8.君だけを選び続ける
「も、申し訳ありませんフレゥ殿下。お待たせしてしまったようでして…」
「いや。私も今来たところで、公爵に挨拶をさせてもらっていたんだ。昼間とはいえ大切なご令嬢を外に連れ出すわけだからね」
焦ったようにそう謝罪するローズを手で遮って、ついでにいつものように笑みを浮かべてみせる。
少しでも安心してくれたらと思ったんだけど、どうだろうか?
「まだまだ至らぬ部分も多い娘ですので、何か粗相をしてしまわないか親としては心配なところがありまして…」
「いやいや、そんなことはない。公爵が思っている以上に、彼女はとても優秀だよ」
ただローズの反応を確かめるよりも先に、父親であるラヴィソン公爵がそう告げてくるから。
わざわざ逃げ道を用意しておこうとするあたり、やはり権力欲が一切ないなと安心すると同時に呆れもするけれど。
ただこのくらいで丁度いい。変に王族に娘を嫁がせようと必死な親よりも、ちゃんと子供のことを考えている親の方がずっと好感が持てる。
何よりそんな親元だからこそ、ローズも他の候補者たちとは違うんだろうし。
「あぁ、そろそろ出ないと間に合わないね。では公爵、しばらくご令嬢をお借りするよ?」
「もうそんな時間なのですね……。はい…よろしくお願いいたします」
ただ、逃げられるのは困るから。
「行こうか、ローズ」
「……はい、フレゥ殿下」
公爵に出発の旨を告げて、ローズに手を差し出す。
重ねられた手は、黒いレースの手袋に覆われているにも関わらず。とても柔らかくて、あたたかくて。
(女の子の、手だなぁ……)
そう、ただの女の子。努力家で、優しくて、思いやりのある。
本当はきっと、普通に幸せになりたかっただろう女の子だったはずだ。
(必ず……必ず、救ってみせるから)
魔物になんて、取りつかせない。
誰にも傷つけさせないように、持てる全てを使って守り切る。
その小さな手を優しく握って馬車へとエスコートしながら、改めてそう思った。
それは何も、この時だけじゃなくて。
観劇が終わってどこか満足そうな表情をしているローズに、
「楽しかったかい?」
と問いかけた後も。
「はい!とっても!」
なんて。
今まで見たことないような、年相応の子供らしい笑顔で。
けれど何の打算も計算もない素直なそれは、だからこそ誰のものよりもダイレクトに心に響いて。
「っ……そうか…。それなら、よかった」
あまりの可愛さに悶絶しそうになったところを、何とか気力でおさえてそう返したのが精一杯。
そのくらいローズの満面の笑みは、クリティカルヒットした。
しかも子供っぽい言動をとってしまったと思ったのか、ハッとした彼女は次の瞬間少しだけ俯いてしまって。
それがまたいじらしくて可愛くて。
(俺が、守りたいなぁ……)
ゲームだとかそんなことは関係なく、彼女に本気で惹かれている事には気づいていた。
だから、こそ。
余計に守りたいと思うし、何より自分が幸せにしたいと思う。
婚約者候補にすら選ばなければ、そもそもにしてフラグは立たないんじゃないか。
そう思った事が無いわけでは、ない。
とはいえローズが母上の前に現れるよりも前から、候補者として名前が上がっていたことは知っている。
何せこの国にとって、かなりのウエイトを占めている財源の家の令嬢だから。
王太子が気に入るかどうかに関係なく。しかもあの受け答えの仕方ならば確実に、候補者として残されていただろう。
それならいっそ、彼女に絞ってしまった方がいい。
自分にとって都合が良かったのも、ある。
だって折角なら、好意を抱いた相手と結婚したいじゃないか。しかも優秀ならなおの事よし。
「あぁ、そうだ。この日のためにと、ローズに用意したものがあるんだよ」
「私に、ですか…?」
だからね、ローズ。
「君に似合うと思ってね。受け取ってくれる?」
「……ありがとう、ございます…」
この先も、君だけを選び続けるから。
「わぁ…!素敵……」
最初の贈り物は君に。
形に残るものは、君だけに。
ゲームの期間中、君の髪を彩るのは他の誰でもない、自分が贈った物であって欲しい。
すでに後戻りできないほど膨らみ始めている独占欲に、気付いていないわけではないけれど。
それでもやっぱり、ローズ以外を選ぶことなんてできないから。
素敵だと、そう言ってくれたことが嬉しくて。
ローズを見つめる表情が、いつもの王太子スマイルじゃなくなっていたのは、どうか許してほしい。
幸いにもローズ本人に見られることはなかったから、完璧な王太子のイメージは崩さずに済んだと思う。
ただ一緒に馬車に乗っていた使用人たちからは、暖かい目で見られていたから。
明らかに、ローズに向ける感情に気づかれていたんだろうなとは思う。




