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新しき聖女の伝説④

「――!」


 それは、私にとっても初めての体験だった。

 彼の手が私の手に触れた途端、身体中から力が沸き上がってくる。

 これは祈りの力だ。

 ここまでハッキリと、祈りの力を実感できたのは、この時が初めてだった。


「アクト様、これは……」

「――わからない。俺もこんなこと初めてだ」


 何より驚かされたのは、アクト様の身体も、私と同じように祈りの力に包まれていたことだ。

 祈りの後、奇跡が起こる予兆の輝きではない。

 祈りの力そのものが、私とアクト様の全身を包むように覆っている。

 私たちが互いの顔を見つめ合う。

 驚きと、確かな実感を胸に。


「アクト様、今なら……祈りも届くかもしれません」

「ああ、俺も同じことを思ったよ」


 互いに頷き、必死に祈る人々に、再び呼びかける。


「みんな、すまないがもう少し祈り続けてくれ!」

「どうかお願いします。皆様の祈りを、願いを私たちに貸してください」


 その言葉に呼応するように、人々の祈りが私の身体に集められる。

 流れ込んでくる想いに呼応して、私たちを包む輝きも、より眩しさを強めた。

 どうしてこんな現象が起こるのか、私たちには理解できない。

 わからずとも感じる。

 祈りが強く、確かな輝きを放つ今ならば――


「主よ、この地に恵みの雨をもたらしください。か弱き者たちに、希望をお与えください」


 祈りは届く。

 増幅された祈りの輝きは、天まで昇った。

 祈りが天に、神様に届く。

 光の柱が立った先で、徐々に雨雲が生成され始めた。

 そしてついに……。


 ぽつり。


 天より雫が落ち、私の頬を伝わり流れた。

 一滴をきっかけに、水滴は何粒も、数えきれないほど落ちてくる。

 雨は降った。

 数か月ぶりに、乾いた大地に恵みの村雨が降り注ぐ。


「おお! 本当に雨だ! 雨が降ってくれた!」

「なんという奇跡……」


 人々は歓喜のあまり膝から崩れ落ちる。

 中には涙を流す者もいた。

 雨の雫と、頬を流れ落ちる雫が合わさって、乾いた大地を潤していく。


「イリアス、雨だ。俺たちの祈りが通じたんだ」

「……はい」


 神様まで届いた。

 降り注ぐ雨は決して、人々を打ち付けるような強い雨じゃなかった。

 優しく降り続ける雨は、さらに広く、王都の街の外まで広がっていく。

 山のほうにも雨雲が出来上がっているのが見えた。

 山にも雨が降れば、川に水が流れ、地面にしみ込めば地下水となる。

 

「雨が降るようになれば、水不足も軽減されるはずだ。これで少しは……皆が生活の中で感じる不安も減ってくれるだろう」

「はい。続いてくれるといいですね」

「続くさ。なんでだろうな? そんな予感がするんだ」

「……私もです」


 根拠はないけれど、この雨が止んでも、また雨は降る気がした。

 私たちが願ったのは、一度きりの雨じゃない。

 枯れた大地を潤し、作物が育つ豊かさを手に入れるには、まだまだ時間がかかる。

 それまで続いてくれる。

 神様は意地悪なんかじゃない。

 ちゃんと見て、私たちが本気で祈れば、応えてくれる。

 天候すら変えてしまう奇跡を起こせたように。


 聖女の祈りが雨を降らす。


 この日、聖女の新たな伝説が生まれた。


  ◇◇◇


 イリアスたちが雨を降らせるために祈っている頃。

 スパーク王国の大聖堂では、今日も大勢の相談者が集まっていた。

 

