天才魔導具師の少年④
「あ、やっぱり覚えてはないですよね……」
「……ごめんなさい」
「いや、いいんですよ。昔のことだし、聖女様は一日に何人も相手にしていますからね」
そう言って彼は笑う。
申し訳ない気分だ。
私と彼はどこかで面識があるのだろう。
口ぶりからして、彼は大聖堂に相談者として訪れたことがある……のかもしれない。
頑張って思い出そうとしているが、中々見つからない。
「五年くらい前ですよ」
「五年……」
私が教育を終えて、本格的に聖女として活動を始めた頃だ。
大聖堂に立つのようになったのも、この頃だった。
「僕、その頃は身体が弱くて、よく体調を崩していたんですよ。そういう家系みたいで、両親も身体が弱くて、僕が小さい頃に亡くなりました」
「そう……ですか……」
「あ、大丈夫ですよ? 両親のことはもう納得してます。仕方ないことですからね? でも、僕も病気にかかって、死ぬかもしれないってなって……そんな時、聖女様が大聖堂にいると聞いたんですよ」
タイミングがよかった。
私が聖女として活動し始めたのと、彼が大病を患ったタイミングが一致した。
思い出した。
そうだ。
私が聖女になって初めて祈りで治療したのは、高熱にうなされている男の子だった。
「あの時の……男の子?」
「――! 思い出してくれたんですか!」
「はい。初めて、大聖堂で祈った相手ですね」
「――はい! その時に祈ってもらって、僕は元気になりました! 今までが嘘みたいに身体も丈夫になって、普通に生活できるようになったんです」
そういうこともあるだろう。
虚弱体質の原因が、生まれ持った病と関係しているのなら。
原因があれば、取り除くことで改善される。
彼はそういう、上手くハマったパターンだったらしい。
「今の僕があるのは、聖女様のおかげです。だから、恩返しがしたくて猛勉強しました」
「それで魔導具師に?」
「はい。上手く適性があったみたいで」
「凄いじゃないか。たった五年で最高の魔導具師にまでなったか。まさに天才だな、君は」
「そ、そんなことないですよ。照れますねぇ」
「嬉しそうだな」
「ふふっ」
ポールは表情に出やすい性格らしい。
褒められると嬉しくて、照れながら顔を赤くしている。
そういう仕草は年相応……よりも子供っぽくて、なんだか可愛らしい。
アクト様も微笑まし気に笑っている。
私もつられて笑った。
「あ、あの魔導具も、本当は聖女様が少しでも楽になればと思って……」
「それで作ってくれたんですか?」
「はい。だって聖女様、毎日大聖堂で頑張って……大変だぁって」
「……」
私のことを気遣ってくれる人が、あの国にもいたんだ。
今、それを知れてよかった。
「それで、君はこれからどうするんだ?」
「え、これから?」
「ああ、仕事も辞めて、謝罪はしただろ? この後のことは?」
「あ……な、なにも考えてませんでした! ど、どうしよう……もうお金もないし、持ってきた発明品を売ってなんとか……うぅ……」
ポールは頭を抱えて悩ませる。
それを見てアクト様がクスリと笑い、彼に提案する。
「なら、君もうちで働かないか?」
「え? いいんですか!」
「ああ、スパーク王国ほどいい設備も、報酬もないがな」
「ぜひお願いします!」
「即答か。いいのか?」
「はい! だって聖女様も一緒なんですよね? ならここがいいです。元々待遇とかお金は気にしてませんでしたから。まだまだ、恩返しをさせてください!」
無邪気に笑顔を見せながら、ポールはガッツポーズをする。
子供っぽいけど頼れる天才魔導具師が、こうしてスローレン王国に加入した。
◇◇◇
一方その頃、スパーク王国の偽聖女は問題を抱えていた。
「主よ――」
「……せ、聖女様」
「申し訳ありません。やはり疲れがあるようです」
「そ、そうですか。わかりました」
活動時間の減少。
毎日のように聖女として振る舞う彼女だったが、先に限界が来たのは魔導具のほうだった。
効果が弱まり、消費魔力が増えている。
その関係で、一日に発動できる回数が減っていた。
「今日はここまでです。皆様、大聖堂の外へ」
「またか。まだ正午なのに」
「最近多いよな。疲れていらっしゃるのはわかるんだが……ここまで多いと……」
「ああ、なんだか変わられたな、聖女様」
「別人だったりして」
「おい! 滅多なことを言うんじゃない」
国民たちも、徐々に違和感を覚え始めていた。
聖女の対応が変わっている。
以前は夕方まで、人数制限などなく祈りを捧げていた彼女が、今は正午を超えると限界を迎える。
原因は明らかだが、人々は知らない。
「……」
人々が去った大聖堂で、偽聖女マリィは唇をかみしめる。
聖女は皆に期待される。
その反面、期待に応えられなければ、不満を向けられる対象でもある。
着実に、人々の不満は蓄積されていた。
「マリィ」
「――! お父様」
そこへノーマン家現当主、ジーク・ノーマンが姿を現す。
当然、彼女がイリアスではないことは知っている。
「お疲れ様、今日も大変だっただろう」
「はい。お父様……私は……」
「安心しなさい。私が何とかしよう」
ジークはマリィの頭を優しく撫でる。
「今日はもう休みなさい」
「はい。お父様」
娘に優しく接し、大聖堂から見送る。
一人になったことで、ジークは苦い表情を見せた。
「チッ……」
彼は苛立っていた。
思惑通りに事が進まないことに。
そこへもう一人の共犯者がやってくる。
「ノーマン公爵、少しいいか?」
「ライゼン殿下。ええ、私もお話したいと思っていたところです」
二人は対面し、周囲を見回す。
「ここは私たちだけですね」
「ああ、僕たちしかいない。魔導具の件だろう?」
「ええ、調整の話はどうなっているのですか?」
「担当するはずだったポールが突然いなくなったからね。代わりは見つかっていないよ」
疑似聖女を作成したポールが失踪したことで、魔導具を調整する者がいなくなった。
他の宮廷魔導技師には頼れない。
事情を知らないからという理由もあるが、単に実力不足である。
疑似聖女の構造を理解できるのは、作成者であるポールただ一人だった。
ジークは顎に手を当てながら考え、提案する。
「ポールを見つけ出す。もしくは……イリアスを呼び戻すのも考えるべきでしょう」
「ノーマン公爵はそれでいいのかな?」
「構いません。上手く利用すればいい。マリィに聖女の力が宿れば、こんな面倒なことをせずとも済んだのですが……」
「手を汚すことになるかもしれないぞ?」
「ふっ、今さらでしょう? ノーマン家にとっては」
「確かにそうだね」
二人は不気味な笑みを浮かべた。
ノーマン公爵家は代々、聖女を輩出している家系として知られる。
だが、これは事実と相違がある。
彼らは隠してきた。
ノーマン公爵家が、多くの罪を背負っていることを……。






