追放された先で④
【作者からのお知らせ】
評価、ブックマークをしてくれ読者の方々、ありがとうございます!
皆様のおかげでランキング上位をキープ中です!
続きも誠心誠意、執筆中ですよ!!
第二十七代国王、ラクスド・スローレン。
アクトール殿下のお父様であり、現国王である彼の容体が急変したのは、王妃が病で急死された年からだったという。
身体は丈夫なほうで、これまで大きな怪我や病気もなかった国王陛下は、大切な妻の死をきっかけに精神的不安を抱え、それが体調にも影響した。
不眠、頭痛、胃痛、吐き気といったストレス症状に始まり、熱発や神経症状、倦怠感も発生するようになった。
流行病にもかかり、体調が回復しないまま、ベッドで一日を過ごすことが多くなる。
そして……。
「今も父上は、複数の病と闘っているんだ」
「……」
国王陛下の自室に案内されている途中、殿下は悔しそうな表情で私にそう言った。
苦しんでいるのに、自分には何もできないことが悔しい。
国民に対してそう言っていた彼は、病と闘う父親のことも同時に思い浮かべていたのだろう。
殿下は唇を噛みしめ、続ける。
「うちには医者もいない。数年前までいてくれたが、彼も高齢だったからな。自身も病にかかり立ち行かなくなって、そのまま亡くなられてしまった」
「それ以降は、どうされていたのですか?」
「他国の医者を雇って、定期的に見てもらっているよ。ただ、その医者が言うには、あまりに多くの病を併発していて、手の施しようがないそうだ」
「それは……」
医者はこう言ったらしい。
この状態でまだ生きていられることが不思議でならない。
国王としての意地、責任のなせる奇跡だ。
とはいえ、回復の見込みはない。
あとは緩やかに死を待つだけだ、と。
「魔法にも頼ったよ。医学で無理なら、それ以外の方法も試した。だが、そのどれも上手くいかなかった。魔法の治療も万能じゃない。傷の治癒や解毒はできても、複雑な病を治すことは難しい。わかってはいたんだけどね」
「殿下……」
「藁にもすがる思いだったよ」
話をしている間、殿下はずっと悔しそうだった。
手は尽くした。
考えられるすべての方法を試した結果が今なのだとしたら、もはや諦めるしかない。
「そんな時、君を見つけた。奇跡……いいや、運命だと思ったよ。神様が俺たちに、チャンスをくれたんじゃないかって」
殿下はそう言って、私を見て微笑む。
医学も、薬学も、魔法学でも国王陛下は救えなかった。
残る可能性は一つだけ。
聖女が起こす奇跡だけが、たった一つ残された希望だった。
「大変な目に遭っていた君からしたら、迷惑な話かもしれないけどね」
「いいえ、私も運命だと思います」
「イリアス?」
「私の祈りを真に必要としている人の元に、神様が導いてくれたのかもしれません」
神様はいつだって私たちを見ている。
私を導いてくれる。
ならばこの出会いも、悲しい出来事も含めて、運命だったのだろう。
だとしたら私は……。
「到着しました。こちらです」
先頭を歩いていたジンさんとシオンさんが立ち止まる。
眼前には扉があった。
他の部屋よりもちょっぴり豪華な装飾が施された扉をノックする。
返事はなかった。
数秒待って、殿下が声をかける。
「父上、入ります」
ガチャリと扉を開け、中に入った。
大きなベッドの上で、白い髭を生やした男性が眠っている。
この方が国王陛下……。
「殿下、陛下のご年齢は?」
「今年で五十五歳だ」
「五十五歳……」
見えない。
シワの数、肌の質感、手足はやせ細り、呼吸も弱々しい。
外見だけなら七十歳以上に見える。
とてもじゃないが、五十代の男性には見えなかった。
「こんなに老けてはいなかったよ」
「殿下……」
私の内心を感じ取り、殿下はやせ細った陛下の手に触れながら続ける。