「聖女様、子供が熱を出してしまったんです。もう三日もこの調子で……」

「安心してください。すぐに治しましょう」


 聖女は祈りを捧げるように手を組み、聖句を唱える。

 光が発せられ、子供の体調は回復する。


「ありがとうございます! 聖女様のおかげで、この子は救われました」

「いえ、私の力ではありません。主のお導きです」


 聖女として振る舞う彼女が、まさか偽者だとは誰も思わないだろう。

 本物の聖女であるイリアスの代わりに、聖女のフリをしているマリィ・ノーマン。

 彼女が大聖堂に立ってから、すでに五日が経過していた。

 誰一人として、彼女の正体には気づかない。

 それほど完璧に騙せるほど、彼女の容姿や態度は聖女イリアスと重なっていた。

 もっとも重要なのは、奇跡を起こせるかどうかだが、その問題は宮廷一の天才魔導具師によって解決している。

 彼女の首元には、天才魔導具師が作り出した「疑似聖女」が装着されていた。 


「聖女様! 私の悩みを聞いてくださいませんか?」

「はい、もちろん」


 元々ノーマン家で聖女の力を宿すはずだった彼女は、イリアスが養子に迎えられるまで、聖女になるための教育を受けていた。

 イリアスが聖女に選ばれて以降も、彼女は反発するように勉学に励んだ。

 その努力だけは、評価に値するだろう。

 だが、彼女はやり方を間違えた。


(……そろそろ……)


 偽装は完璧だった。

 しかし、決定的な問題があった。

 それは……。


(……魔力が……もう……)


 どこまで偽っても、彼女は聖女ではないということである。

 聖女でない彼女には、人々の祈りを神に届け、奇跡を起こす資格がない。

 それを補い、偽っているのは天才が作った魔導具だった。

 魔導具は使用者の魔力を消費して効果を発揮する。

 人間の身体に宿る魔力には限界があった。

 貴族として生まれたマリィは、一般人よりも多くの魔力を宿している。

 そのおかげで、疑似聖女の力を使い続けることができた。

 だが、次々に迷える人々が押し寄せ、その度に効果を使用していたことで、ついに彼女の魔力に限界を迎える。


「聖女様、この子の治療を……」

「申し訳ありません。少し休ませていただいてもよろしいですか?」

「あ、す、すみません。そうですよね。聖女様も、お疲れのようですし。えっと……」


 次は自分の番だと思っていた女性は困惑していた。

 戸惑う女性との間に騎士が入り、集まった人々に向けて、本日はここまでとアナウンスがされる。

 彼女の周囲を守る騎士たちは、ライゼン王子直属の騎士であり、今回の事情にも精通している。

 

「聖女様もお疲れのようだな」

「ああ、昨日もこのくらいの時間に終わったし、本当に疲れていらっしゃるのだろう」

「仕方ないことではあるが……せっかく足を運んだのに」

「よせ、聞こえるぞ」


 諦めて大聖堂を後にする人々の口から、かすかに不満が漏れ始めていた。

 その声はマリィの耳にも届いている。

 

「……」

「聖女様」

「わかっています。部屋に戻りますので、後のことはお願いできますか?」

「かしこまりました」


 マリィは大聖堂の裏手から、隠れるようにしてノーマン家へと向かう。

 その足取りは重く、彼女は唇をかみしめる。


「……なんなのよ。私じゃ不足だっていうの?」


 人々から向けられる不満に対して、彼女は怒りで返す。

 確かに彼女は努力していた。

 だが、努力の方向性を間違えたことに、未だ気づいていない。

 彼女が今いる場所は、本来イリアスの居場所である。

 それを奪い、人々を、神を欺いた代償が、徐々に彼女の身に天罰として降り注ぐ。

 最初は小さな綻びだった。


 それから間もなく――


「……あれは、僕が作った魔導具じゃ……」


 一人の天才が、スパーク王国を去ることに繋がる。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ただ救われるだけの立場の人間が不満を漏らすのは違うと思うけどな。イリアスがそうだったように全ての相談者を救おうと一日中働いていたら心身ともに壊れるし。神の救済の優先順位としては病人とか…
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