20.ヒロインの怒り
(何やってるんだよ、俺……)
焦って余裕すらなくして、ローズの言葉にもろくに耳を貸さずに。
挙句の果てに、ヒロインのクッキーをつまみ食いとか。
(バカだろ……)
こんなのローズにも、ヒロインにも失礼だ。
(というか、まずはヒロインに謝るのが先だろうよ)
そう、思って。顔を上げた矢先。
「ちょっとお話があります。中に入ってください」
「……え?あ、あぁ……」
ヒロインから先に声をかけられてしまった手前、従うしかない。
というか、いくら人が少ないとはいえこの場面を他人に見られるというのも確かに問題だ。
「お待ちください!いくら何でも女性と二人きりというのは……!!」
「あ・な・た・も、です!!護衛だかなんだか知りませんけど、二人っきりなんて冗談じゃない!!ほら、早く入って!!」
すごい剣幕でまくしたてるヒロインの様子に気圧されたのか。
「あ、はい……」
素直に従う護衛は、扉が閉まる音が聞こえた後にようやく色々と理解したようで。
呆気にとられたような顔で、ヒロインを凝視していた。
「……で?なんで私のクッキーを勝手に食べたんですか?」
「いや、その……君のクッキーだとは知らずに……申し訳ない」
言い訳にもならないので、素直に謝る。
というか、今思い返せば本当に最低なことしてるな、俺。
「まさかとは思いますが、ローズ様のクッキーだと勘違いしたんですか?」
「…………恥ずかしながら、その通りだよ……」
むしろローズのクッキーだと思わなければ、口になんてしていなかった。
けど……。
「ちなみにローズ様は、王太子殿下にクッキーを食べていいとおっしゃってましたか?」
そこ、なんだよなぁ……。
ローズは頑なにダメだって、言ってたのに……。
「いや、その……」
「……私のクッキーをローズ様の物だと勘違いしたのは、百歩譲って仕方がないとして、ですよ」
どちらにも申し訳なくて口ごもっていると、ヒロインは睨むようにこちらを見て。
「許可もしていないのに他人のクッキーを勝手に食べるなんて、人として最低です」
うん、そうだよな。その通りだよ。
ヒロインの怒りはごもっともだよ。
なんて。
軽く考えてた俺がバカだった。
本当に、大馬鹿者だった。
「それに、これは私が大切な人に食べてもらいたくて頑張って作ったんです。それをっ……」
必死に涙をこらえているんだろう。本当に悔しそうに見上げてくる瞳は、若干潤んでいて。
なんて申し訳ないことをしたんだろうと、さらに謝罪を口にしようとした俺に。
「っていうか、これ媚薬入りなんですけど!!勝手に食べたのはそちらなので、何が起こっても私は責任持たなくていいですよね!?」
爆弾発言をさらりと投下してきたヒロインの顔を、思わず呆けた顔で見つめてしまった。
「媚薬……」
え、それ……個人が簡単に手に入れられるような代物だったっけ……?
というかこのヒロインさっき、大切な人に食べてもらいたくてって言ってなかったか……?
(それが……媚薬入りって……)
このヒロイン、大丈夫か!?!?
「きさまっ……!!王太子殿下になんてものをっ……!!」
「勝手に食べたのはそっちでしょう!?それに私貴族になんて興味ない!むしろ勝手に人の物を食べる方が悪い!!私は好きな人に最初に食べて欲しかったのに!!!!」
いや、うん。そうなんだ。その通りなんだよ。ヒロインの言う通りなんだよ。間違ってないんだけどさ……。
なんて言うか、こう……媚薬って言葉の衝撃がね?大きすぎてね?
(あぁ、いや……ひとまずそれは置いておいて、だ)
「その……君の大切な人への贈り物を奪ってしまって、本当に悪かったと思ってるよ……すまなかった」
「殿下!?!?」
頭を下げる俺に護衛が驚いているけど、悪いことをしたら謝るのが人として当然のこと。そこに貴賤は関係ない。
むしろそれが出来なくなったら、俺は王位継承権を放棄すべきだろう。
それに。
「媚薬、については……。私は多少薬への耐性をつけているから、きっと問題ないよ。今のところ何の変化もないし」
一応毒に対する耐性をつける訓練もしてきているから、多少なら問題ない。……はず。
「……そう、ですか」
「だからこの件は何も報告しない。彼にも一切の口外を禁ずるから。ただ……君への謝罪の方法は、申し訳ないことに私では思いつかないんだ」
「いいです、別に……」
うん、まぁ、そりゃあそうだよな。むしろこんな相手とは関わり合いになりたくないよな、普通。
でもだからって、放置していいわけがない。誠意を見せないと、意味が無い。
「いや、そういうわけにはいかない。だから今後、何か困ったことがあったら遠慮なく言って欲しい。私にできる範囲で、必ず力になるから」
「…………」
「直接私に話すのが難しいようなら、手紙でも構わない。あぁ、むしろ。何かあった時のために、君にはこれを渡しておくよ」
こうなった今、ゲームがどうだとか言ってられない。
むしろゲーム中にあった物は、利用すべきだろう。実際これが一番ヒロインが困らないものだろうから。
「普通の手紙ではないから、誰にも知られずに連絡が取れるはずだよ」
魔法の手紙、なんて。現代日本だったらメールとかある分楽だけど、ここにそんな個人的なやり取りが相互で出来る便利なものはないから。
だからせめて、普通は使わないような物を渡して。本当にいざという時に使って欲しい。
これは相手がヒロインだからとか、そういうことじゃなくて。本当に申し訳ないと思うからこその、行動だったけど。
『お前さぁ……ホントに馬鹿だろ?』
『う゛っ……』
事の顛末を後から聞いたゼラに、それはそれは冷たい目で見られ。
『ま、これで関係が変にこじれないことを願っておくんだな』
とどめの一言が、俺の心に深く突き刺さった。
フレゥがバカ可愛いという感想をいただきましたが、自分でも自覚がある上にゼラにとどめを刺されるという結末でした(笑)




