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第20局 男友達が家に来るだと⁉

「師匠~ ヒマです~」


 書斎でパソコンに向かって、昨日の桃花と羽瀬覇王・名人との対局を研究中の俺の背中に、桃花が絡みつく。


「春休みの宿題は終わったのか?」

「あんなの、とっくに終わらせました」


 昨日、覇王・名人にあんな熱戦を繰り広げたとは思えない桃花が、グリグリと自分の頭を俺の首元辺りに押し付けてくる。


 髪の毛が当たって、くすぐったい。


「じゃあ、中学3年生らしく受験勉強を」

「わたし、どうせ推薦入試で高校行くから大丈夫ですよ。すでに高校側からオファーが何件も来てるって、ケイちゃんが言ってました」


 まぁ、そりゃそうだろうな。


 そもそも、桃花は学業の成績も学年トップクラスだそうだ。

 まぁ、言っても棋士は頭脳労働者だから、勉強との相性は良いんだよな。


 プラス運動神経も良いのだから、神様は本当に不公平だ。


「あ、電話来た」


 そう言って、桃花はスマホをもって部屋から出て行った。。


 やれやれ、ようやく解放された。

 まるで、休みの日にどこかへ連れて行けと、プレッシャーをかけられるお父さんのような状態から解放されて、俺は中断していた研究を再開する。


 昨日の、桃花と羽瀬覇王・名人との対局の棋譜を並べる。


 あの時は1分将棋だったので考える暇がなかったが、AIの補助も受けつつ時間をかけて読めば俺にも手の意図が解る。


 しかし、あらためてこれを1分将棋で打っていた桃花と羽瀬覇王・名人の読みのスピードには怖れの感情すら抱く。


 そして、あの千日手を回避した、桃花の敗着の一手。


 1日があけたが、俺は桃花にあの一手の真意を聞けていなかった。


 いや、聞いた所で、桃花も周囲の大人たちに気を利かせたなんてことは、棋士として口が裂けても言わないであろうという事は解っているのだが……


「師匠~ 何か、友達が家に来たいって言ってるんですけど、良いですか?」


 そんな事を考えていると、通話を終えたのか、スマホを持った桃花が再び話しかけてきた。


「おう、春休みだしいいんじゃないか」


 クラスメイトや助っ人をしている女子バスケ部の子かな?

 なんにせよ、 桃花が友達と遊んでくれるなら好都合だ。


 これで、桃花にウザ絡みされる事なく、研究に没頭できる。


「呼ぶなら師匠の家の方が良いですよね?」

「俺が居たら相手も気を使うだろ。桃花の部屋で遊べよ」


 というか、女子中学生って家で何をして遊ぶんだ?

 もう、お人形遊びをする歳ではないし、おしゃべりでもするのだろうか?


「でも、友達って言っても男ですよ師匠」



「なぬ! 男ぉ⁉」



 俺は、思わず素っ頓狂な声を上げて研究用のパソコンデスクから立ち上がる。


「なに師匠? 私が、異性の友達と遊ぶのが、そんなに気になりますぅ?」


 ニマァ~と、嬉しそうに笑う桃花が俺の事をからかう。


「し、師匠として、弟子のそういった交友関係を把握するのは当然だからな」

「はいはい。師弟関係って本当に都合の良い関係ですよね」


「う、うるさい! とにかく、一緒に遊ぶなら、まずは俺の所に挨拶に連れて来なさい」


「は~い、解りました。あ、駅に着いたみたいなんで、迎えに行ってきます」


 駅に着いたということは、今通っている中学の子ではなく、桃花の地元の岐阜の友人なのだろうか?

 まぁ、春休み中だし遠出して遊びに来るのも有り得る話か。


 桃花が、その友人を迎えに行くために家を出て俺一人になると、途端に焦りの感情が湧いてきた。


 桃花に男友達……


 今まで、それらしい奴の名前なんて出てきていなかったはずだ。

 そもそも俺の知る限り、桃花に男友達がいるという認識自体が無かった。


 せいぜい話題に上がった男子生徒と言ったら、桃花が顔面にドロップキックを浴びせたバスケ部OBの男の子くらいだ。


 いや、ひょっとしたら、俺には話していないが、同性の相談相手として姉弟子にはそういう話をしていたりするのか?


 くそっ! 姉弟子にことの真意を問いただしたいが、タイミング悪く、姉弟子は別用があるとかで元のボロアパートの部屋に戻っているのだ。


 肝心な時にいないだなんて役に立たないな!


 しかし、これじゃまるで、娘が初めて家に彼氏を連れてくるのに、右往左往している父親ではないか。


 もっと、心に余裕を持たねばならない。


 俺は、再び書斎の椅子に座って気持ちを落ち着かせる。


 そうだ、相手は所詮、中学生だ。ガキンチョだ。

 そんな奴に何を恐れる必要があろうか?


 よし。腕組みして泰然とした、桃花の師匠としての態度で臨もう。


 絶対に、にこやかに玄関のドアを開けて


『やぁ、よく来たね。まぁ、入って入って』


 みたいな善きパパムーブなんて絶対してやらねぇ‼


 頑固だ。

 昭和の頑固一徹おやじを今だけは憑依させるんだ。




 そう思いながら、俺は敢えてお茶の用意なども何もせず、ただ静かにその時が来るのを待った。


「師匠、ただいま戻りましたー」


「うむ。入れ」


 俺は先ほど決めた方針に則り、ソファの上で腕組みをして難しい顔をしながら、慇懃無礼な態度で返答した。


 正直慣れないキャラだが、こういうのは最初が肝心なのだ。


 目に物見せてくれるわ。



「どうもお邪魔します」



 そう言って、桃花に連れられて、静々と家の中に入って来たのは予想外な人物だった。



「紹介しますね師匠。覇王・名人の羽瀬さんです」


 桃花が、指示された通りに、連れてきた友人を俺に紹介してくれる。


「どうも初めまして羽瀬です。これ、よろしければどうぞ」


 背広を着て恭しく、銘菓が入っているであろう紙袋を俺に渡してくるその人は、棋界のヒーローだった。


 まず初めましてじゃないし! 昨夜、貴方と対局しましたし!


 など、突っ込みたい所が山のようにあったが、まずはこの一言を言わずにはいられなかった。



「お……男友達って、羽瀬覇王・名人かよ!」



 予想外過ぎる大物の登場に、俺は、ソファで腕組みをしながら悲鳴のような声で桃花にツッコミを入れた。


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