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35.正式な申込み、ですか?

「正式な申込み、ですか?」


 最近では珍しくもなくなってしまった、お父様からの呼び出し。

 今回も聖女に関する何かのお話だと思って気楽に入った部屋の中で、お父様は妙に真剣な顔をしていたから。

 何事かと問いかけて見れば。


「ローズ……心して、聞いておくれ?」


 そんな風に、なんだか昔どこかで聞いたようなフレーズだなと思いながら頷いた先で。


「国王陛下と王太子殿下から、ローズに正式な申込みがあったんだ」


 そんな風に、一番重要な部分を省いて言葉を伝えるから。

 冒頭の疑問を、口にしたのだ。


「そうだよ。お妃候補、婚約者候補、ではなく……」

「……正式な婚約者に、という事ですか…?」

「……あぁ…」


 悲痛な面持ちのお父様は、たぶん本当に本気で私を愛してくれている。

 そして国王の妃というのが、どれだけ大変なのかという事も理解しているんだろう。

 だから親として、心配してくれている。

 貴族としては喜ぶべき事なのに、それ以上に私の心配をしてくれるお父様は。

 間違いなく、世界一素敵なお父様だ。


「お父様……」


 だからこそ、私はそんな素敵なお父様に。私を愛してくれて、心配してくれているお父様に。

 ちゃんと、安心してほしくて。


「そのお話、お受けします、と。そう、お返事して下さい」


 微笑んで、そう返した。


「ローズ!?いいのかい!?小さな頃はあんなに嫌がっていたのに!?」


 いや、そこまで嫌がる素振りは見せた覚えはないんだけどね…?

 でもまぁ、割とわがまま言わなかったからなぁ…。

 そんな子供が辞退できないのかって聞いた時点で、そりゃあ嫌がってるって分かるよね。


 でも、さ……。


「お父様。正式なお申し込みをいただいたという事は、あちらは既にそのつもりで話を進めていらっしゃることでしょう。何より、私は聖女ですから」

「それは……そう、なんだが……」

「国として、聖女を未来の国王の妃にと望むのは当然の事。むしろ候補者の中から見つかっただけ、今回はまだいい方だったのではありませんか?」

「それもっ……そう、なんだが……!」

「何より……フレゥ殿下とは、近頃色々とお話をさせていただいて……比較的好ましい方なのだと、思っておりましたから」

「っ…!?」


 ちょっと大げさかなと思ったけれど、はにかみながらそうお父様に伝えれば。

 少しだけショックを受けたような顔をしながらも、やがてゆっくりと瞼を閉じて、ながーーーーーっく息を吐きだして。


「そう、か……。……ローズがそう決めたのなら、仕方がないね。初めから、断る事が出来ない申し出なのも事実なのだから」


 色々と自分の中で折り合いをつけて、諦めて。

 そうして言葉として出されたのが、それだったんだろう。


 たぶん。いや、きっと。

 色々と心配は尽きないだろうし、寂しい思いもさせるんだろう。

 私を溺愛してくれているのは何もお父様だけじゃなく、我が家にはもう一人、お兄様という重度のシスコンぶりを発揮する人もいるから。

 二人して心配して、二人して寂しい思いをするんだろうな、なんて。


 こんな時、お母様は強いなと思う。

 だってあの人だけは、初めからフレゥ殿下との婚約話に乗り気だったから。

 もしかしたらどこかで、こうなる事を予見していたのかもしれない。

 女の勘ってやつ、かな?


 まぁでも、卒業までにはまだ一年以上ある。

 それまでにいっぱい家族との思い出を作って、ちゃんと綺麗に着飾って嫁ぎましょう。

 そのための準備に必要な期間だから、この時期に正式な申込みをしてきたんだろうし。ねぇ?


「ローズぅぅっ!!!!」


 その日の夕食の席で、お話をお受けしたことをお父様がみんなに話したら。

 その後から、お兄様が寂しい寂しいと言ってしばらく離れてくれなかったのは、ちょっとだけ面白かったけれど。


 でもなぜか、小さな声で「やっぱり…」なんて呟いていたから。

 もしかしたらお兄様もどこかで、こうなるんじゃないかって思っていたのかもしれない。


「いいかい?いやな事があったらいつでもお兄様に連絡するんだよ?」

「お兄様お兄様、気が早いです。私はまだ学園を卒業すらしていませんよ?」


 それでもこうして本気で心配してくれるお兄様の事が、私もやっぱり大好きだから。


 ゲーム中でも、最後までローズの心配をしてくれていた優しい優しいお兄様。

 ゲームの中では、ローズは生きていることが出来なかったけれど。

 現実では、ちゃんと生きて聖女にまでなって。

 更に嫁ぎ先まで決まったわけだから。


 見せられなかった花嫁姿を、ちゃんと見せてあげたいな、なんて。

 ゲームとは違う展開をようやく完全に受け入れる事が出来るようになっていた私は、ただ穏やかにそう思うのだった。



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