天才魔導具師の少年①
スパーク王国を追放され、スローレン王国にやってきた。
本日でちょうど、一か月が経過する。
「おはようございます。イリアス様」
「おはようございます。シオン」
「お着替えはこちらに用意してあります。お手伝いさせていただいてもよろしいですか?」
「はい。お願いします」
シオンに着替えを手伝ってもらう。
朝の仕度は一人でもできるけど、せっかくの厚意を無下にしてもよくない。
シオンの仕事を奪わない範囲で、遠慮しつつ自分でやれることは自分でやるようにしていた。
シオンは着替えを手伝いながら私に言う。
「イリアス様がこの国に来られて、もう一か月になりますね」
「そうですね。あっという間でした」
シオンも私がやってきた日を覚えていてくれたらしい。
そういう些細な部分が嬉しくて、温かい気持ちになった。
「ここでの生活には慣れましたか?」
「おかげ様で。シオンや皆さんが支えてくれて、助かっています」
「お役に立てたなら何よりでございます」
話しているうちに、着替えは終わっていた。
鏡の前で最後のチェックをする。
今日もバッチリだ。
「ありがとうございます」
「この後はお食事になります。どうぞこちらへ」
「わかりました」
着替えを済ませた私たちは、王城の食堂へと向かう。
到着するとすでに、アクト様とラクスド様、それにジンさんの姿があった。
「おはようございます。アクト様、ラクスド様」
「ああ、おはよう」
「おはよう、イリアス。シオンも一緒だね」
「はい。おはようございます。ラクスド様、アクト様」
私は決められた席に座る。
ジンさんとシオンはすでに食事を終えた後なので、後ろで待機していた。
私だけ、王族でもないのに二人と一緒に食卓を囲むなんて、ちょっぴり変な気分だ。
食事を待っている間、私はラクスド様に尋ねる。
「ラクスド様、お身体の調子はよろしいのですか?」
「うむ。この通り、王城の中なら歩けるようにはなってきた」
「それはよかったです」
病から解放された前国王陛下は、順調に回復されている。
毎日ジンさんが付き添い、歩いたり座ったり、基礎的な運動のリハビリを継続している。
二週間前は歩くことも難しかったのに、今は杖を突きながらだけど、一人で歩けるようになったようだ。
「ジンが根気強く付き合ってくれるおかげで、私も随分楽になったよ」
「いえ、ラクスド様の気力があればこそだと思います。私はその手伝いをしたまでです」
「そう謙遜するな。実際何度も助けられている」
「勿体ないお言葉です」
ジンさんとは食事の時以外、あまり顔を合わせる機会がない。
その理由は、ラクスド様の護衛と、リハビリの手伝いを任されているからだ。
本来はアクト様の護衛だけど、今だけはラクスド様専属の使用人みたいな立ち位置になっている。
一日の大半をラクスド様の元で過ごしている関係上、私との接点が減っていた。
「そろそろ私一人でも問題ないだろう。ジン、元の役目に戻るといい」
「と、おっしゃっておりますが? どうしますか、陛下」
と、アクト様にジンさんが尋ねた。
アクト様は応える。
「まだダメだ」
「ですよね」
このやり取り、実は昨日もしている。
「アクト、私はもう大丈夫だ。この通り、王城の中なら一人で歩ける」
「ダメです。父上は三年以上も寝たきり状態だったんです。病は治っても、身体機能は著しく落ちています。無理をして体調を崩したら、せっかくイリアスが病を治してくれたのに、また振り出しですよ」
「うむ……それはそうだが、ジンはお前の補佐だ。国王となっていろいろと大変だろう?」
「それは皆も同じですよ」
そう言いながら、アクト様は私に視線を向けた。
彼の優しい視線に、私は微笑み返す。
「俺だけじゃありません。ジンも、シオンも、イリアスも毎日頑張っています。今が大変なのは仕方ありません。だからこそ、お互いにやれることをやりましょう。もちろん、無理のない範囲で、だな? イリアス」
「そうですね。私たちも役割を全うします。ラクスド様の役目は、ご自身のお身体を労わり、回復に努めることだと思います」
「うむ……聖女の君にそう言われると、何も言い返せないな」
ラクスド様は申し訳なさそうに笑いながら、自分の髪をわしゃっと触る。
私たちが心配していることは伝わっているだろう。
と同時に、負担をかけたくないという気持ちも、私たちに伝わる。
「とはいえ、かなり回復はしている。つきっきりである必要はもうない。ジン、食事と入浴、運動以外の時間は、これまで通りの仕事に戻ってもよいぞ。それなら構わんだろう? アクト」
「……はぁ、そうですね。無理されないのであれば」
「それはお互い様だ。私からすれば、お前のほうが一人で無理をしないか心配だ。ジンよ、しっかり見張っておいてくれるか?」
「はい、お任せください。いつも通り、ですね」
ジンさんはラクスド様にお辞儀をして、顔をあげてアクト様と顔を合わせる。
ニヤっと浮かべた笑みは、アクト様をからかっているように見えた。
昔から、アクト様はよく無茶をしていたのだろうか。
しかしこれで、アクト様の負担も軽減されるだろう。
実際、彼は国王になってから忙しそうだ。
畑に顔を出す回数も、徐々に減っていると聞いている。
「アクト様、私にも手伝えることがあればおっしゃってください」
「イリアス……ありがとう。その言葉だけで十分だ。君は俺の代わりに、街の人たちのことを見ていてやってほしい。これから冬の寒さも厳しくなる。お年寄りは特に体調を崩しやすいからな」
「はい。お任せください」
私がいる限り、不幸な死は許さない。
この冬に誰も死なせないことが、聖女としてこの国で果たすべき責任だと私は感じている。
「うん。それぞれが役割を果たそう。今はそれでいいんだ。シオンも引き続き、イリアスを支えてくれ」
「かしこまりました」
「ジン、今日から頼むぞ。仕事は溜まってるんだ」
「だと思ったよ」
「すまないな。私も手伝えればよかったのだが……わからないことがあれば相談に乗ろう」
「ありがとうございます、父上」
その後、朝食が運ばれてくる。
朝食を終えた私たちは、それぞれの役目を果たすために動き出した。






