23.避けられていたその真相
『おいっ!!フレゥ!!!!』
『どうしたんだよゼラ、騒々しい』
その日、珍しく息を切らせて執務室の中へと駆け込んできたゼラは。
『お前ッ……!!!!自分で自分の首絞めるとか、何やってんだよ!!この大馬鹿者!!!!』
読み終わった資料を棚にしまっていた俺に、いきなりそう罵声を浴びせてきた。
『…………は……?』
訳も分からず、とりあえず今日はリジオンが家の用事で来られない日でよかったなとか、冷静に考えていた俺の思考は。
この後すぐに、過去最大級に停止してしまうのだと知りもせずに。
『お前は~~~~っ!!!!ちょっと今笑ってみろ!!ラヴィソン公爵令嬢に笑いかける感じで!!』
『は……?だからどうし――』
『いいから!!早く!!』
どこか鬼気迫る感じだったので、仕方なくため息を一つついて。
いつもローズに向けている、完璧な王太子スマイルを披露してやる。
『ほら、これでいいか?満足したくぅあぁぁ…?』
『それだーーーー!!!!!!!!』
いや、何がそれだなんだよ。
つか、人が話してる最中に頬を引っ張るな!しかも両頬を!!
最後変に間延びした言葉になっただろうが!!
『お前っ!!それがどう思われてるのか知らないだろ!?』
『はひ……?』
そしていい加減手を離せっつーの。
どう思われてるのかって……王太子スマイルが?ローズに?
『さっき珍しく教室でラヴィソン公爵令嬢と二人になったから、ちょっと話してきたんだよ!そしたら彼女……フレゥのその笑顔は、目が笑ってないって言ってたんだよ!!』
『…………!?!?!?!?』
ちょっと待て……ちょっと待て。そんなこと、初耳だぞ?今まで誰にも言われたことがない。
というか、それをローズが言ったってことは……。
『お前それ!小さな頃からずっと同じこと思われてたかもしれない上に、それで避けられてた可能性があるってことだぞ!?!?』
…………そんなの、寝耳に水だ……。
『それのせいで、ラヴィソン公爵令嬢は自分が相手じゃなくてもいいんじゃないかって思ってたらしいって……!!あーもうっ!!俺も早く気づけばよかった!!!!』
頭を抱えてうずくまるゼラに、俺の頬は解放されたけど。
前にローズがヒロインと仲良くしていると聞いた時以上に、頭が真っ白になって。
『とにかく一刻も早くその誤解を解かないとっ……って、おーい?フレゥー?おぉーーい?聞こえてるかーー?』
声をかけても、目の前で手を振っても、一向に気づく気配がなかったとは、後のゼラ談。
この時の俺はとにかく、本当に何一つ思考が働いていなくて。
頭の中を占めていたのは、え?とか、は?とか、疑問符付きの意味をなさない文字だけだった。
だってまさか。
避けられていたその真相が。
王太子スマイルのせいだったかもしれない、なんて。
ローズには特によく見られたくて、常に完璧な王太子であろうと振舞って来た。王太子スマイルだって、その一環で。
それなのに、むしろそれが逆効果だったかもしれないなんて今更言われてもっ……!!
思わずよろけてしまって、資料を置いている本棚に背中がぶつかる。
その衝撃で、ようやく現実に引き戻されて。
けど。
『そんな……頑張ってた分、全部アダになってるじゃないか……!!』
『ホントだよ!!そんな格好つけてる場合じゃなかったんだって!!っつーか、だから避けられてたんだよ!!』
そりゃあそうだ。
最有力候補だの妃にするだの言ってる相手が、自分相手にちゃんと笑わない、なんて。
そんな相手、しかも王族に。あのローズが嫁ぎたいなんて思うはずがなくて。
『っつーか、お前無意識だったのかよ!?』
『いやむしろ、意識的によく見せようとしてたんだよ!!』
『なお悪いわ!!なんで一番大事な女の子に見せる顔が、他のヤツらと同じなんだよ!!』
『ッ!!!!』
言われて、初めて気づいた。
確かにローズだけは特別なはずなのに、どうして外面を保つために身に着けた王太子スマイルを常に使っていたのか。
これじゃあ、振り向いてもらえるわけがない。
むしろ結局は他と同じなのだと、ローズに思われてしまっていたというわけで。
『一番見抜かれちゃいけない相手に、初っ端からやらかしてんじゃねぇか……』
『あああぁぁ……』
今度は俺が、頭を抱える番だった。
『とにかく!!どっかで早めに時間作って、その誤解を何としてでも解いてこい!!っつーか、俺が何とかして二人で話せるように時間作ってやるから!!』
かくして、ローズに避けられていた原因の一つの可能性を取り除くために。
俺とゼラは二人して何とかして放課後時間を作り、この執務塔にローズを呼び出そうと。
残りの執務を急いで終わらせつつ、大人たち(という名の護衛たち)の説得に時間を費やしたのだった。




