天才魔導具師の少年③
テーブルに並んだ料理のお皿。
すべて空っぽだ。
提供されて僅か十数分で平らげてしまった。
これにはシオンも、私も驚かされる。
その細身の体のどこに、これだけの量が入るのかと。
「はぁ……助かりました。空腹で死んでしまうところでしたよ」
平らげたのは一人の少年だった。
年齢は十五歳。
私は彼のことを知っている。
顔をしっかり見て、思い出すことができた。
彼の名前は――
「ポール・マットさんですね」
「僕のことを覚えていてくださったんですね!」
「あなたは有名人です。スパーク王国最高の魔導具師ポール・マットさん。最年少で宮廷入りを果たし、数々の魔導具開発を手掛けたと聞いています」
「い、いや、なんだか照れちゃいますよ。聖女様にそう言ってもらえると。でも、僕のやったことなんて、聖女様に比べたら半分以下ですから」
そう言って恥ずかしそうに彼は笑っていた。
彼とこうして直接会話するのは、これが初めて……だったと思う。
同じ王城の敷地内で活動しながら、分野の違いから関わることはなかった。
彼は魔導具開発で、ほとんど宮廷から出ない。
逆に私は、聖女の務めで大聖堂に赴き、時間がきたらノーマン家の屋敷に戻る。
その繰り返しだったから。
「なぜ、スパーク王国の方がここへいらっしゃったのですか?」
食事が終わったのを確認して、シオンが尋ねた。
それは私も聞きたかったことだ。
彼ほどの魔導具師が、なぜ単身でスローレンにやってきたのか。
なぜ行き倒れていたのか。
「えっと、僕は聖女様を探していたんです」
「私を?」
倒れていた彼と視線が合った時、やっと見つけたと言っていた。
思い出した私は、彼に尋ねる。
「どうして?」
この一言に、様々な疑問が集約されている。
なぜ私を探していたのか。
そもそも彼は、私が本人だと知っているのか。
ならば今、スパーク王国にいる聖女の正体も知っている?
私たちに注目されながら、彼は答える。
「謝りたかったんです。僕のせいで、聖女様の居場所を奪ってしまったことを」
「――もしかして、彼女の力は……」
「はい。あの魔導具、疑似聖女という名前なんですが、あれは僕が作った試作品なんです」
予想はしていた。
聖女の力を模した魔導具なんて、簡単に作れるはずがない。
神様の奇跡を真似る行為だ。
そんなことができるとすれば……王国ではただ一人。
天才魔導具師ポール・マット以外に考えられなかった。
「いい訳を……させてください。僕も、あんなことに使われるとは思わなかったんです。知っていたら渡さなかったのに、ライゼン王子は勝手に……本当に、本当に……」
「落ち着いてください。事情があるのでしょう?」
「聖女様……」
「話してください。ゆっくり」
彼が悔やんでいることは、全身からすでに伝わっている。
私は耳を傾けた。
そして知る。
彼が研究成果として提出した魔導具を、ライゼン王子が勝手に利用していたことを。
聞かされていなかったポールは、その事実を知って愕然とし、王国を抜けた。
「宮廷を抜けたんですか?」
「そうです。もうあんな場所……いられない。それに、こうして謝りたかったんです。僕のせいで本当にすみませんでした!」
彼は食事の席から立ち上がり、その場で土下座した。
突然のことで私は戸惑う。
「罰ならいくらでも受けます!」
「ま、まってください。私は怒っていませんから」
「失礼するよ」
そこへタイミング悪く?
アクト様がやってきた。
彼をここへ連れてくる際、シオンがアクト様にも伝えてくれていたんだ。
「……どういう状況だ?」
「あの、えっと……彼はポール・マットさん。スパーク王国の宮廷魔導具師です」
「魔導具師? それがどうして……イリアスに土下座してるんだ?」
「それは……」
最初から説明したほうがよさそうだ。
その前に。
「顔を上げてください。ポールさん。あなたが謝ることではありません」
「で、でも、僕の発明のせいで……」
「そのために作ったわけではないのでしょう? なら、あなたを責める気はありません」
「聖女様……」
「さぁ、立ってください」
私は彼に手を差し伸べる。
その手をとり、引っ張り上げる。
軽い。
見た目通り……いいや、見た目以上に。
「よくわからないが、彼は客人で間違いなさそうだな。シオン」
「はい。お茶を用意いたします。少々お待ちください」
私たちは改めて座り直す。
シオンが淹れてくれた紅茶を飲みながら、アクト様にも事情を説明した。
「なるほどな。君が作った魔導具を悪用されたと。それを知って王国を抜けて、わざわざ謝りにきたのか?」
「は、はい。どこに行かれたのかわからなかったので、とりあえず周りの国を全部回ろうと思いまして……」
「すごい行動力だな。で、この国にたどり着いたと?」
「はい。着いた途端、空腹が限界で……」
「それで行き倒れていたんですね」
ポールは王国を抜けてから二週間以上、周辺諸国を回っていたそうだ。
私の手掛かりを探して。
三つ目の国でようやく、私の元にたどり着いた。
「危なかったな。街の外で倒れていたらそのまま死んでたぞ」
「そ、そうですね。運がよかったです」
「行動力は凄いが、後先考えないのはよくないぞ?」
「す、すみません。どうしても……謝りたくて、それしか考えていませんでした。あはははっ……」
ポールは申し訳なさそうな顔で笑っていた。
宮廷でも最高の地位を築いていた彼が、それを捨ててまで私に会いにきた。
凄い決断力だ。
自分が築き上げてきたものを、居場所を自ら捨てるなんて……。
「どうして、そこまでしてくれたんですか?」
「え? な、何がですか」
「私に謝りたい。そう思ってくれたのは嬉しいです。ですが、それなら仕事を辞めなくてもよかったでしょう」
「……無理ですよ。僕の発明を勝手に、あんなことに使われて、まだあそこで働くなんて僕にはできません。それに……僕が魔導具師になったのは、聖女様に恩返しをするためでしたから」
「え?」
私のために?