「寝たきりが増えたのは三年ほど前からだ。あの頃はまだ普通に歩けていたんだが、徐々に手足が細くなって、起き上がることすら困難になった。今はこうして、一日中眠っていることが多い」
「見に来てくれる医者が言うには、病のせいで一気に老化が進んでいるらしい」
ジンさんが補足してくれた。
複数の病と闘っている身体は、今も緩やかに死へ向かっている。
それが一目でわかるほど、国王陛下は衰弱していた。
弱々しい呼吸音は、今にも止まってしまいそうだ。
「……アクト……か?」
「――! 父上! お目覚めになられたのですね」
私たちが話していると、その声に反応したのか陛下が目を覚ました。
虚ろな瞳で殿下を見て、その視線を私に向ける。
殿下が視線の動きに気づく。
「父上、彼女はイリアス。隣国の聖女です」
「聖女……? なぜ聖女が我が国に……」
「実は――」
「待ってください。ご挨拶もかねて、私からお話をさせていただけませんか?」
「イリアス?」
殿下の話を遮るのは失礼だっただろう。
けれど、国王陛下との初対面だ。
これからお世話になるのだから、自己紹介くらいは自分の口から、ハッキリと伝えたかった。
殿下はその意思を汲み取ってくれた。
「わかった」
「ありがとうございます」
私は国王陛下に頭をさげる。
「初めまして、国王陛下。私はイリアス。スパーク王国で聖女をしておりました。そしてこれからは、この国の聖女となります」
「……我が国の……聖女に? 一体、どうして……」
「そのお話はゆっくり落ち着いてからいたしましょう。まずは、お身体を蝕む悪しきものを祓います。皆様、どうか私と一緒に祈ってください」
「ああ」
「任せてくれ」
「かしこまりました」
祈りが神様に通じると、奇跡は起こる。
起こる奇跡の大きさは、祈りの強さと真摯さによって変化する。
私一人の祈りでは叶えられない願いもある。
大事なのは、私が祈ることよりも、同じように祈る誰かの存在だ。
彼らの祈りが、私の祈りと重なって、神様まで届けられる。
伝えよう。
これは、私一人の願いではない。
彼らが、皆が願うことだと。
「主よ、我らの声をお聞き下さい」
胸の前で手を組み、祈りを捧げる。
皆の祈りを合わせて、私の祈りが神様の耳に届く。
淡い光の発生が、奇跡の前触れ。
光は国王陛下を包み込む。
国王陛下の身体から、黒いモヤのような瘴気が溢れ出し、光によって浄化される。
黒いモヤは病が可視化された現象である。
国王陛下を蝕んでいた複数の病は、奇跡によって治癒された。
祈りが終わり、殿下が私に視線を向ける。
「イリアス?」
「これでもう、国王陛下の身体を蝕む病は完治しました」
「――! 父上、身体はいかがですか?」
「……ああ、身体が軽くなった。さっきまで呼吸も苦しかったのに、今は心地いい」
国王陛下はベッドの上で、大きく深呼吸をした。
それは大きく、力強い命の鼓動だった。
「――父上……」
殿下の瞳から、涙が零れ落ちる。
国王陛下は手を伸ばし、涙する殿下の頭を軽く撫でる。
「心配をかけて、すまなかったな……アクト」
「……よかった……本当に……」
その様子をジンさんとシオンも優しく見守っていた。
二人の瞳も、涙で潤んでいるのがわかる。
皆が祈った。
心から、国王陛下の回復を。
だからこそ、奇跡は起こったのだ。
「イリアス」
殿下は涙をぬぐって、私に言う。
「ありがとう。心からの感謝を、君に」
「私はただ手助けをしただけです。私一人の願いじゃない……皆さんの願いが起こした奇跡ですよ」
「――君は本当に、聖女だな」
そう言って彼は笑う。
当たり前のことを言われているだけなのに、なぜか心にグッとくるのは……。
どうしてだろう?






