運命に導かれ④
聖女様がいてくれてよかった、とか。
聖女様のおかげで、私たちはとても幸せです、なんて。
多くの人が聖女である私を求めた。
感謝の言葉もたくさんもらったけど、誰ひとりとして、私の幸福を願ってくれなかった。
もしかしたら、心の中では思ってくれていた人もいたかもしれない。
けれど、私の耳には聞こえてこなかった。
彼らが望むのはいつだって、自分と親しい誰かの報告だ。
当たり前のことだけど、そこに私はいなかった。
私が見知らぬ誰かの幸福を願っている間、私の幸福を願ってくれる人は……いなかった。
それが今は、ここにいるぞと教えてくれる。
「聖人のこと、結局よくわからなかったけど……俺がそうだったら嬉しいな」
「アクト様……」
「聖女である君を支える。その役割を担えるなんて光栄だし、他の誰かに譲りたくない」
「――!」
彼は笑う。
その笑顔を見て、胸が熱くなった。
こんな感覚は初めてだ。
心臓の鼓動が速くなって、身体中が温かくなる。
こみ上げてくる嬉しさと、ちょっぴりの恥ずかしさがブレンドされて……。
触れ合った手から、互いの想いが流れ込む。
「――!」
「イリアス……今の……」
「……」
僅かに感じた。
アクト様が私に感謝し、慈しむ心を。
私がアクト様の笑顔に、ドキドキしていたことが……伝わった。
「「……」」
私たちは見つめ合う。
もしかすると、これも聖人の力なのかもしれない。
アクト様に触れていると、感情がいつもよりも大きく揺れ動く。
「そろそろ、戻ろうか」
「そうですね。シオンを待たせていますし」
「ああ」
手を放し、恥ずかしさを隠すように視線を逸らす。
私のドキドキがアクト様にも伝わったからだろうか?
アクト様の横顔が……ほんのり赤くなっているように見えた。
◇◇◇
スパーク王国には天才がいた。
彼は弱冠十四歳で宮廷魔導具師となり、数々の新しい魔導具を作成し、王国の発展に協力した。
彼が作った魔導具の多くは、生活の様々な場面で活用されている。
聖女の存在が目立つせいで、あまりスポットライトを浴びることはなかったが、彼もまた、王国を影で支える立役者だった。
そんな彼が今、ある疑問を抱えて王城を歩く。
向かった先は、ライゼン王子がいる執務室だった。
トントントンとノックをして、彼は部屋に入る。
「失礼します。ライゼン王子」
「ポールか」
「は、はい。お忙しいところ、すみません」
低姿勢の少年ポールこそ、スパーク王国一の魔導具師である。
彼がライゼン王子の元を訪ねた理由は、とある疑問を解消するためだった。
「何の用だ?」
「その……以前に僕がお渡しした魔導具のことなのですが……あれはどうしたのでしょうか」
「ん? なんのことだ?」
「ぎ、疑似聖女のことです」
ライゼン王子は眉毛をピクリと反応させる。
疑似聖女を作り出したのはポールだった。
彼は魔導具の研究の過程で、聖女の力の一部を、魔法で再現する方法を研究していた。
その成果こそが、疑似聖女という名の魔導具である。
「け、研究成果として提出したと思うんですが……あれ、なんで聖女様が付けているんですか?」
「……」
「あ、あの……」
「伝えていなかったか? あれは今後彼女が活用する」
明らかに視線を逸らし、言いづらそうな顔でライゼン王子が説明する。
ポールが気づいたのは、疑似聖女のことだけではない。
根本……彼女が、本物の聖女ではないことにも、すでに気づいている。
「活用って……本物の聖女様はどうされたんですか?」
「――!」
「あの、だって別人ですよね?」
「……それがどうした?」
「ど、どうしたって、本物の聖女様は……」
「聖女は今の彼女だ。君が知る聖女など、最初からいない」
「え……え?」
理解できないという表情のポールに、ライゼン王子はため息をこぼす。
「はぁ……仕方ないな」
知られてしまった以上、誤魔化しもきかない。
そう判断したライゼン王子は、ポールに事情を説明した。
当然、ポールは驚く。
「そ、そんな! 本物の聖女様を追い出すなんて! そんなことのために、僕の魔導具を使ったんですか!」
「何か問題があるか?」
「問題しかありませんよ! みんなを騙す行為じゃないですか!」
「真実を知らなければ誰も困らない。現に皆は聖女だと思っている。君が作った魔導具のおかげでね」
「あ、あれは魔導具です。それに試作品なので完璧じゃありません。使い続ければいずれ……」
「そうか。ならば今後は、君にあれの整備を任せよう」
「え……」
ライゼン王子は開き直り、立ち上がってポールの前に立つ。
彼のことを見下しながら、冷たい表情で命令する。
「整備は君がすればいい。君が作ったものだからね」
「そ、そんなこと……」
「いいか? このことは他言無用だ。もし話せばどうなるか……君も共犯だということを忘れないように」
「……」
ポールは唇をかみしめる。
言い返せないことに。
だが、彼は心の中で叫んだ。
(違う……そんなことのために、魔導具を作ったわけじゃないんだ!)
「では頼んだよ」
「……」
ライゼン王子はポールの肩をポンと叩く。
ポールは言い返さず、黙って彼の部屋を後にした。
帰り道の廊下で、彼は呟く。
「……ダメだよ」
速足になり、逃げるように。
「こんなの間違ってる!」
彼は決意した。
追放されてしまった聖女に、謝罪することを。
そのために……。
翌日。
スパーク王国の天才魔導具師は、宮廷から突如として姿を消した。
部屋に残された置手紙には簡潔に。
宮廷魔導具師を辞職する。
と、記されていた。






