のみに実現するんだぜ」


 これまた仮の話だが、桃花が棋征戦の挑戦者決定戦に勝つと、その時点で、六段の『タイトル挑戦を決めた場合』という昇段規定を満たしてしまうので、飛び級昇段は起こらないのである。


 強すぎて、複数のタイトル戦に名乗りを上げるが故に、飛び級昇段を逃すという、何だかよく解らない結果になるのである。


 どうせ七段に上がるなら、『史上初』という謳い文句が使える飛び級昇段をしてほしいというのが、連盟やマスコミ、そしてファンの偽らざる本音だろう。


「まぁ、折原棋叡にはどちらにせよ酷な話ですよね。桃花の最初のタイトル獲得時に奪取された相手として歴史に残ってしまうんですから」


 タイトルを持った経験のない俺には、せっかく手に入れることが出来たタイトルを失冠する際の痛みというのは、想像も出来ない。


「おいおい。将棋は最後の最後まで解んねぇぞ」

「勝ちますよ。もう勝つと思ったから、こうして会場まで来たわけですし」


「そりゃ、そんな浮かれた物を持ってるからそうなんだろうけどな。ったく、この親バカめ」

「ただ師匠として弟子の記念すべき日を祝ってあげたいだけですよ」


 俺が手に持った花束を見て茶化す北野会長に、俺はすっとぼけて答えた。

 将棋については、あくまで俺はプロとして、冷静な見立てをしている。




(ティロン♪ ティロン♪



「ニュース速報も出たな」

「何気に、桃花が四段に昇段した以来ですね」


『将棋の飛龍桃花五段が棋叡位を奪取。15歳でのタイトル獲得は史上最年少。規定により五段から七段へ飛び級昇段』


 テレビのニュース速報は文字数が限られるので省略されたが、将棋のタイトルを女性棋士が獲得したのも史上初だ。


 しかし、既に『女性棋士として初』という称号は、今後はあまり使われなくなるだろう。

 ここから先は、先人のいない未踏の地であり、桃花が歩いたところが、そのまま道となる。


 桃花があげた成果は、そのまま全てが女性初の記録となるのだ。


「じゃあ、行ってこい」


 そう言って、俺の背中を押した会長に見送られ、俺は祝勝会場へ向かった。




◇◇◇◆◇◇◇




「まもなく、感想戦を終えた飛龍桃花新棋叡がいらっしゃいます」


 司会のお姉さんの声を聞きながら、俺は身を潜めた舞台袖でスタンバイする。

 今回、棋叡獲得の際に渡す花束贈呈役を、サプライズで師匠の俺が担うことになったのだ。


「それでは皆様、拍手でお迎えください! 飛龍桃花新棋叡です」


 司会のお姉さんの声と同時に割れんばかりの拍手が鳴り響くのが舞台袖からも聞こえると、ステージの上に桃花が登壇したのが見えた。


 タイトル戦の激闘の後だというのに、桃花には疲れた様子もなく、軽やかな足取りでステージに上り、一礼する。


「それでは、飛龍桃花新棋叡のタイトル獲得を祝して、花束贈呈を行います。お願いします」


 司会のお姉さんの声を合図に、俺はステージに大きな花束を持って現れる。


 花束は、通常はスポンサー様の方で用意する物だが、今回はこちらから無理を言って、俺の方で用意させてもらった。


 見繕ってもらった花束は、5月という春先には中々手に入らないヒマワリの花をベースにしたものだ。

 元気で快活で、太陽に自信満々に向かう様と、今日の対局で着る着物の袴の色が黄色であることを事前に知っている師匠の俺だからこそ用意できる物だった。


「師匠……」


 突如、花束を持って現れた俺の事を見て、ステージ上の桃花は驚いたように口元を着物の振袖で覆う。


 一先ずサプライズが成功したようで良かったと、俺もにっこりと笑う。


「おめでとう。桃花」

「ありがとう師匠。私もだよ」


 まだ俺も桃花もマイクを持たされていないので、かける言葉は2人の間だけのものだ。


 花束を受け取った桃花の声は、珍しく少し上ずっていた。

 やはり桃花も、タイトルを獲った時というのは格別な思いがこみ上げてきているのだろうか。


 しかし、花束を受け取った桃花の言う『私もだよ』とは、どういう意味なのだろうか?


 疑問に感じたが、その後はシャッターチャンスとばかりに、詰めかけたマスコミのカメラのフラッシュの白い光と、割れんばかりの拍手の喧騒に包まれて、聞くことは出来なかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 前の話、16未満は刑法改正で無条件にお縄ですが、16からは条例の範囲になるので、一応真摯なお付き合いなら可、かと。特に婚約していれば、多分、大丈夫、かなあ?? まあこの間まで結婚できた年なん…
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