28.君を守りたい
(……あ、これ。もしかしてヤバいんじゃ……)
ヒロインと二人きりで会っているところを、ローズに目撃されたという事実は。
もしかして彼女が見ていたという夢の一部なんじゃないかと、こんな時に思い至って。
(いや、でも。なにもやましいことはないし、焦った方がきっとあやしい、よな……?)
それならいっそのこと、普段通りに。落ち着いて対応した方が、きっと混乱させずに済む。
何より今は、珍しく息を切らすほど走ったらしいローズの方が気がかりで。
そう、思ったから。
「ローズ?どうしたんだい…?」
なるべく驚かせないように、そっと声をかけて一歩踏み出したのに。
「ぁ……」
無意識に、なんだろう。同じように後ろに一歩、足を引かれる。
(これは……もしかしてまた、やらかしたか……?)
常に優雅に、背筋を伸ばして。誰もが憧れるような、模範そのものな公爵令嬢。そんなローズが、どこか取り乱しているように見えたから。
つい、そちらにばかり気を取られていて。
「ローズ様!!危ない!!!!」
後ろから聞こえてきた声に、反射的に振り向けば。
ヒロインが真っ青な顔をして、その上ローズのさらに後ろに視線が合っていることに気づく。
そこに、いたのは。
(魔物っ!?)
わずかに残る水と風の魔法の残骸は、きっとローズがあの魔物を閉じ込めていた証拠。
それなのにこちらに意識を向けさせてしまったせいで、魔法が解けてしまって。
まさに、今。
目の前のローズに、魔物が襲い掛かろうとしていて。
(だめだ……ダメだッ!!)
考えるよりも先に、体が動いた。
ただローズの命を奪われたくないと、その一心で。
「いやぁッ!!!!」
「ローズッ…!!」
聞こえてきた悲鳴は、ヒロインのもの。
けれど今大切なのは、急いで腕の中に閉じ込めた存在の方で。
死なせるわけにはいかない。死なせたくない。
俺は君を守りたいんだ。
そのための方法を模索して、君にこれ以上ないほど惹かれて。
それなのに。
こんなところで、魔物になんて殺されてたまるか。
この世界がローズを排除しようとするのなら、全力で抗ってやる!!
(ローズみたいに、全適性がなくてもっ……!!)
これでも王太子。五元素には一応すべて適性がある。魔力も申し分ない。
魔物の攻撃を不意打ちとはいえ、一撃目くらいなら防ぐ手立てはある。
こちらが攻撃に転じるのは、その後でいい。まずはローズを守ることに集中してからだ。
そう、思っていたのに――
「だめえええぇぇッ!!!!!!」
腕の中で必死に叫ぶローズの体から、眩いばかりの光が解き放たれる。
それは眩しいはずなのに、目を覆いたくなるようなものではなく。
けれど確実に、あたり一帯を昼間だというのに明るく照らして。
その光がおさまる頃には、目の前にいたはずの魔物はきれいさっぱり消えていた。
まるで、初めからそこには何も存在していなかったかのように。
(…………今のは、まさか……。本当に……本当に、ローズが……)
「聖女……?」
文献にあった通りなら、魔物を聖なる光で浄化できるのが聖女。
だとすれば、今目の前で起こったことは紛れもなく聖女の奇跡。
あの光は間違いなく、ローズの体から発されていたものだから。
そう、つまり。
『聖女覚醒だ…………聖女ローズ様が……。これでようやく、平和に生きられる……!!』
(聖女ローズの、誕生…………って……え?)
振り返れば、嬉しそうな顔をしたヒロインがそこにいて。
けれどその発した言葉も、内容も。無視できるようなものではなかった。
だって、今。
彼女が発した言語は……。
『聖女覚醒…?どういうことだ…?いや、それ以前に……どうしてその言語を操れる?』
『……え…?』
日本語で問いかけてみれば、驚きと疑問の両方を乗せた表情でこちらを見つめてくるヒロイン。
その色彩は明らかに異質なのに、なぜかその向こうに黒い髪と瞳が見えたような気がして。
なのに。
『どうして……日本語を…』
『ローズまで…!?一体どうなって…!!あぁ、いや……』
見上げてくる腕の中の存在からも、聞きなれた言語が飛び出すから。
思わず素で驚いたけど、さすがにこのままここで話すわけにはいかないとすぐに思い至る。
とくにあの光は、きっと学園内の誰もが気付いただろうから。すぐに場所を移動しないと、面倒な事になる。
「とにかく、まずは場所を移そう。それと至急先生方への連絡を。ゼラ、いるんだろう?」
どこへともなく呼びかければ、ひょっこりと現れて。
「はいはい、お呼びですかー?」
きっとまだどこにも向かっていないだろうと分かっていたからこそ、当然のように呼び出せる。
正直彼にはこれ以上ないというほどの信頼を寄せているんだと、こういう時だからこそ普段以上に意識した。そうでなければ、こんな場面で種明かしなんて出来るわけがない。
目を向けた先、普段と変わらない態度でこちらに向かってくるゼラは。
その表情とは裏腹に、頭の中ではものすごい速度で様々なことを考え天秤にかけ、計算しているところなんだろう。
(けど、悪いな。今自由に動けるのは、お前しかいないから)
頭をフル回転させてるところ申し訳ないとは思うが、急いで動いてもらわないといけなくなった。
「え…?」
「ええぇぇぇっ!?!?」
「そこのピンク髪、煩い。あと俺は連絡係だろう?」
「なっ…!!」
「あぁ。それから――」
「執務塔への転移陣、俺の分も、だろ?ピンク髪は自分の足で向かわせるから」
「いや、それだと目立つ」
「えー?複製すんのー?魔力バカ食いすんのにー?」
驚いている二人への説明は後回しにして、とにかく必要事項だけを伝える。
ありがたいことに、ゼラはちゃんと俺の意図を全て察してくれているから。何も言わなくても、全てが通じる。
「ピンク髪ってなによ!!好きでこの色に生まれたわけじゃないし!!第一初対面の人間に対して第一声がそれってどういうこと!?」
悪いがヒロイン。その言葉に返答をしてあげている暇はないんだ。
「ゼラ」
「はーいはい、分かってますよ。未来の国王夫妻のためですもんね。今から余計な噂は立てさせませんよ」
「勝手に話進めてないで、ちょっとはこっちの話聞きなさいよ!!」
未来の国王夫妻、ね。
ま、こうなった以上あながち間違いでもないけど、な。
とりあえず色々と納得がいかないらしいヒロインも引き連れて。
どこか放心状態のローズを抱えたまま、ゼラだけを残して執務塔へ転移した。




