私のいる場所②
私もずっと知りたかったことだ。
アクト様の質問に、お義父様は動揺する。
「血のつながりは、本当にないんですか?」
「そんなものはない! 私がなぜ、こんな田舎娘と血縁がある?」
「……」
アクト様がお義父様を睨む。
「ならなぜ? 彼女だったんですか?」
「よくあることだ。ノーマン家から聖女が確実に生まれるわけではない。今までも、他で生まれた子供を養子としていた。場合によっては両親を殺し、赤子のうちに攫ったりもしていた」
「――!」
「そんなこと……」
「繰り返していたのだよ! 何百年も昔から! 男子しか生まれない世代は、必ず他で聖女が誕生する。娘が生まれて聖女にならなかったケースは珍しいそうだがね」
嘘がつけないお義父様はペラペラと、罪を告白した。
血縁者から聖女が生まれやすいのは事実。
しかし確定ではない。
けれどスパーク王国は、聖女が他の勢力に奪われないように、ノーマン家から生まれるという偽りの歴史を作り上げた。
聖女はこの国のものだと、強く主張するように。
「聖女は道具にすぎない! 娘でもないなら尚更だ。他国に奪われるくらいなら、活用方法はいくらでもある!」
「お義父様は……マリィさんのことも……」
「可愛い娘だとは思っている。だが、聖女でなかった時点で期待外れだ」
「……」
愛されていないのは、私だけじゃなかった。
きっと、本人は思っていないだろう。
自分が愛されていないなんて……。
「はぁ……はぁ……こんなことをして、許されると思っているのか?」
「それはこちらのセリフですよ。ノーマン公爵、あまりに大きい罪の告白でしたね」
「くっ……」
「イリアス、ここまで聞いて、戻る気はあるか?」
「ありません」
迷いが晴れたわけじゃない。
ここにいることで、皆に迷惑がかかるかもしれない事実は変わらない。
けれど今は、戻りたくないという気持ちが大きすぎる。
「結論は出ました。お帰りください、ノーマン公爵」
「スローレン国王……その選択が、自国を破滅に導くことになるかもしれませんよ?」
「破滅するのはあなただ。ノーマン公爵。もしもこれ以上、彼女に関わるのなら……今の話を公表するかもしれません」
「くっ……」
お義父様が暴露した秘密は、知られれば今の地位が揺らぐ。
どころではなく、すべてを失う。
もはや、お義父様にこの場での発言権はなかった。
お義父様はポールを睨む。
「うっ、な、なんですか! 睨まれたって怖くありませんよ!」
「彼も今はこの国の人間だ。危害を加えるつもりなら、私が黙っていませんよ?」
アクト様がポールを庇うように釘を刺す。
「くそっ……だが忘れないほうがいい。イリアス、お前は聖女だ。スパーク王国から……逃げられると思わないことだ」
こんなにも悔しそうなお義父様の顔は初めて見た。
ほんの少し……。
性格が悪いかもしれないけど、スッとした気分になった。
ただ、お義父様の忠告は間違いではなかっただろう。
私がスパーク王国で生まれた聖女である以上、国との縁は永遠に切れない。
国がなくなるようなことが、ない限り。
◇◇◇
夜。
寒さもいっそう厳しくなり、冷たい風が吹く。
窓ガラスが揺れる。
直後、大きな音と共に窓が開いた。
「――!」
「イリアス・ノーマン、一緒に来てもらおうか」
窓から侵入した三つの人影。
全員が黒い布で顔と身体を隠している。
見るからに一般人ではない。
眠っていた私はベッドから起き上がり、逃げるように壁際に立つ。
「抵抗するなら手荒な手段を取らせてもらうぞ」
「……だ、誰――」
「イリアス!」
「――!」
私が助けを呼ぶ前に、アクト様が駆け付け部屋に入ってきた。
廊下の灯りが部屋を照らす。
一瞬の眩しさに、侵入者の一人が目を瞑る。
その隙をつき、アクト様は剣の柄で顎をうち、意識を刈り取る。
「大丈夫か? イリアス」
「はい」
「アクトール・スローレン……」
「イリアスを攫いにきたか? 彼女に手出しはさせない」
アクト様が腰の剣を抜く。
侵入者たちも懐からナイフを取り出し、応戦する。
勝負は一瞬だった。
二人を相手に、アクト様は目にも止まらぬ速さで剣を振るい、二人のナイフを弾き飛ばす。
がら空きになった胴体に拳を入れ、二人とも気絶する。
「……これで三度目だな」
「申し訳ありません」
「君が謝ることじゃないと言っているだろう? とりあえず、無事でよかった」
「……」
そう、これが初めてではなかった。
すでに三度、私を攫うために怪しい人間が王城に侵入している。
その度に、アクト様が助けてくれていた。
「やっぱり俺は聖人なんだな。君がピンチだとわかった。今回も間に合ってよかったよ」
「ありがとうございます。本当に……アクト様はお怪我をされていませんか?」
「見ての通り平気だ。一旦部屋を出よう。ジンたちを呼ぶ」
「はい」
その後、ジンさんたちとも合流し、気絶した侵入者を拘束した。
私は別室に移動し、シオンが淹れてくれた温かい紅茶を飲む。
今夜はもう、眠れそうにない。
「イリアス様のほうは、お怪我などありませんか?」
「私も大丈夫です。アクト様が守ってくださいましたので」
二人で話していると、アクト様が部屋にやってくる。
私は彼に尋ねる。
「捕まえた方々は?」
「ジンと数名で牢屋に連れて行っている。意識を取り戻したら尋問するが、おそらく何もしゃべらないだろうな」
「……アクト様」
「言わなくてもわかる。タイミング的にもそうだな」
確実に、お義父様が関わっている。
しかし証拠がない。
捕らえた男たちは何も話さない。
相当訓練されていると、ジンさんが言っていた。
証拠もないのに決めつけて行動すると、かえってこちらが不利になる。
とはいえ、他に考えられないのも事実だった。
「いい加減、なんとかしないとな。君がゆっくり眠れるように」
「……」
私がいなければ、こんな物騒なことも起きなかっただろう。
脳裏に過る。
あの時、お義父様と一緒にスパーク王国へ戻っていたら……。






