新天地でもう一度④
「ここを使ってくれ。あまり大きいところじゃないが」
「いえ、十分です」
人々の前で王位の継承、そして聖女のお披露目をし終わった後、私は陛下に連れられて王城の敷地内にある教会へとやってきた。
スパーク王国の大聖堂に比べたら確かに小さい。
広さは半分程度で、天井も高過ぎず、私にはこのくらいがちょうどいいと思った。
「掃除は普段からしている。主にシオンがな」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
「それが私の役割ですので」
教会の下見にはシオンさんも同行している。
彼女は小さく頷いた。
ジンさんは今頃、前国王陛下をお部屋へ案内しているだろう。
「教会や聖堂は、神様に近い場所です。そこを綺麗に保っていただけて、神様もきっとお喜びになられていると思います」
「だそうだぞ? いいことがあるかもな? シオン」
「そうだと嬉しいですね」
「ありますよ、きっと。神様はいつも、私たちのことを見ていますから」
この教会は昔、儀式や王族の結婚式に使われていたそうだ。
現在は使われる機会が減ってしまい、建物も古くなっている。
掃除せずとも誰も困らない場所だが、陛下の計らいもあって毎日掃除がされていたそうだ。
これから使わせてもらう身として、綺麗に保たれていたことが嬉しかった。
神様も喜んでいらっしゃるだろう。
「イリアス、君には明日からここで、聖女として活動してもらう。具体的に何をしてもらうかは、俺より君のほうがわかっていると思う」
「はい、大丈夫です。スパーク王国の頃のように、不安を抱えた人々の声に耳を傾けます」
「ありがとう。まぁ、実際どれだけ人が来るかわからないが、明日になってからのお楽しみだな」
そう言って、陛下は肩の力を抜く。
「さて、疲れているだろう? 今日はもうゆっくり休もう」
「それはアクトール様のほうではありませんか? ずっと気を張っていらっしゃったので」
「これくらいなんてことはないさ。それと、言いそびれたが俺のことはアクトでいいよ。近しい間柄の人間は、皆そう呼ぶんだ」
「それは……」
ジンさんやシオンさん、前国王陛下もアクトという愛称で呼んでいた。
近しい間柄……家族や幼馴染が、彼を愛称で呼ぶ意味は理解できる。
「よろしいのですか?」
「ああ、そう呼んでほしい。君とは長い付き合いになる予感がしているんだ」
「……そうですね」
不思議な気分だ。
なぜだろう?
私も彼と同じことを思っていた。
彼とは、彼らとは、長い付き合いになるような……。
「では、アクト様、改めてよろしくお願いいたします」
「ああ、こちらこそ、ようこそ俺の国へ」
差し出された右手に、私も右手を重ねる。
友好の握手を交わして、私たちは視線を合わせる。
◇◇◇
翌日。
早朝から私は、教会に立った。
やっていることはスパーク王国と同じなのに、なぜか新鮮な気分になる。
たった数日離れただけで、この位置が懐かしい。
私は斜め後ろに立っているシオンさんに声をかける。
「シオンさん、今日からよろしくお願いします」
「はい。何かあれば、私にお聞きください」
「そうします。ありがとう」
「いえ、役目ですので、それから、私のことはシオンと呼び捨てにして頂いて構いません」
「努力してみます」
聖女として振る舞うように教育された影響で、他人を呼び捨てにする感覚に慣れていない。
要望にはできるだけ応えたいけど、初めはぎこちなくなりそうだ。
それはそれとして……。
私は教会の出入り口を見る。
シーンと、閉まったままだ。
「誰も来ないですね」
「まだ早朝ですので」
確かに朝は早いけど、スパーク王国の時は朝から列ができていた。
解放される時間になると、流れるように人々が大聖堂の中に入ってきて……。
それに慣れてしまったからか。
拍子抜けしている自分がいる。
王都の規模や人口の差を考えれば、これが普通なのだろうか。
数十分経過する。
「やっぱり誰も来ないですね」
「……いえ、そんなことはないようですよ」
「え?」
シオンが視線を向ける先には窓ガラスがあって、外が薄っすらと見える。
人影がチラホラとあった。
シオンが続けて言う。
「中の様子を覗いているようですね」
「そうみたいですね」
入っていいのかわからず困っているのだろうか?
私とシオンは頷き、教会の外に出てみる。
すると、人影は一つではなく、数人の人たちが教会の周りに集まっていた。
「お、ああ! 聖女様!」
「おはようございます、皆さん」
教会から出てきた私に、人々は驚いていた。
私も平静を装っているが、こんなに人がいるとは思わなくて、少し驚いている。
「お、おはようございます」
「教会なら開いていますよ? 何か相談事があるなら中へ」
「いや~、相談とかは特にないんですが」
「そうなのですか?」
じゃあどうして教会の外にいたのだろう。
浮かんだ疑問に応えるように、男性は人々を代表して言う。
「その、聖女様を一目拝めたらなと思いまして、それだけです」
「私を……?」
見たくてわざわざ、相談もないのに朝から教会に来たというの?
変わったことを考える人たちだ。
「相談事は本当にありませんか?」
シオンが私の隣でひょこっと顔を出し、集まった人々に尋ねた。
すると、彼らは顔を合わせて、申し訳なさそうに言う。
「いや、相談事がないわけじゃないんですが……こんな時世ですしね? でも、個人の悩みで聖女様の手を煩わせるのは申し訳なくて」
そんな風に思っていたのか。
ふと、アクト陛下が言っていたことを思い出す。
スローレンの国民は、最初は遠慮して頼ろうとしないかもしれない。
言っていた通り、彼らは私に遠慮していたらしい。
「ふふっ」
「せ、聖女様?」
「すみません。そんな風に言われたのは初めてだったので」
つい笑ってしまった。
聖女に頼るのではなく、遠慮するなんて初めてだ。
そんな人もいるのか。
改めて、私がいる場所が、今までとは違うということを認識する。
「シオン、これから街に移動しませんか?」
「構いませんが、どうされるのですか?」
「皆さんの声を聞きに行きたいのです。どんなことを考え、何に悩んでいるのか。見て、聞いて、感じたいと思います」
今までのように、教会でただ待つだけではダメなんだ。
ここはスパーク王国じゃない。
私はもう、スローレン王国の聖女だから。
この国では、この国のやり方がある。
私のことを信じ、王国の一員として認めてもらうために……。
「私のほうから歩み寄りたい。人々の心に、共に祈らせてもらえるように」
きっと、このやり方が一番正しい。
「皆様が迷惑でなければ、ですが」
「とんでもない! きっとみんな喜びますよ! 遠慮して来れないやつも多いですし、歳をとって中々外に出られない人いますからね」
「そうですか。なら、会いに行きましょう」
「かしこまりました。では、私が案内いたします」
「ありがとうございます」
シオンに案内され、数名の人々と一緒に、私は教会から離れていく。
聖女として街を回るなんて初めてのことだ。
不謹慎かもしれないけど、少しワクワクしている。
どんな出会いが、私を待っているのだろう?
きっと温かくて、優しい出会いばかりだろう。
ここは、そういう国だと思えた。






