新天地でもう一度①
聖女の奇跡によって、国王陛下の病は完治した。
陛下は約三年ぶりに、ベッドがある自室から外に出る。
ずっと眠っていたから足腰が弱っていて、立つことすらできなかった。
移動は車いすを使う。
「すまないな。アクト」
「いいんですよ。これくらいやらせてください」
ベッドから車いすの移動、車いすを押すのも殿下が一人でやりたがった。
気持ちはわかる。
死を待つだけだった父親が、こうして起き上がれるようになったのだ。
息子として、してあげられることはしたいと思うだろう。
殿下は優しい人だった。
ジンさんとシオンも気遣って、二人の様子を見守っている。
「外に出ますか? 今日はとてもいい天気です」
「そうだな。久しぶりに、太陽の光を浴びてみたい」
「わかりました」
殿下は車いすを押し、国王陛下を王城の外へと連れ出す。
その後ろを見守るように、私とジンさん、シオンさんも歩いて続く。
私たちは二人と距離を保つ。
家族の時間を邪魔しないように。
自然と少し遅いペースで歩きながら、ジンさんが呟く。
「嬉しそうだな、アクトのやつ」
「そうですね。気持ちはとてもわかります」
「だな。そういうお前も、機嫌がよさそうだな?」
「ジンもですよ。ニヤついています」
「ははっ、しょうがないだろ? こんなに嬉しいことがあるかよ」
「ええ」
殿下と陛下を見守る二人の視線から、慈愛の気持ちを感じ取る。
まるで我が子の成長を見守る両親のようだ。
二人とも嬉しくて、本当ならもっと近づきたいという気持ちを、殿下の邪魔をしないようにと気を遣っている。
殿下だけじゃない。
この二人も、すごく優しい心の持ち主だ。
「ありがとな。イリアス」
「イリアス様のおかげで、この国の未来に光が見えました。心から感謝いたします」
二人は私に向かって頭を下げる。
そんな二人に私は首を振る。
「私の力ではありません。皆さんの祈りが本物だったから、国王陛下は回復されたのです」
「何言ってんだ。聖女の力、イリアスのおかげだろ?」
「いいえ。聖女の力は、奇跡を起こすきっかけを作るだけです。祈りに込められた想いが偽物なら、どれだけ願っても奇跡は起きません」
「そういうものなのですか?」
「はい」
勘違いをしている人は多いだろう。
聖女とは神様の代弁者だ。
私にできることは、人々の祈りを集めて神様に届けること。
奇跡が起こるか否かは、祈りが本物かどうかで決まる。
お願いした通り、彼らは心から願ってくれた。
国王陛下の回復を。
「だから奇跡は起こったのです。私一人では、奇跡は起こせませんから」
「だとしても、そのきっかけをくれたイリアスには感謝しているよ」
「そうですね。イリアス様がこの国に来てくださったことこそ、神様が起こしてくださった奇跡だと思っています」
「まさに運命だな!」
「はい」
「……そうだといいですね」
私がスパーク王国を追放され、この国にたどり着いたことが運命だとしたら……。
これまで頑張ってきた時間は何のためにあったのだろう?
ふと、そんなことを考えてしまった。
殿下たちと一緒に外に出る。
今日はとてもいい天気だ。
雲一つない青空で、冬が近づいているけど温かい。
少し暑いくらいだ。
「……いい空気だ」
「そうですね、父上」
「今は秋か?」
「はい。もうすぐ冬がきます。今日は比較的暖かいですが、昨日はそれなりに寒かったです」
「そうか……私が倒れてから、どれくらいの月日が経ったのだ?」
「……? 本格的に部屋から出られなくなったのは、三年ほど前からです」
「……そうか。もうそんなに経つのか」
二人の会話を、少し離れたところから聞いている。
国王陛下はまるで、自身が体調を崩されている間のことを、覚えていない様子だった。
「父上?」
「いや、すまない。覚えていないわけではない。ただ……ずっと夢を見ていた。まだ……彼女が生きていた頃の夢を」
「――! 父上……」
「すまないな。お前が私の代わりに、この国のために汗を流していたというのに……情けない」
「そんなことをおっしゃらないでください! 父上は必死に、病と闘っていたんです。医者も言っていました。これだけ病に侵されながら命を繋いでいるのは、父上の心の強さだと! 父上は今も、立派な国王です」
殿下は力強く言い放ち、陛下の痩せた手を握る。
様々な想いが殿下の表情から溢れ出ていた。
「ありがとう……アクト。そして、立派になったな」
「父上……」
「今のお前ならば、託せるだろう」
「え?」
国王陛下は殿下の手を握り返し、優しく微笑みながら告げる。
「アクト、今日から……お前が国王だ」
「――!」
殿下と同時に、私たちも目を丸くして驚いた。
突然告げられた王位の継承。
驚かないはずがない。
私たちもだが、やはり一番驚いているのは殿下で、耳を疑っていた。
「父上? なぜ今、そんなことを言うんですか? せっかく身体もよくなったのに」
「今だからこそ、だよ。確かに病は完治したようだ。身体から、悪いものが全て消えてしまったような気さえする」
「だったらいいじゃないですか! 国民の皆も、元気な父上が見えらることを楽しみにしています」
「そうだと嬉しいな」
「間違いありません! 皆にとって、父上こそがこの国の国王なのですから」
殿下は声を張り上げていた。
病が治ったのだから、これからリハビリして落ちた体力を戻せばいい。
そうして国王として復帰すれば、皆も喜ぶ。
殿下はそう考えているのだろう。
あるいは、ジンさんやシオンさんも同じ考えかもしれない。
ただし、国王陛下は違う。
陛下は私に視線を向けた。
「聖女様、あなたならわかっているはずですね?」
「――! イリアス?」
殿下も私のほうへ振り向く。
皆に注目される中、私は心苦しさを押し殺して、説明する。
「……殿下、確かに病は完治しました。ですが治ったのは病だけです」
「それは、どういう……」
「病によって蝕まれた時間……寿命は戻りません」
「――!」
奇跡にも限度がある。
例えば、死んだ人間はどれだけ本気で願おうと、蘇ることはない。
命には終わりがあり、人に与えられた時間には限りがある。
それは自然の摂理であり、この世界の法則だ。
聖女の奇跡も、この世界の法則に則っている。
故に、失われた時間は戻らない。






