16.ヒロインはいないがローズもいない
『なぁ、ゼラ……』
『皆まで言うな。分かってる』
入学して既に、桜も葉桜になりかけている頃。いつもの学園内の執務室でここ最近の変化について、いつものようにゼラに愚痴を聞いてもらおうと思ったら。
なぜかそれを、口にする前に止められる。
『というか、こっちだって探してるんだよ。なのに毎回毎回、放課後だけじゃなく休み時間も教室から出てどっか行くし…!!』
あぁ、うん……。なるほど、理解した。
どうやら俺以上にゼラのほうが、ローズの行動を把握しようと必死になってくれていたらしい。
まぁ確かに、王太子自ら色々と出歩くのは、いくら学園内とはいえあまりよろしくはない。だから意識的に動かないようにはしていたけど。
『何でだろうなぁ……。ヒロインが出てこないのはいいけど、それだけにして欲しいよなぁ……』
現状は、ヒロインはいないがローズもいない状態で。
できればローズにはいて欲しかったなぁ。少しずつでいいから交流を深めたかったなぁ。
『おいこら!!そこで一人で現実逃避するな!!遠い目をするなって!!』
『はは……こんな目もしたくなるさ、そりゃあ』
だってようは、避けられてるってことだから。
あ、どうしよう。さすがにちょっと泣きたくなってきた。
『大丈夫だって!!俺がちゃんと見つけて、色々聞き出せるくらい仲良くなってくるから!!』
『…………それはそれで、なんかムカつく……』
『わがままだな!!』
仕方ないじゃないか。俺以外の男が、たとえゼラといえどもローズと仲良くするなんて。
正直、面白くはない。
『とはいえなぁ……公爵令嬢が休み時間のたびに教室からいなくなってるって、相当だよなぁ』
『しかもローズは、王太子の婚約者の最有力候補者なのに。いくら学園内だからって、心配になるよな』
今のところ問題は起きていないし、生徒間のいざこざなんかの話も届いていない。
正直学園内ほど安全な場所はないだろうと思えるほど、この国のどこよりも安全なはずだ。
ぶっちゃけ、陰謀渦巻く城の中なんかよりも、よっぽど。
「失礼いたします。フレゥ殿下、先生方より昨年までの資料をお預かりして…………どうかされましたか?」
頼んでいた資料を手に持って、リジオンが部屋の中に入ってくる。来ることは分かっていたし、ノックもされたから普通にしていたはずなのに。
なぜか、部屋の中に残っていた別の空気を感じ取ったらしい。
元日本人じゃなさそうなのに、この空気を読める感じ……さすが宰相家の次男。
ただそれは、今発揮して欲しくはなかった。
「いいや、何でもない。それよりリジオン、資料はもう読んだのか?」
「まだだな。流石に歩きながら読み込むのは危険だったから、確認のために数枚めくった程度でしかない」
実はだいぶ早い段階でカミングアウトしたゼラ。それに合わせてリジオンも、王太子に対する時とは違って口調が砕けるようになった。
そういう意味では、かなり打ち解けていると思う。自然に会話を続けられるあたり、ちょうどよかったのかもしれない。
「それなら、先に私が読んでも構わないかな?」
「はい、もちろんです!まとめる必要がありそうでしたら、お声がけください」
あ。今、耳と尻尾が見えた気がする……。
なんなら顔の横に音符マークとか飛んでないか?
なんだかなぁ……。こんなだから、一部の腐女子たちに二次創作のネタにされるんだよ。巻き込まないでくれよ、俺を。
「学園内での生徒の不満とか、そんなに多くはなさそうだったけどなぁ」
「今はなくても、改善されていない過去の不満はあるかもしれないからね。それを見つけて解消し、より学園生活を快適にするのも私の仕事だよ」
「流石ですフレゥ殿下!!先手先手を打つその手腕!臣下への気遣い!それこそが、次期国王陛下となられる王族の方の資質なのですね!!」
「…………」
「……うん、ありがとう。リジオン」
一応、そう返しはしたけれど。
とりあえず、落ち着いてくれ。そしてそのキラキラした目をこっちに向けないでくれ。
こういう純粋さが時折前面に出てしまうのが、リジオンのいいところでもあり悪いところでもある。
(盲目的に信じられてもなぁ……困るんだよなぁ、正直)
ゼラくらい、少し引いた目線からも見ていてもらわないと。間違ったことをしている時にすぐに気付いてもらえなければ、側近としては困る。
そういう点で言えば、ローズは本当に周りをよく見ている。
(というか、王妃になりたくないなんて言う貴族令嬢、ローズくらいなものだよなぁ……)
他の候補者たちは、なんとなくディジタリス公爵令嬢を持ち上げているみたいだけど。本心では、自分がその席に納まろうとしているのは見ていてわかる。
だってあんなに期待した目で見てくる相手、知りたくなくても分かるだろう。
まぁ残念ながら、彼女たちの誰一人としてその願いは叶わないわけだけど。
(ローズしか、見てないんだよ。悪いけど)
目は資料の文字を追いながらも、頭の片隅では鮮やかな赤い髪の持ち主を思い出しつつ。
目の前で繰り広げられている二人の意見交換という名のじゃれ合いは、華麗にスルーしておいた。




