9.よし、外堀を埋めよう
『よし、外堀を埋めよう』
『は?いきなり何言い出してるんだ?』
色々と考えて、決意の末そう言葉にした瞬間。
ちょうど部屋に入ってきたゼラに、それを聞かれてしまっていて。
まぁでも、ゼラならいいか。
そう思うほど信頼しているのは、良い事なのか悪いことなのか。
順調にこの世界の王族らしくなってきているなと、思わないわけではないけれども。
ま、いっか。と。
特に不都合はないので受け入れている自分がいる。
『いや、あまりにもローズが可愛かったから。どうせならもう、外堀から埋めておこうと思って』
『前半と後半の、言葉の温度差すげぇな。純粋さオンリーから打算オンリーに同じトーンで言えるあたり、お前ホント凄いわ』
『実際ちゃんと意思表示して根回ししておかないと、別の家に出し抜かれる可能性もゼロじゃないだろ?』
『まぁ、なぁ……。しかも相手はラヴィソン公爵家の令嬢。しっかり捕まえておかないと、権力なんていらないって言われかねないからな』
そう、そこが一番の問題だったりする。
普通だったら、我先にと王族に擦り寄る貴族たちの中で。
ラヴィソン公爵家は、一切そういう事が無い。
そこが好ましいところでもあり、厄介なところでもあるのは仕方がないのかもしれないけれど。
それでも他の家が割り込もうとしても、平気で譲ってしまう可能性が大いにあるのは困りものだ。
しかもそのせいでローズが誰か別の男の元に嫁ぐことになるなんて、許せるわけがない。
『ってことで、そろそろ候補者全員を集めてお茶会でも開こうかと思うんだけどな』
『いや、繋がりが全く見えないから。どういうことでなのかが、全く分からん』
そうか?割と単純だと思うんだけどな?
『この間出かけた時に、贈り物をしただろ?』
『って言ってたな』
『今だって、毎週バラを贈ってるだろ?』
『そうだなぁ』
『でもその事実を、ローズは一切口にしていない』
『みたいだな』
噂好きの貴族たちの間で、その事が話題にすら上がらないという事は。
ローズは誰に自慢するでもなく、ただその事実を受け止めているだけ。
『だったらいっそ、こっちから特別扱いしてることを見せつけようかと思って』
『そんなの、上手くいくわけないだろ。お前だって知ってるだろ?他の候補者たちが、最有力候補のラヴィソン公爵令嬢を警戒してるの』
知ってる。
必要最低限とはいえ、同じ候補者同士会わないままというのは不可能だから。
彼女たちが顔を合わせた時に、一体どんな会話が交わされてどんな関係になっているのか。
傍にいる使用人たちから、逐一報告を受けている。
むしろ、どうして王家の使用人たちがいるのに会話が筒抜けになるという発想に至らないのか。
普段いないものとして扱っているからこそ、きっと彼女たちの中に"他の人間がいる"という意識がないんだろう。
だが、それでは困る。
王族というのはいつどこで、誰に何を見られて何が聞かれているのかも分からないのに。
その程度で王妃になろうなんて、国を危うくする可能性がある相手を選べるわけがない。
『その点も含めて、本当にローズしか選択肢はないんだよな』
『むしろしっかりしすぎてて怖いわ。あと、まともなのが一人だけっていう事実も怖い。この国大丈夫なのかっていう意味で』
『悪かったな。そこはウチの両親に言ってくれ』
『それこそうちの親が進言してたわ。陛下とかしょぼくれてたぞ?』
『父よ、それでいいのか……』
とはいえ、令嬢の教育というのは難しいところなんだろう。
王族に嫁がせるのと、普通の貴族の家に嫁がせるのとでは、そもそも必要になる能力に差がある。
普段であれば女性が必要以上に賢いのは嫌がられるところなのが、王族になるとなるとむしろ逆。ある程度以上の頭の良さがなければ、貴族達にしてやられるだけだから、と。
周辺諸国との外交でも、賢さは何よりも武器になる。
『普通の教育しか受けてないんじゃ、仕方ないんだろうけどな』
『むしろラヴィソン公爵家だけが特殊すぎるんだろう。商人ともやり取りをする家柄なのが、逆に功を奏しているのかもしれないな』
ただだからこそ、逃げられないようにする必要があるわけで。
そのために使えるのであれば、たとえ親でも躊躇なく使う。
まぁ、でも。
「いい判断ね。私としても、ラヴィソン公爵令嬢は逃がしたくないのよ」
協力を申し出た時に、そう微笑みを返してきた母上を見て。
あぁ、自分はこの人の息子なんだな、と。
なんだかしみじみ思ってしまったと同時に、ちょっとだけローズに申し訳ない気持ちが湧いた。
長年王を支えてきた女性が、本気で狙っているのなら。
経験の浅い彼女も、ラヴィソン公爵家も。
どうやったって、逃げられないだろうから。
(俺にとっては、好都合だけど)
外堀は、気付かれないように。けれどしっかりと埋めていく。
可愛そうだとは思うけど、逃がさないからね?ローズ。




