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34.最近なんだか変なんです

 ローズ、と。


 呼ばれた声が、頭から離れなくて。



「うぅ……まずい……」


 危機的状況に陥ると、それを一緒に乗り越えた相手をより親密に思う事があるのは知っている。

 知っている、けれど。


「だからって、なんで今さら……」


 こんなにも、フレゥ殿下の事を思い出しているのか。



 あの後ルプレア様は意識を取り戻すまでに数週間かかり。その間にディジタリス公爵が、国庫金を着服していた容疑で逮捕された。

 家宅捜索が行われた結果、出てくる出てくる動かぬ証拠の山々。


 ちなみに取りついていた魔物は、完全にルプレア様を宿主にしていたみたいで。

 あの後は魔物の侵入騒動は起こっていないので、たぶんもう安全だろうと言われている。


 とはいえ、だ。


 流石に王侯貴族が通う学園内で、明らかな問題が起きたのに。

 そのまま子供たちを通わせるわけにはいかないという事で、現在臨時休校中。

 その間に私は、聖女として国中に発表され、お城に呼ばれ国王陛下に謁見し、聖女のお披露目のための準備を進められ。

 ようやく解放されたのとルプレア様が目を覚ましたのは、ちょうど同じ日だった。


 聖女の民衆へのお披露目はまだまだ先、学園を卒業してからだと言われて一安心していたところに、その一報が入って。

 けれど全てを覚えていたらしいルプレア様が、私だけではなく誰と会うのも拒絶していると。

 そう教えてくれたのは、フレゥ殿下からの手紙だった。


 しかも、だ。

 ご丁寧に、大切な事は全て日本語で書かれた状態で、だ。


 これをどうやって検閲通したのかと思ったのは、きっと私だけじゃないはず。

 とはいえ読めない文字である以上、どうとでも言い訳が出来るわけで。

 事実、聖女だけが知り得る文字だという事で、話を通したと手紙の最後に書かれていた。


 いや、っていうか!!

 そういう大事な事、最後の最後に書くなよ!!

 あとそれ、私はいつあなたに教えたことになるんですかね!?

 そんなに親密な仲になっていたんだと言いたいわけですか!?


 そう、思ったんだけど……。


「…………割と……間違ってないのが困る……」


 休校になる前は、お昼休みを一緒に過ごして。

 さらに放課後も少しの時間とはいえ執務塔の中でお茶をして。


「こんなの……周りから見たら完全にそう見えるもの……」


 もちろんそれは国王陛下からの指示だったわけで、命令に逆らえるわけがなく。

 だから仕方なく。そう、仕方なく行っていた…………


「…………わけでもないから、余計に困るのよ……」


 本当に困ったことに、最近それを楽しみにしていた自分がいたのも事実だったのだと。

 休校になって、誰とも会えなくなった今それを実感している。


「ジャスミンと二人で過ごすのも、楽しかったけれど……」


 まるで女子会のような楽しさが、そこにはあった。

 なんだかんだ、友情を育んでいたんだと思う。


 でも、フレゥ殿下とは……。


「最近なんだか変なんです、なんて。手紙に正直に書く気にもなれないわ……」


 日本語で書けば、多少砕けていようと本心だろうと問題ないのは分かっているけれど。

 それでもそれをフレゥ殿下に伝えるのは、なんだかむずがゆい気がしてしまって。


「どうすればいいのよ……」


 ふとした瞬間に、思い出してしまうのだ。

 あの抱きしめられた時の腕の感覚とか、あたたかさとか。

 私を呼ぶ、必死な声、とか。


「ううぅぅぅ~~~~~……」


 どうにもできない、訳の分からないこの感情は、いったい何なのか。

 全く分からないのかと聞かれると……。


「思い当たる言葉が、ないわけじゃないのよ……」


 枕に頭を押し付けて、お行儀悪く唸りながら零した言葉は。

 誰にも聞かれていないからこそ、出てきたものだった。


 だって……


「そんな、こと…………ほんとうに、いまさらすぎる、じゃない……」


 小さな頃から定期的に会っていて。

 けれどこちらは避け続けた相手で。

 なのに実は私を助けようとしてくれていた、同じ転生者で。


 どこから自分の感情を処理すればいいのか、今後彼をどういう風に見ていけばいいのか。

 それすら、分からない状態で。


 それでも唯一、分かっていることがある。


「…………婚約者候補が……私だけに、なるのよね…きっと……」


 ルプレア様が外されたから。

 私が聖女だから。

 国としては、それだけで十分だろう。


 そして。


 それを以前のように嫌だとは思っていなくなっていること自体が、全ての答えのような気がしていて。


「うううぅぅ…………認めたくないぃぃ……」


 それはただの意地みたいなものだし、幼い頃からの自分の頑張りを無に帰すような気もして。

 でもこればっかりはもう、覆せないのも分かっているから。



 変、じゃなく、恋、なのだと。


 まだ認めたくない心は、目を背けたがっているけれど。



 そんな私の葛藤とは裏腹に、翌日お城から届いた封書は。


 腹をくくれと、誰かに言われているような気がする内容だった。



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