第17局 腹ペコの弟子の夕食は
「もうお嫁に行けない……」
「お帰り桃花。姉弟子もお迎えありがとうございます」
俺が先に帰宅して一風呂浴びて出てきた所で、顔を両手で覆いながら、桃花が姉弟子と一緒に帰宅した。
どうやら、桃花の様子を見るに、帰宅の道すがらで、記録係なのにうたた寝したり、空腹でお腹をキューキュー鳴らしていた、己の醜態が世間に曝されていることを知ったようだ。
「マスコミの人たちがたくさんいたから、地下駐車場からタクシーで帰って来たよ」
「名古屋将棋対局場はビルだから、その芸当が可能ですね。流石に、ただの記録係が対局者を差置いて記者に取材受けるのはヨロシクないですし」
おかげで、電車がまだある時間だったのに、タクシー代という余計な経費がかかってしまい懐が痛いが。
「あ、そう言えばマコ。至急の転送メール見てくれた?」
「新聞社の人からのコメント取り依頼ですよね? 『ちゃんと師匠として指導しておきます』ってコメントしときました」
「え、何それ⁉ 今日の事が、新聞の記事になるってことですか⁉」
ソファに顔を埋めてジタバタして羞恥に悶えていた桃花が、慌てて顔を上げて俺に詰め寄る。
「記事どころか、智将戦は新聞社様がメインスポンサーの棋戦なんだから、系列のテレビ局で放映もされるらしいぞ」
「いいやあぁぁぁぁぁぁ~~~‼‼」
再び、桃花がソファの上でダンゴムシのように丸まる。
棋士にとってスポンサー様は神様だからな。諦めろ。
「迅速対応だねマコ」
「どうせ、対局のあった日の夜は寝れませんし」
棋士の多くがそうなのだが、短時間の早指し戦の時はともかく、一日がかりの対局の場合は、対局に勝とうが負けようが、その夜は頭が冴えて中々寝つけないのだ。
だから、対局後のインタビューなどは当日の深夜に受けた方が、気がまぎれるし記憶も鮮明だしでありがたい。
「私は、普通に対局当日の夜もグッスリ寝れたけどな。ちゃんと寝れないと2日制のタイトル戦の時に苦労するよ」
まぁ、中には姉弟子みたいな例外もいる。
こういう人が、タイトルを取るんだろう。
因みに、三段リーグの最終局の帰りの新幹線でグースカ寝ていたので、今ソファの上で丸まっている桃花も例外側のタイプの人間だ。
「ほら。いい加減、機嫌直せ桃花」
ソファの横に座り、クッションに顔を埋めている桃花の頭をポンポンと叩く。
「もう、恥ずかしくてお外に出れない……こうなったら、少々予定より早いですが、師匠にお嫁に貰ってもらって家に引きこもるしか私には道が……」
「だから、それやると俺がお縄になるんだよ。腹減ってるだろ。ご飯食べるぞ」
俺は桃花の世迷い言をスルーしつつ、桃花を復活させる呪文を唱える。
「……師匠、ご飯って何ですか? 極度の空腹と羞恥によるストレスで私の今の胃袋は荒れ狂っています。深夜だからと言って、雑炊やお茶漬けみたいな軽いメニューはノーサンキューですよ」
クッションに顔を埋めながらも、桃花は遅めの夕飯のメニューについて注文を付けてくる。
多感な乙女なら、お腹を鳴らせていたのだから、羞恥でご飯いらないとでも言うかと思ったが、そこは流石は桃花だ。
こんな状況でも、ちゃんとご飯が喉を通るのは、大物と言うべきなのか、単に食い意地が張っているだけなのか。
「そう言うと思って、蒸し鶏とトマトのバジルパスタの大盛を作ってやる」
「やった~♪ さすが、師匠! 言葉にしなくても、私の事わかっててくれてホント好き♪」
「蒸し鶏は事前に作り置いといたから、すぐに作れる。先にササッと風呂に入って来い」
「は~い」
ダンゴムシから復活した桃花は、いそいそと着替えのパジャマを用意して風呂に入りに行った。
「『ちゃんと師匠として指導しておきます』ねぇ~」
姉弟子が、俺と桃花のやり取りを見ながら、何やら言いたそうな顔をしていたが、俺はそれに気づかないふりをして、パスタを茹でるための大鍋に水を注いだ。
◇◇◇◆◇◇◇
翌朝のテレビのワイドショーでは、残念ながら他に大きなニュースが無かったせいもあってか、桃花の記録係の居眠りやお腹の虫がグゥグゥと鳴っている映像が、地上波放送で流れた。
昨夜桃花たちが寝た後の深夜に、懇意にしている新聞記者のキョウちゃんから連絡が来た際に、話の流れで桃花が食べた大盛のバジルパスタの写真を送った。
そしたら、中明新聞社系列のテレビ局のワイドショーで、
『独占スクープ‼ 飛龍桃花四段。師匠の手作り大盛パスタで無事に空腹を満たす!』
と写真付きで報じられていた。
それを観た桃花が、膨れっ面で顔を真っ赤にしながら、俺のことを無言でポカポカ殴って来た。
桃花がニコニコ笑顔でパスタを頬張っている写真は、さすがに桃花の同意なしには送れないと思って、パスタだけの写真をキョウちゃんに送ったんだが、それでもダメだったか?
SNSでは、俺のパスタの画像に、イイねや『美味しそう~』といったコメントがついていて嬉しかったので、今後も続けよう。
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