運命に導かれ①
スパーク王国を追放され、スローレン王国の聖女となって一週間が経過した。
教会の外を見ると、雨がシトシトと降っている。
「今日も雨が降ってくれましたね。イリアス様」
「そうですね。よかった」
昨日も雨が降った。
一昨日は快晴だったから、洗濯物もよく乾いただろう。
雨を願う祈りを捧げてから、雨が比較的多く降るようになった。
山のほうも雨が降るようになり、川を流れる水量も一気に増加して、先日まで枯れかけていた地下水を汲み上げる井戸が、再び利用できるようになったそうだ。
雨がもたらした恵はそれだけではない。
しばらく待っていると、教会の扉が開き、一人の男性がやってきた。
男性はバケツのようなものを持っている。
ニコニコしているから、きっといい報告が聞けるだろうと期待した。
「聖女様! 見てください! 川に水が戻ってから、こんなに魚が捕れたんです!」
「本当ですね。こんなにたくさん」
やっぱりいい報告だった。
木のバケツの中には、捕れたての魚がぴちぴちと跳ねていた。
魚の種類には詳しくないけど、サイズも大きく食べ応えがありそうだ。
「雨が降るようになったおかげで、川の周囲に動物も姿を見せるようになりました。友人の狩人がさっき、大きい鹿を捕まえたって喜んでいましたよ」
「そうなのですか。それは喜ばしいことですね」
「ええ、これも全部、聖女様が祈ってくれたおかげです! 私たちはその場にいませんでしたが、本当に感謝しています」
「いいえ、皆様が日ごろから真面目に働いている姿を、神様は見てくださったのでしょう。祈りが通じたのは、皆様の勤勉さがあったからこそです。どうか、ご自身を褒めてあげてください」
「聖女様にそう言って頂けると、なんだか自信が湧いてきますね! もっと頑張らないと!」
男性は力こぶを作って、やる気に満ちた表情を見せる。
私はニコリと微笑む。
「無理はなさらないでくださいね」
「はい! そうだ。聖女様、よければ捕れたての魚、貰ってくれませんか?」
「よろしいのですか? ご自身で捕られたものでしょう?」
「そうなんですが、これの倍も捕れて、まだ半分あるんですよ。私には家庭もありますが、さすがにこの量は腐らせてしまいそうですし、何より聖女様がきっかけをくれたものです。ご迷惑でなければ……」
「迷惑だなんて。ありがとうございます。大切に頂きますね」
「ありがとうございます! 本当に……聖女様がこの国にきてくれてよかった!」
そう言って、男性は嬉しそうに笑いながら去っていく。
私の前にはお魚が入ったバケツが置かれていた。
「すみません。貰ってしまったのですが、私では調理もできないので、お願いできますか?」
「はい。もちろんです」
「ありがとうございます」
いろいろな教育を受けたけど、調理に関しては必要ないからと、一切教えてもらえなかった。
前世では少しくらい料理もしていたから、多少はできなくもないが……さすがに初めて見る魚を捌くなんて無理だ。
「意外でした。こういうものは、受け取らないのかと」
「時と場合によります。せっかくのご厚意ですから、お断りするのは失礼ですし、あの方も私にこれを渡すために、わざわざ教会まで来て下さったようですから」
感謝は素直に受け取った方が、お互いに気持ちよくなれる。
拒否すれば彼の頑張りや、優しさを無下にすることに繋がってしまうかもしれない。
ならば受け取るほうが、彼の未来にもいい影響を与えるだろうと思った。
自分で調理できないから、シオンや王城の料理人頼りになってしまう。
それは申し訳ないと思う。
「私も、料理の勉強をしないといけないですね」
「イリアス様が料理をされている姿を見たら、きっと皆さん驚くと思います」
「ふふっ、そうかもしれませんね」
自らキッチンに立つ聖女なんて、誰も想像できないだろう。
私も、自分で想像してみて笑ってしまう。
「ただ、機会があればやってみたいですね。せっかく、新しい場所で、新しい生活を始められたので」
スパーク王国では叶わなかった。
料理がしたいとか、街まで出て人々の話を聞こうとか。
こんなことを願う余裕すら、あの頃の私にはなかったから。
今は、それを想うだけの心の余裕がある。
「では、私でよければお教えしましょうか?」
「シオンが教えてくれるんですか?」
「はい。王城の料理長に、幼い頃から教えていただきましたので、料理は得意です」
「ありがとうございます。ぜひお願いしますね」
「かしこまりました。日取りはまた決めましょう」
シオンが教会の扉に視線を向ける。
ちょうど誰かやってきた。
誰かと思って私も視線を向けると、扉が開いて彼がやってくる。
「こんにちは、イリアス、シオン」
「アクト様。いらっしゃいませ」
「ああ、お邪魔するよ」
教会に姿を見せたのはアクト陛下だった。
中に入り、雨で濡れた服を軽くはたいてから私たちに近づく。
キョロキョロと教会の中を見て、彼は言う。
「今日は誰もいないんだな?」
「雨が降っているからでしょう。一昨日は大勢の方がいらっしゃいました」
「そうか。雨の日だからこそやれることも多いからな」
シオンが説明してくれたように、雨の日は相談者が一気に減る。
元々この国の人たちは遠慮しがちで、よほどの困りごとじゃないと教会まで足を運ぶ者が少数だった。
あまりに暇な日は、こちらから街に赴いて、困っている人がいないか探すほど。
昨日や今日のように雨の日は、極端に相談者が減り、街に出ても室内にいる人がほとんどだから、私が手伝えることは少ない。
要するに今は……。
「じゃあ、暇ってことだな?」
「お恥ずかしながら……」
「別に責めているわけじゃないぞ? むしろ暇なほうがいい。君に頼るほど切羽詰まった人が、誰もいないという証拠だ。ある意味ではいいことだろ」
「そうですね」
その通りだ。
極論、聖女なんていなくても、皆が幸せに暮らせるならそれがいい。
というより、そんな未来こそが、私たちが目指す場所なのかもしれない。
聖女が暇を持て余すような国に、世界になってほしい。
心からそう願う。






