18.敵を知ることから始めよう
「ローズ」
とりあえず、ゼラが言う通り本人に一度確認することにして。
あえて他の目がある放課後の、しかも生徒だけじゃなく使用人もいる廊下に出たところを狙って話しかけた。
これなら下手に逃げられずに済む。
「今日のお昼休みに、シャルモン男爵令嬢と一緒にいたと聞いたのだけれど?」
「えぇ。楽しく過ごさせて頂きましたわ」
へぇ?楽しく、ねぇ……?
俺とは一緒に過ごさないのに、出会ったばかりのヒロインとは楽しく過ごしてるわけだ?
ふぅん?
「珍しいね?ローズが誰かと二人きりだなんて。一体どこで知り合ったの?」
「まぁフレゥ殿下。学園内ではどこででも誰とでも出会う可能性はありますわ」
その通りだけど、だからってなにも一番出会ってほしくない相手と出会わなくたっていいだろうに。
なんなんだろうか。この上手くいかない感じは。
とはいえ、だ。
このままじゃあ、困るんだよ。
男じゃないからいいって問題でもないし、何よりローズは王太子の婚約者候補。他の令嬢と同じように、親睦を深めるべき相手。
だから。
「そうだね。だけどたまには私とも昼食を共にして欲しいな」
「私が、ですか?」
「そうだよ?私だってローズと同じ時間を共有したいからね」
「まぁ…」
本音を前面に押し出しつつ、少しの打算も付け加える。
「だから今度お誘いをかけるつもりでいるから。ご令嬢同士で楽しむのもいいけれど、たまには私の相手もしてね?」
「え、えぇ……」
そうこれで、他の令嬢とは違いこっちから誘いをかけるという宣言をしたことになる。しかも大勢が聞いている場所で。
つまり、ローズが頷いた時点でそれは一種の約束であり確約。
少し納得いかなそうな、戸惑った返答だったのはちょっと許しがたいけど。
とはいえ今はそれを追求するよりも、もう一つ大切なことを伝えておかないと。
「あぁ、それと。今度折角だからシャルモン男爵令嬢を紹介してくれないかな?」
まずは、敵を知ることから始めよう。
そう決めたからこその、提案。
「ローズの友人なら、一度会っておきたいからね」
「えぇ、もちろんですわ!」
嬉しそうに返してくるその真意は分からないけれど、少なくともこれでヒロインに牽制は出来る。
ローズは俺の妃になる相手なんだと、ちゃんと分からせておかないと。
ただ。
「ローズが仲良くしている相手だと聞いてね。一度会ってみたいと思っていたんだ」
「そ、そうだったんですね…。はい、えっと…この間はお昼休みにたくさんお話させていただいて……」
「うん、そうみたいだね。ローズが楽しかったと嬉しそうに話していたよ」
「そ……ローズ様、そうなんですか…!?」
実際に会って話してみた感想としては、いたって"普通"の女の子だったけど。
可もなく不可もなく。むしろ王太子という肩書に、緊張しているようにも見えた。
ローズの場合は警戒の方が強いけど、これはただ単に緊張だろうなと分かりやすすぎるくらいで。
(ゲームのフレゥは、なんでこんなヒロインに惹かれたんだ?)
確かに他の令嬢とは違うんだろうけど、元日本人としては本当にただ普通の女子高生という感じで。特別感も何もない。
まぁ、知らなければ万が一ということもあったのかもしれないけど。
(残念ながら、俺にとってはやっぱりローズだけが特別なんだよな)
改めてそう思いつつ、わざと体は常にローズの方を向いたまま視線だけをヒロインに投げつつ話をしていたら。
ローズがどこか不思議そうな顔をしてこちらを見ていて。
「ローズ?どうかしたの?」
「い、いえっ…!!」
純粋に疑問に思って問いかけたら、なぜか焦ったような声で体ごと目を逸らされる。
(それは……地味に傷つくなぁ……)
そして同時に、そんな態度を取る彼女を許せないと思ってしまう。
身勝手だと分かっているけれど、今のこの関係は赤の他人ではないわけで。にもかかわらず、ローズは時々こうしてあからさまに態度に出すときがある。
正直、わざとなんじゃないかと思ってもいるけれど。
(それで怒って嫌いになるほど、俺は簡単じゃないし甘くないよ?)
その後。
何度も接触を図ろうとしていたゼラから、常にローズとヒロインが一緒にいて話しかけることすら出来ないと言われ。
さらには毎日のように昼休みの時間中一緒にいる上に、時折ローズが昼食をおごっているとすら聞いた。しかもサロンを一つ貸し切って、二人きりで。
結局ヒロインへの牽制は出来ても、ローズが仲良くしている相手だと思うと無理に引き離すわけにもいかなくて。
俺以上にヒロインへの不満が溜まってきていたゼラが、ついには「あのピンク髪っ……!!」と恨めしそうに歯ぎしりしている場面にも出くわしてしまったわけだけど。
正直ゼラだろうがヒロインだろうが、俺以外がローズと仲良くなるのはやっぱり面白くないから。
これはこれで複雑な心境だなぁと、わがままな自分の考えを表に出さないように抑え込むようになった。
たぶん、それがいけなかった。
だから、あんなことを引き起こしたんだ。
悔やんでも悔やみきれないそれは、明らかに自業自得なわけだけれど。
許されるのであれば、もう一度時間を巻き戻してやり直したいと。
この人生で、初めて思った出来事だったかもしれない。




