エピローグ①
スローレン王国には聖女がいる。
小さな教会で、人々の叫びに耳を傾け、共に祈りを捧げている。
聖女に会いたければ、教会に行けばいい。
というわけでもなかった。
スローレン王国の聖女は、遠慮しがちな国民のために、自らが街へと赴いて、困っている人がいないかを探していた。
教会にいる時間よりも、街の人々と触れ合う時間のほうが、ずっと長いかもしれない。
今も――
「聖女様見てください! こんなに収穫できたんですよ!」
「凄いですね。色も形もとってもいい。美味しそうです」
農地で働く男女が、とれたての野菜を私に見せてくれた。
今は収穫の時期。
畑には緑が広がり、多くの人たちが働いている。
「収穫の作業は大変でしょう。私もお手伝いさせてください」
「いいんですか? じゃあ少しだけ手伝っていただけますか?」
「はい」
「やった! 聖女様が収穫すると、他の人が取るよりも美味しくなるって評判なんですよ。これも聖女様のお力ですね!」
「ふふっ、私にそんな力はありませんよ。皆さんが丹精込めて作ったおかげです」
私にできることは、人々の願いを祈りに乗せて、神様に届けることだけだ。
雨を降らせることはできる。
豊作を祈ることも。
美味しい野菜ができるのは、育てている人たちが、美味しくなってほしいと心から願っているからだ。
私はただ、彼ら彼女らの想いが成就するように、手助けをしている。
「私もお手伝いします、イリアス様」
「ありがとう、シオン」
私はシオンと一緒に、畑で野菜の収穫のお手伝いをした。
聖女が汗を流しながら、畑で働いている光景を、一体誰が想像できるだろう?
この国ではこれが普通だ。
私がスローレン王国の聖女になって、もう一年半が経過した。
生活には慣れたし、国の人々も、私がいることに慣れてくれたようだ。
手伝いましょうと言っても、以前は遠慮されていたのが、今は快く受け入れてくれる。
この国の一員になれた気がして、私は誇らしかった。
たった一年半で、スローレン王国は大きく変わった。
「イリアス様、また人が増えましたね」
「そうみたいですね」
シオンと私は気づいていた。
畑で働く人たちの中に、若い人が増えていることに。
以前はお年寄りばかりで、力仕事をするには不安があった。
今は若い男性も増えて、お年寄りも楽ができている。
人口の変化。
スローレン王国の人口は、一年半前の三倍以上に増えていた。
街の商店街も賑わいを取り戻し、王国の主要都市に相応しい風景になった。
彼らは元々、スパーク王国の人間だ。
とある事件をきっかけに、彼らは多くがスローレン王国に移住したのだった。
その事件とは……。
スパーク王国の崩壊。
一年半前、スパーク王国では内乱が起こった。
原因は聖女だ。
もちろん私じゃない。
本物の聖女を不当に追放し、偽者の聖女で人々を騙していた王国に対して、国民は怒りをあらわにした。
聖女の存在に支えられていた国だからこそ、それを偽った代償は大きかった。
どれだけ弁明しても、怒った彼らに声は届かなかった。
内乱によって王政は崩壊し、無法地帯となった王都で、当時の王族は逃げ出した。
その後、周辺諸国の介入もあり、スパーク王国は完全に消滅した。
スパーク王国の土地は、周辺諸国に分けられ、それぞれが管理することになり、スローレン王国の国土も一気に増えた。
厳密には増えたというより、戻ったというほうが正しい。
戦争によってスパーク王国に奪われていた国土の一部が、国の崩壊をきっかけに返還された。
お姉様はライゼン元王子と一緒に逃亡したらしい。
今、どこで何をしているのだろう。
正直なところ、あまり興味もなかった。
皆はスパーク王国崩壊の事件を、天罰だと言っている。
まさにその通りだろう。
作業を終わらせ、汗をぬぐいながらシオンが私に言う。
「驚きました。元はスパーク王国の人たちが、ここでの生活にすぐ慣れるなんて」
「ポールのおかげで不便ではなくなりましたからね。私よりも彼のほうが、この国の発展に貢献していますよ」
天才魔導具師のポールは、次々に新しい魔導具を開発した。
魔法スクリーンに始まり、一年中気温を保ち、季節の変化を気にせず作物を育てるビニールハウス。
太陽のエネルギーを魔力に変換する発魔所。
洗い物を勝手にしてくれる洗浄機など。
生活に便利な魔導具が出来上がり、街の人たちは楽ができるようになった。
畑での収穫も、自動でやってくれるゴーレムがいる。
大天才は毎日忙しそうで、今朝も様子を見に行ったら……。
◆◆◆
「ポール、もしかして今日も徹夜ですか?」
「はい……この作業だけは今日中に終わらせないと……」
「もう今日じゃなくて翌日ですよ?」
「大丈夫です。僕が寝るまでは今日なので」
新しい魔導具開発で、よく徹夜をすることが多い。
ポールは作業に集中している。
眼の下には隈ができて、気を抜いたらすぐ眠ってしまいそうだ。
「無理してはいけませんよ? アクト様にも怒られます」
「大丈夫です……さっき怒られました」
やっぱり怒られたんだ。
誰よりも早起きなアクト様は、朝からポールの様子を見に来たらしい。
「これが終わったら寝るので、これだけ! あと少し」
「はぁ……」
楽しそうなのが困る。
無理やりさせられているとか、辛そうなら強引でも止めただろう。
けれど、魔導具を作っている時のポールは、いつも楽しそうだ。






