6.ゲームよりも可愛かった
「ねぇ、ローズ嬢」
「はい?」
「バラの名前の件はひとまず置いておいて、もっと簡単なお願いをしてもいいかな?」
「え、っと……ちなみにそれは、どのような…?」
城に来ることは、確かに親の許可が必要だろう。それは分かってる。
だけど。
そうじゃない個人的な部分なら、問題ないだろうから。
「簡単なことだよ。単純に、君に名前を呼んで欲しいんだ」
「名前、ですか…?」
「そう、名前。呼んで欲しいし、私も君を名前で呼びたい」
「え、っと……」
ローズ嬢、なんていう言い方じゃなくて。
ローズ、と。自分だけがそう呼ぶ権利が欲しい。
戸惑う表情に気付いていないわけじゃないけれど、それでも誰よりも先にその権利が欲しいから。
そして、同じように名前を呼んで欲しいから。
「それくらいなら、両親の許可なんて必要ないでしょう?ねぇ、いいでしょ?」
「そ、れは……その……」
「私に、ローズと呼ぶ資格をちょうだい?」
「そ…それでしたら、構いません、が……」
ずるいことをしていると、分かっている。
王族からの個人的な"お願い"なんて。断れるわけがないって。
それでも。
一歩一歩、少しずつ、確実に。
誰にも奪われないように、手を出されないように。
今のうちに、彼女を囲っておきたいから。
「じゃあ私の名前も呼んで?」
「そ、それはさすがに……恐れ多く、て…」
「ねぇ…ローズ……?」
「ッ…!?!?」
前世でもやったことがないのに、自然とその耳元に唇を近づけて囁くように言葉を落としたのは。
本能なのか、教育の賜物なのか。
もしくは、フレゥというゲームキャラクターの為せるワザだったのかもしれない。
いずれにせよ、これが有効であったことは間違いない。
だって。
「ねぇローズ……呼んでよ…」
「ぁ……そ、の……」
「ねぇ……お願い……」
「ぁっ、ぅ…………ふ……フレゥ、殿下……」
戸惑いながらも、潤んだ瞳で呼ばれた自分の名は。
あまりにも心地が良すぎて。
正直、ゲームよりも可愛かった。
子供だからとか、そういう可愛さではなくて。
悪役令嬢としてしか描かれていなかったローズの、その素顔が見られた気がして。
…………。
いや、やめた。
気取ってる場合じゃない。
ただ、素直に……
(上目遣いのローズとか、めちゃくちゃ可愛いっ!!!!)
そう、それだけ。
もうこれだけで、誘った甲斐があったというもの。
むしろこの可愛い姿を、他の男になんて見せてたまるかっ。
必ず、自分だけの妃にしてみせる……!!
だから。
そう決意した自分が、本当にすぐに行動を起こして。まずは母上にローズが気に入ったと告げて、彼女をまたバラ園に誘いたいのだと説得する。
力関係も彼女の頭の良さも、王家に嫁がせるのに問題はないと母上も判断していたようで。ここは割とすんなり通った。
むしろ婚約者候補として最有力だと、父上に話してすらいた。
そうなれば、こちらのもの。
すぐにラヴィソン公爵家に知らせが行って、王命で呼び出される公爵。当然その際にはローズも一緒に登城してもらう。
これで、バラ園に誘う理由は完璧だった。
「ちなみにローズはどのバラがお気に入りなの?」
そこでどさくさ紛れに、彼女の好みを聞いて。
「そう、ですね…。私はあの、深い赤をしたビロード調のアマダという品種が一番のお気に入りです」
「あの赤バラか、なるほど……。深い色をしているから気品もあって、確かにローズにとても似合うね」
すぐにそれを目に焼き付けて、いつか彼女にプレゼントしようと決意する。
一瞬その思いが強すぎて、王太子スマイルが崩れてしまったけれど。
本心を悟らせないように、怖がらせないように。それでいて好きなものを褒めることも忘れずに。
(いや、実際ローズに似合いすぎるくらい似合ってる。アマダ、覚えておこう)
そう思って、その日ローズが帰った後にゼラにもそのことを共有していたら。
『アマダって……そりゃあまた、すごいバラの名前を言われたなぁ、お前』
『何か、特別なのか?』
『いや、特別も何も……アマダって、親愛なるとか最愛っていう意味があるんだよ。花言葉として』
『花言葉……』
それは……この世界には、存在していない考え方だけれども。
『俺たちは前世があることを知ってるから、変に邪推するだけなんだけどな。令嬢からしたら、たぶん意味なんてないぜ?』
『そう、だろうけど……』
それでも特別に思ってしまうのは、もう仕方がないことなんだろう。
第一それをこちらが贈る時には、ちゃんと意味合いものせた上で、という事になるわけだから。
『なんつーか……おあつらえ向きな花を選んだよな、向こうも』
『こっちとしてはありがたい限りだけどな。…………いや、割と普通にスルーしたけど、なんでそんな事知ってるんだよ、お前』
『あ?だって前世花屋だったから』
『…………は……?花屋……?』
『そう、花屋。自分で夜中に仕入れとかも行ってたし、お客に花言葉とか交えて花束とか作ってたし。割と得意だけど?そういう方面』
意外過ぎた。
いや、確かにそう言われたら納得せざるを得ないけども。
『…………初めて知った。衝撃の事実過ぎる……』
『いやだって、今初めて言ったし。むしろ今まで必要なかっただろ?』
『確かに、そうだけど……』
でも確か、ここの世界観のゲームって……。
『名前の感じからして、植物モチーフのゲームだったんだろ?俺の名前なんて、ゼラニウムとカスミソウから来てるし。明らかに花束の添え物じゃねーか』
王太子の添え物ってかコノヤロー!合ってるからよけにむかつくわ!!
とか、言ってるけど。
『あ、だから愛称が"ゼラ"なのか』
『今頃かよ!?』
いや、だって。こっちは花とか知らないし。何ならゼラニウムって、何だよって話だし。
え?花よりも葉っぱがメインに使われる?匂いがいいからアロマの原料にも使われる?いや、知らないし。
『ま、とりあえず名前にも色々意味があるってことだ。実際ラヴィソン公爵家の令嬢の兄の名前は、アスターだろ?』
『そう、聞いてる』
『たぶんあれ、バラ科のコトネアスターからきてるんじゃないかと思ってるけどな。花言葉は、変わらぬ愛情、童心、統一、安定』
『あー……なるほど、確かに』
ローズの兄である彼は、たとえローズが魔物に体を乗っ取られていても彼女への愛情は変わらなかった。
むしろ、ローズを手にかけてしまった後でさえ。
『逆にヒロインのデフォルト名がジャスミン、だろ?』
『あぁ』
『俺、それ聞いた時に怖って思ったんだけど?』
『なんでだよ』
『優美、愛想の良い、愛らしさ、官能的が、表の花言葉』
『表?』
いや、若干官能的ってのが引っかかったけど。
『ジャスミンの裏の花言葉は、好色、肉欲。とてもじゃないけど、乙女ゲームのヒロインにつける名前じゃないと思ったね』
『それは……』
大勢の男に色目を使うという意味では、好色は間違っていないのかもしれない。
けど。
『有名なのに無視するって、考えづらいと思ったんだよな。一応、気をつけろよ?』
それは、もしかしたら別の意味合いを持っているかもしれないということ。
ゼラからの真剣な忠告に、同じように真剣な顔をして頷いた。
まさか、この花言葉の裏の意味合いが。
本当に意味を持っていたなんて。
本人の口から聞かされて驚くのは、もっとずっと先の話。
意外なゼラの前世の職業。




