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第36局 私も、もう高校生なんですから!

「師匠、見て見て~ 可愛いですか?」


 書斎の椅子に座っている俺の目の前に、突然ノックも無しに入って来た桃花が笑いかけてくる。


「うん。可愛いというよりは綺麗って感じだな。似合ってるぞ、桃花」


 ノックも無しに書斎に入ってきたことを注意するのも忘れて、思わずマジマジと桃花の姿に見入ってしまった。


 二尺袖の白基調に菫の花が咲く、華やかな振袖と濃紺のスカート袴をヒラリとなびかせる様は、いつものセーラー服姿とのギャップもあり、綺麗だった。


 白玲呉服店で注文してから2週間。

 タイトル戦で着るための着物が届いたのだ。


「あ……ありがとうございます師匠。まさか、そんなストレートに褒めてくれるとは……」


 俺が予想外の反応を示したせいなのか、桃花が顔を赤らめて、振袖で口元を覆って恥ずかしがる。


 俺に褒められてふにゃけた口元を隠すためだろう。


「なんせ、俺の貯金の結構な額が吹っ飛んだからな。これで残念な出来だったら泣くわ」

「もぉ~、師匠はデリカシー無いな」


 白無垢の値段が車が買えるくらいという衝撃を受けて、その後に振袖や袴の値段を見たら、あの時は安く感じたんだよな……。


「その髪飾りは?」

「それは私のプレゼント。髪型もちょっとゆるくパーマかけてみた」


 桃花の背後から、姉弟子がヒョコっと顔を出す。

 ヘアアイロンを片手に、得意げな顔だ。


 流石と言いたいところだが、こんな技術があるのなら、なぜ普段の自分の身だしなみには気を使えないんだ?


「着物の着付けもありがとうケイちゃん」

「着物がズレた時の直し方は覚えた? タイトル戦の間は、外部の人間は接触できないから、自分でやらなきゃだからね。着物でのトイレの時のやり方は解った? トイレの時の袴のたくし上げ方はこうして」


「あの、姉弟子……そういうアドバイスは、出来れば俺がいない所でお願いします」


 流石は女流タイトル戦経験者。


 タイトル戦経験者でもないし、女性でもない俺にとっては姉弟子の経験に基づいた具体的なアドバイスを桃花にしてくれるのは本当にありがたいが、そういう生々しいのは俺のいないところでやって欲しい。


「折角なら中学校の卒業式も着物で行きたかったな~」

「中学の卒業式は制服だろ」


「小学生の卒業式は服装自由だったのに」

「そういえば、高校の制服はもう用意したのか?」


「うん。そっちは、お母さんと入学者説明会に行った時に採寸して作ってもらいましたよ」

「もう3月だもんな」


 桃花が三段リーグを抜けてプロ棋士になって、ちょうど1年が経っていた。


「あそこの高校、制服可愛いもんね」

「そこは、芸能コースのある高校だしね」


 数十校の高校から推薦の話が来た桃花だったが、結局進学先に選んだのは、校外活動に理解のある名古屋の私立高校になった。


 強ければ強いほど、勝てば勝つほど対局は増えて行き、対局のために高校の授業を休むシーンは多くなっていく。

 一般の公立高校では、出席日数について配慮しようと思っても、規則上、限界がある。


 その点、芸能コースでは出席できなくても、レポート課題など様々な救済措置を取ってくれる。


「けど、私、入学式出れるんでしょうか?」

「そうだな……タイトル戦の日取りや場所も、高校の入学式の日取りも、こちらの一存で変えられるものじゃないからな」


 4月から始まる棋叡戦のタイトル戦第1局が、高校の入学式の前日なのだ。

 棋叡戦は1日制のタイトル戦だが、第1局の会場は東北地方の宮城県で、終電が間に合うかは対局内容次第だ。


「まぁ、もし出れなかったとしても、入学式に出てない謎のクラスメイトって、マンガだと強キャラと相場は決まっていますから」


「男の子にドロップキックして、入学前から停学を喰らってたって設定か?」

「そんなマンガ売れないですよ師匠! なんですか、その支離滅裂な設定!」


「支離滅裂も何も、桃花が実際にやらかしたことが元ネタだろ」

「私も、学校に呼び出されるのは、もう勘弁かな~」


 入学式に出られない事を、なんてことない事だと冗談交じりに笑い飛ばすのは、桃花なりに周りを気遣っての事だろう。


 その意を汲んで、俺と姉弟子が過去を掘り返して桃花を弄ってやる。


「わ、私は高校では清楚キャラで行きますから!」

「ホントか~?」


「ホントですよ! 私も、もう高校生なんですから! ほら、今の私、とっても貞淑でしょ?」

「そりゃ、着物着てるからな」


 振袖をブンブン振りながら必死にアピールするが桃花だが、そこはまだ幼さが見えて、むしろこちらとしてはホッとする。


「ほら、着物は汚しちゃダメだから、ちゃんと綺麗に仕舞っておこうね。私が、向こうの部屋で着物の脱ぎ方と仕舞い方教えてあげるから」


「は~い……」


 桃花は不服そうにしながらも、姉弟子の言う事を聞いて部屋へ戻って行った。


 桃花が、次にこの着物に袖を通して、世の前に姿を現すのは4月だ。

 中学生棋士ともてはやされた桃花も、4月から高校生。


 高校生となった桃花が、そして女性棋士が歴史上初めてタイトル戦が登場することに、将棋ファンと世間の熱はヒートアップするばかりだが、本人は相も変わらずお気楽なもので、プレッシャーという物は皆無なようだった。


桃花も、もう高校生になりました。

子の成長は本当に早い。


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― 新着の感想 ―
[一言] 妥当な学校に進学できたようですね。でも、勉強はできても大学は無理かなあ。私のいた頃は、教養の語学と体育は2回欠席したら留年確定とかだったからなあ。 袴というと、大正ロマン的な?(はいからさ…
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