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運命に導かれ②

 しんみりそんなことを考えている私の横で、シオンがアクト様に尋ねる。


「アクト様、何か御用があってこられたのですか?」

「ああ、イリアスと話したいことがあったんだ」

「私とですか?」

「ああ、先日の件、自分でもやっぱり気になってね」

「先日……?」

「雨を降らせた日のことだよ。君の手に触れた途端、俺の身体も一緒に輝きを放った。あれは何だったのか。気になっているんだ」

「それは……私も同じです」


 あの日のことを思い返す。

 初めての体験だった。

 私の中に集められた祈りの力が、何倍にも増幅されていくような感覚……。

 アクト様の手が触れたことがきっかけなのは、間違いないだろう。

 ただ、理屈はまったくわからない。


「それについて何かわかるかもしれないと、父上がおっしゃっているんだ」

「本当ですか?」

「ああ。暇そうならちょうどいい。今から父上に話を聞きにいかないか?」

「よろしいのですか? まだ正午過ぎです。もしかしたら誰か教会に来るかもしれませんが……」

「では、私がここに残ります」


 シオンがそう提案してくれた。

 彼女が残り、もしも誰かが訪れた際、私の力が必要なら呼んでくれるという。


「それなら問題ないかと」

「ありがとうございます。助かります」

「じゃあここはシオンに任せよう。なるべく早く終わらせて戻る。すまないがシオン、任せるぞ」

「はい。かしこまりました。いってらっしゃいませ」


 こうしてシオンに教会を任せ、私とアクト様は前国王陛下の居室へと向かった。

 王城の廊下を歩きながら、私はアクト様に尋ねる。


「お父様のご容態はいかがですか?」

「おかげさまで安定しているよ。昨日、医者に診てもらったが健康体だと言われた。医者も驚いていたよ。驚異的な回復力だとね」

「そうですか」


 さぞ驚くだろう。

 医者には、私がこの国にやってきたことを知らせていない。

 治療を頼んでいる医者は他国の人間だ。

 スパーク王国の人間ではないが、私の存在が他国に漏れないように配慮してくれている。

 そうせずとも、いずれはバレることになるとは思うけど……。


「安心してくれ。何があっても、君の居場所は俺が守ると誓おう」

「アクト様……」

「不安そうな顔をしていたぞ?」

「――すみません。ありがとうございます」


 あまり不安を表情に出さないようにしていたけど、この国に来てから気持ちが緩んでいるようだ。

 悪いことではない。

 それだけ、この国が居心地のいい場所だという証明だから。


 私たちは前国王の居室に到着する。

 アクト様がノックをして、中にいるお父様に呼びかける。


「父上、アクトです。イリアスも一緒です」

「ああ、入ってくれ」

「失礼します」


 扉を開けて中に入る。

 前国王であるラクスド様は、ベッドから身体を起こして私たちを出迎えてくれた。


「よく来てくれたね、イリアス」

「ラクスド様、お身体のほうは変わりありませんか?」

「ああ、この通りに、まだ自由に歩き回るほど体力は戻っていないが、徐々によくなっているよ。君の祈りのおかげでね」

「いいえ、皆さんがラクスド様の回復を心から望んだ結果です」


 そして何より、いくつもの病に侵されながら、命を繋ぎ留めていたラクスド様自身の強い意思がもたらした奇跡だろう。

 医者曰く、いつ亡くなってもおかしくない状況だった。

 そんな状況で三年間を耐え続けた……彼の精神力を尊敬する。

 

「さて、アクトから話は聞いている。王国に雨を降らせてくれてありがとう。君は皆の祈りだというと思うが、君がいなければその祈りも届かなかったはずだ。だから元国王として、礼を言わせてくれ。ありがとう」

「ラクスド様……私も、お力になれてよかったです」


 頭を上げたラクスド様は優しく微笑み、枕元に用意された一冊の本を手に取った。


「二人が知りたいことだが、心当たりがある。この本を読むといい」

「これは……」

「我が国に伝わる……古い書物だ。ところどころかすれてしまっているが、なんとか読める状態は保っている。この本には、数百年以上前の、この国の歴史が記されている」


 ラクスド様はページをペラペラとめくる。

 破れてしまっているページもあって、文字もかすれている。

 彼はめくる手を止めて、あるページを私たちに見せる。


「ここだ。今から八百年ほど前の記載に、聖女の名がある」

「聖女の?」

「そうだ。この記述によれば、聖女が初めて誕生したのは八百年ほど前……それも、この国が始まりだという」

「――! この国で……」


 聖女が生まれた?

 初めて聞く話だった。

 聖女はスパーク王国の、ノーマン家から生まれる存在のはず……。

 私というイレギュラーを除いて、長い歴史の中でそう定められてきた。

 ノーマン家ではなかった私でも、スパーク王国で生まれている。

 ノーマン家で受けた教育の中でも、聖女の誕生はスパーク王国が始まりだと教えられた。

 

「本当なのですか、父上。俺もそんな話は初めて聞きます」

「うむ。この本の記述にはそう記されているというだけだ。他には何も、有力な手掛かりは残っていなかった。私も偶然、この本を見つけていなければ知らなかったこと。そして、知ったところで意味のないことだった」


 ラクスド様が私に視線を向ける。


「だが、この国に聖女がやってきた。これも運命だとすれば……この本に記されていたことも、真実なのかもしれない。そう思ったのだ」


 そう言いながら、ラクスド様は本をアクト様に渡した。

 アクト様は開かれたページを覗き込む。

 私も気になって、彼が受け取った本のページを見る。


「本当だ。聖女という名がある。それに……聖人?」

「聞いたことのない名前ですね」

「ああ、俺もだ」


 聖女と共に、聖人という名前が記されていた。

 本の記載によれば、二人は同時に現れたという。

 聖女は人々の願いを聞き、それを神に届けて奇跡を起こした。

 対して聖人は、聖女の祈りを守護した。


「守護……? 聖女を守るために生まれた存在ということか?」

「アクト様、ここにも聖人のことが書いてあります」


 聖人は唯一、祈りの力をそのまま聖女から受け取り、増幅することができる。

 その力を以てして、邪悪を退け、人々の願いを神に届ける手助けをした。

 

 と、本にはかすれた文字で記されていた。


「増幅……」


 ぼそりと、アクト様が呟く。

 私にも心当たりがあった。

 彼に手を握られた直後に、祈りの力があふれ出し、身体から溢れ出るような感覚……。


 そう、雨を降らせた日だ。

 あの日、私の祈りだけでは足りなくて、雨を降らせることはできなかった。

 悔しさに唇をかみしめる私の手を、アクト様が握ってくれた。


 ならば、そういうことなのか?


「アクト様が……」

「俺が……聖人なのか?」


 聖女を守護するために生まれる聖人。

 その力が事実だとすれば……彼こそが、私を守るための力を宿した人かもしれない。

 予感より確かな確信があった。

 心臓が、心が……熱く鼓動を響かせる。

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