19.自業自得のその先で
その日、その姿を見つけられたのは偶然だった。
校舎の向かい側から、たまたま職員室から教室へと戻るローズの姿を見つけたから。
せっかくならたまには今度二人きりで昼休みを過ごせないかと思って、声をかけようと向かった先で。
なぜか、ローズは。
調理実習室の前で、可愛らしいクッキーを手に持っていた。
しかも不思議に思って声をかけてみれば、待ち人がいると。
わざわざここで待っているように指示されたのだと。
そう、言うから。
(ねぇ、ローズ?俺以外の、誰に……)
「へぇ…?それで?私以外の誰に、そのクッキーを渡そうというのかな?」
「…………はい……?」
(そんな可愛らしいものを、贈るつもりでいるの?)
「こんなところで、使用人もつけずに一人で。よっぽどその待ち人は、ローズにとって特別な相手なんだろうね?」
「え、っと……?」
普段の王太子スマイルを保とうと思っても、どうしても完璧にはいかない。
むしろ今までにないほど体の奥の方が沸々と燃えているような、それでいて冷たい何かが体の中を通り抜けていくような、何とも形容しがたい感覚に陥る。
「こんな風に……わざわざ可愛らしい見た目にまでして…」
「あっ…!!」
一瞬の隙をついて、ローズの手から一つ、クッキーを手に取る。
このクッキーの名前は分からないけど、四角く色が分かれているのはきっと手間がかかってる証拠。
それに包装がされていないということは、ローズの手作りの可能性が高いということで。
「だ、ダメです…!!それにこれは、決して私がどなたかにお渡ししようとしたものではなく…!!」
なんでわざわざ、そんな嘘を吐くのかな?
もしも本当に渡したい相手がいるとしたら、俺に知られるのは不都合だから?
まぁ確かにそんな男、二度とローズに近づけないようにしてやりたいけど。
「それならどうして、ローズが持っているのかな?しかも大事そうに、人を待ちながら」
「私は頼まれただけなのです…!!ですからどうか返して下さいませ…!!」
へぇ?なるほど?
わざわざローズが、こんなところで、ねぇ。
公爵令嬢で王太子の婚約者候補のしかも最有力候補のローズに、ねぇ……?
だとすればその相手は世間知らずを通り越して、ただのバカだよ?
それに。
「ふぅん?その割には……必死だね?」
今までにないくらい、目に見えて焦っている姿は。
逆に怪しさを助長してるって、なんで気付かないかな?
第一誰に頼まれたのかも、どうしてクッキーを手に持っているのかも、何一つ説明なんてしない所がなお怪しい。
いつものローズだったらきっと、理路整然と説明できるはずなのに。
それがないってことは、何かやましいことがあるとしか思えない。
(だったら、こっちにだって考えがある)
「あっ…!?」
他の男にくれてやるくらいなら、先に食べてしまえばいい。
そう思って、手につまんでいたクッキーを一つ、口の中に放り込んでみれば。
「ダメです…!!吐き出してください!!早く!!」
今にも縋りついてきそうな勢いで、必死にそう言い募るローズ。
吐き出せ、なんて。普段なら言わないような言葉にそんなに大事な相手なのかと、さらにイライラは募るけど。
(……どうせなら、このまま本当に縋りついてくれればいいのに)
そうバカな事を思うくらい、ローズは可愛くて。
(あぁ、もう、ホント……誰だよ俺を出し抜いた男は。ローズはこんなに可愛いのに、マジで腹立つ)
だからこそ、許しがたいほどの怒りを覚えているわけで。
なのに。
「ローズ様!お待たせいたしましたー……って…あれ……?」
聞こえてきた声に顔を上げれば、なぜかピンクの髪のヒロインの姿。
(…………え?いや、ちょっと待て。なんでヒロインが……っていうか、ローズを待たせてた張本人お前か!?!?)
困惑しつつ、ピンクの髪と緑の瞳という凄い色合いの人物を凝視していたら。
「ジャスミン待っていたわ!ほら、貴女のクッキー」
「え、あ、はい……。え、っとー……」
(あなたのくっきー…………え!?ヒロインのクッキー!?!?)
「フレゥ殿下がね、一つ食べてしまわれたみたいなの。だからあとの事はお願いできるかしら?責任を取って」
「え…………えええぇぇーーーー!?!?」
(いや、ちょ、まっ……!!!!)
ローズ!?このまま置き去りにしていく気か!?!?
あまりのことに困惑しているヒロインと、真実を知って驚愕している俺を置き去りにして。
ローズは優雅に、けれど確実にこの場から逃亡を図った。
知り合い、程度でなんの接点もない俺たちだけを、この場に残して。
お気づきでしたでしょうか?
本編でのローズさん、焦るあまり実は肝心なことを伝え忘れていたのです。
ヒロインの私物だと、お手製だと伝えていれば、こんな事にはならなかったでしょうに…。
とはいえ、ちゃんと話を聞こうとしなかったフレゥが悪いことに変わりはないのですけれど(笑)




