新しき聖女の伝説②
「凄いですね」
「え? 何がですか?」
私と一緒に人々の悩みを聞いてくれていたシオンがぼそりと呟いた。
「先ほどから隣で見ていましたが、どんな相談事にも困ることなくお答えされていて、今の方の相談内容もそうですが、まるでお医者様のようでした」
「お医者様ほど、立派なお話はできませんでしたよ」
「いえ、十分に素晴らしいお話でした。イリアス様は医学にも精通されているのですね」
「ただ少し知識があるだけです。本職のお医者様と比べたら、私の知識なんて大したことはありませんよ」
すべてはノーマン家で受けた教育の成果だ。
貴族として高貴であれ。
聖女として完璧であれ。
そのために必要な能力、知識を身に付けるために毎日勉強した。
医学分野もそのうちの一つだった。
傷や病気を聖女の祈りで治療するには、その病気がどんな症状なのか。
どういう病気なのかがわかっているほうが、祈りの内容が正確になり、神様に伝わりやすい。
漠然と回復してほしいと願うより、この病気だから治ってほしい。
そう願うほうが、奇跡が起こりやすかった。
大聖堂に訪れる人は、病気や怪我、体調不良で困っている人が圧倒的に多かった。
より正確に祈りを捧げるためには、医学の知識は不可欠だった。
「私にできるのは、お医者様の代わりだけです」
「それが素晴らしいことだと、私は思います。イリアス様がいてくださるという安心感が、国民の身体を軽くしてくれるでしょう」
「そうなってほしいですね」
それが理想だ。
まずは安心してもらいたい。
私がここにいることで、苦しみや恐怖におびえる日々が、少しでも希望に満ちるように。
「あの、私も相談してもよろしいでしょうか?」
「はい。どうされましたか?」
次の相談者の声を聞く。
街に出てから二時間ほど経過して、集まっていた人々も少しずつ散っていく。
集まったはいいが、一歩を踏み出せずに相談せず帰ってしまった人も大勢いたようだ。
まだまだ馴染むには時間がかかりそうではある。
人が減ったことを確認してから、私はシオンと一緒に場所を移す。
商店街、住宅街を通り抜けた先にあったのは、大きな畑だった。
「ここが国内最大の農地です」
と、シオンが立ち止まって説明してくれた。
スローレン王国は土地が少なく、畑にできるような質の土がある場所も限られていた。
だから王都の敷地内の一部を畑として利用しているらしい。
今も大勢の人が、畑を耕すために鍬を振っている。
皆が汗を流しながら働く姿を見て、何かできることはないかと模索していると……。
「……? あれは……」
見覚えのある後姿を見つけた。
まさか、そんなことがあるのだろうか?
人違いだと思ったけど、頬を流れる汗を拭った時、横顔が見えて確信した。
「アクト様?」
「ん? ああ、イリアスとシオンか。来ていたんだね」
「はい。イリアス様に街を案内しております」
「そうか。ちょっと待ってくれ。今そっちに向かうから」
アクト様は耕した土を踏まないように飛び越えて、私とシオンの前にやってきた。
何度見てもアクト様だ。
汗を流し、頬や服には土をつけているけど。
「そっちは順調か?」
「はい。イリアス様のご提案で、街の方々の声を聞いているところです」
「そういうことか。いいことだが、みんな驚いていただろう?」
「はい。ですがすぐに打ち解けていらっしゃいました」
驚いているのは今、この状況に……なのだけど。
シオンは普段通りに会話をしているし、驚くような素振りを見せない。
つまり、これが普通ということ?
一国の王様が、国民と一緒に畑仕事をしている光景が?
私の脳裏には疑問符がいくつも浮かんでいた。
「イリアス? どうかしたか?」
「あ、いえ……陛下も、畑仕事をされているのですね」
「ああ、偶にな。人手が足りない時は、こうして手伝いに来ているんだよ」
「そうなのですね……」
「驚いたか?」
「はい……驚きました。国王が畑仕事をしているなんて、スパーク王国ではありえない光景でしたので」
「ははっ! たぶんうちだけだろうな。俺も聞いたことはないし、他国の王に知られたら呆れられるだろうな」
アクト様は笑いながら、腰に手を当てて畑のほうを見ながら言う。
「うちは動ける若い人間が限られている。畑仕事は力がいるからな」
「それはそうですが……」
「言いたいことはわかるよ。これは俺の仕事じゃない。本来なら、俺がここにいること自体がおかしいことだ。でも、何かしたいって思うんだよ」
「アクト様……」
アクト様は目を細めて、共に畑仕事で汗を流す人たちを見つめていた。
若い人よりも、お年寄りの方のほうが多い。
街で働く人たちは、比較的若い男性が多かったように思う。
きっと今ここで働いている方は、昔から畑仕事に取り組んでいる方なのだろう。
汗を流し、時に腰をトントンと叩きながら……。
「この国はいつだってギリギリだ。休むことすら許されないほど……ここで働く人も高齢だしな。これからさらに歳を取ったら、畑仕事は誰がやる? そういうことも考えなきゃいけないんだけど……結局、今やれることはこれくらいなんだよ」
「アクト様は国外にも赴き、若い働き手を勧誘されたり、王国に協力を依頼されているのです」
「国外に?」
そんなことまでされていたのか……。
スパーク王国にも、そういう相談をしていたのだろうか?
少なくとも、私の耳には入ってこなかった。
「大体が門前払いされてしまうけどな。未来のない国に、投資する価値がどこにある……と」
「そんな……」
「事実だ。彼らも慈善事業をしているわけじゃない。何の利益もないのに、他国に協力する理由はない。わかってはいるんだ。だから少しでも、この国の価値を示さないといけないのに……」
「アクト様……」
悔しさに、彼は唇をかみしめていた。
貧困はどんどん悪化していく。
これから冬になれば、病や体調不良の方が増えるだけじゃない。
食材も手に入りにくくなるし、冬の寒さに耐えながら、外で働くのはお年寄りには厳しい。
それこそ、命を削る行為に他ならない。






