27.ヒロインからの呼び出し
『で?どうすんだよ?』
『いや。どうするもなにも、行くしかないだろ。約束したんだから』
俺の手の中にあるモノを見ながら、問いかけてくるゼラに。答えられるのはそれだけ。
『何もこんな時に寄こさなくてもいいと思うんだけどな。ほんっと、とことん邪魔してくれるよなー。あのピンク髪』
途端不機嫌になったゼラに、苦笑するしかないけど。それでも約束は約束だから。
ヒロインに渡していた魔法の手紙の、その内容をもう一度確認して。
"お伝えしたいことがありますので、本日のお昼休みに二人きりでお会いすることは可能でしょうか?"
挨拶も何もかもをすっ飛ばして、それだけ書かれたこれは。俺の勝手な罪滅ぼしだから。
『わざわざ二人きりとか、図々しいにもほどがあるだろ。だいたい、例の好きな相手はどうしたよ』
『さぁ?ただまぁ、ローズが唯一仲良くしてる相手だし。ローズに関することの可能性が高い以上、どっちにしろ行くしかないだろ』
『言っとくけど、本当に二人きりになんてさせないからな?』
『知ってる』
どうせ言わなくても、隠れてついてくるつもりだろうから。
さすがに護衛に待っていてもらうには、ゼラを連れていかないと納得してもらえないだろうし。その方が都合が良いのは事実。
とはいえ、学園内で俺とゼラが二人並んで親し気にしてるのはまずい。ゼラの役割が果たせなくなる。
『ま、護衛には俺から話しておくけどな。ほら、護衛隊長はこっちの仲間だし?』
『……そろそろ、胃薬とか渡しておいた方がいいんじゃないか?』
王太子に選ばれたという名誉も合わさって、今ではほとんどどこに行くにも連れていくようになっているもう一人の転生者。
唯一の大人の協力者であり理解者でもある彼には、苦労とストレスをかけさせまくっている自覚がある。
でもだからって、今ここで心労で倒れられたら本当に困るから。
『んー……。じゃあ、帰ったら親父にでも聞いてみるわ』
『そうしてくれ』
今も扉の前で警護にあたってくれている、ある意味で一番の出世頭は。
たぶん同時に、一番の苦労人でもあるような気がする。
(まぁでも。とりあえず、だ)
このヒロインからの呼び出しは、きっと何か意味がある。
そもそも今まで一度も積極的に関わって来ようとしなかったのに、今更しかも二人きりで会いたい、なんて。
何もない、わけがない。
そう、だから。
「ローズ様のことをどう思っていらっしゃるのか、一度ちゃんと確認したかったんです」
まさかそんなことを真剣に聞かれるとは、思ってもみなくて。
「もしも、王太子殿下が本気でローズ様のことが好きなら……。私も出来るだけ、協力したいんです!」
ピンクの髪を揺らしながら、緑の瞳は真っ直ぐ俺に向けられて。
胸の前で両手をグッと握りしめて、どこか健気にも見える姿でそう力説する彼女は。
(…………ヒロイン、だよな……?っつーか、なんだこれ。どういう状況??)
自分が言っていることの意味を、本当に正しく理解しているのだろうか?
「え、っと……もしかして、それを私に伝えるために呼び出したのかな?」
「当然です!!それ以外にお話する理由がありませんから!!」
言い切るその顔は、本気そのもの。
いや、別にそれでいいんだけど。下手に迫られるより、全然いいんだけど。
(いやマジでどういう状況だよこれ)
好きな女の子の友人から、友人を落としたいなら協力しますよ、なんて。
普通逆じゃないのか?友人を応援するもんじゃないのか?
「そもそも他の婚約者候補の方に聞かれたら、どう考えても問題になりますから」
「それは、そうだね」
「でもローズ様以外が王妃様になんてなっちゃったら、絶対平民の生活はよくならないじゃないですか!」
「…………君は、ローズに王妃の座について欲しいの?」
「当然です!!むしろローズ様以上に相応しい人なんて、いるわけないですよ!!」
…………どうしよう。今すごく、ヒロインに共感してるんだけど。
いやむしろ、当然と言えば当然なんだけども。ローズ以上、なんて。彼女が言う通りいるわけがない。
(さて、どうするか……)
ここで素直に頷くのは簡単だ。けど、それをしていいのかどうかはまた別問題。
今俺は王太子として彼女の前にいるわけで。そうなると俺の発言には全て、大きな責任がつきまとう。
本心を口にしていいかどうかは、相手と状況次第なわけで。
「それに、言われたんです。王太子殿下が本気でローズ様のことが好きだから、嫉妬してクッキーを食べちゃったんだって」
「ッ!?」
いや、そうだけど!そうなんだけど!!
他人の口からそれを言われるって、結構恥ずかしいな!?
「だから私、思ったんです。そんなに嫉妬するくらいローズ様のことを好きになってくれる人なら、きっと大丈夫なんじゃないかな、って」
俺が何も言えずにいる間にも、彼女の口からは次々と肯定するような言葉が出てくる。
若干、違う方向から棘が刺さっているような気がしないでもないけど。
「だから……だから私っ……!!」
意を決したように身を乗り出してこちらを見上げてきたヒロインに、若干気圧されてる感は否めないけれども。
それでもちゃんと、彼女の言葉を最後まで聞こうと決意していた俺の耳が。
「追い付い、った…!!」
かすかに聞こえてきた声を拾ったのは、きっと偶然なんかじゃなかった。
「あぁ、でも……まだ、先生たちに、報告が……」
息を切らしながら、項垂れて何かを呟く赤い髪の持ち主は……。
「ローズ……?」
「え?ローズ様?」
俺の視線の先を追ったのか、それとも呟いた言葉に反応したのか。ヒロインも同じ方向を向いて、不思議そうにローズを見ているけれど。
「どう、して……」
こちらを振り向いたローズの金の瞳が、俺たちの姿を捉えて今までに無いほど大きく見開かれた。




