23.真実の共有
あっという間とはよく言うけれど、正直あっという間もないまま。
本当に一言も発せない状態のままで、気が付けばなぜか昨日と同じ執務塔の部屋の中。
昨日と一点だけ違うのは、ソファが同じ物がもう一つ用意されているというだけで。
(あぁ…あとはヒロインが一緒なのか……)
なんてぼんやり考えていたら。
「フレゥ殿下!?どうされました!?」
突然部屋の扉が開いて、おそらく護衛騎士なのだろう人物が飛び込んできた。
正直普段は護衛の存在を隠して過ごしている人なので、この人物が本当に護衛なのかも私にはわからなかったけれど。
『心配しなくていい』
『え、いやっ…。というか、こっちの言葉でいいんですか…!?』
『どうやら彼女たちも同じみたいだから』
『えっ、えぇっ…!?いや、だって、そんな…!!』
『とりあえず、誰も入ってこないように見張っててくれるか?その内ゼラも来るから、その時だけは通してほしいけどな』
『え、あ、はい。えぇーー……』
俺たちの今までの苦労は何だったんだろう…。なんて呟きながら出ていくその後姿は、それでもしっかりと背筋が伸びていて。
会話の感じからしても、護衛で間違いはない。
間違いはない、けど……。
『……ってゆーか、元日本人多すぎない?』
『本当にな。流石に転生者がこうも多いとは思ってなかったな』
いやもう、本当にその通りですね。
『で?どっちの言語で話す方が安全なわけ?』
『圧倒的に日本語だろうな。立場やら身分やらも気にしなくていいし、気楽だろ?』
『まぁねー。ってか、王子様はそっちが素なわけだ』
『日本人として、ならな。言語が違えば話し方も違う。それだけだ』
……いや、そういうものですかね…?
というか、なんでそんなに二人は落ち着いてるわけ?
あとなんか、王太子様普段よりヒロインに冷たくないかな…?
『ローズ?とりあえず座ろう?何か飲み物を用意するから』
『え……?あ、いや、その……』
『どこに何があるか知らないだろ?いいからいいから。全員同じ元日本人みたいだし、下手に遠慮する必要はないって』
あっれぇ~~……?
なんか、こう……いきなり親しみやすい感じになってるんだけどぉ……?
『私の分はー?』
『はいはい、用意しますって』
一人混乱から抜け出せない間に、なぜか普段通りにエスコートされてソファに座らされていて。
『あぁ、ヒロインはローズとは別のソファに座って』
『何で!?っていうか、ヒロインって呼び方やめてくれない!?』
『じゃあなんて呼べばいいんだよ。シャルモン男爵令嬢?』
『名前で呼べばいいじゃん!!』
『ローズ以外の女性は名前で呼ばないって決めてるから、無理』
『何だその自分勝手なルール!!』
『自分勝手なんじゃなくて、予防措置。下手に本人や周りに勘違いされたら面倒な身分の生まれなんでね』
『そういう時だけ身分かぁ!!』
いや、え、あれ…?
なんでこの二人、こんなに自然に会話してるの…?
って、言うか、さぁ……。
『どうして…ジャスミン・シャルモンがヒロインだって……』
そんなことを、知っているのか。
もしかして前世は女だった…!?
もしくは男だけど乙女ゲームやってたクチ!?
それとも大穴で開発者とか!?
なんて、一人で考えていたのに。
『あぁ。妹がやってたから知ってるだけだよ。俺は普通にロールプレイングゲームしかやったことないかなー』
速攻で返ってきたのは、何ともありきたりな理由だった。
あと一人称が『俺』だったから、どうやら前世も男の人だった模様。
よかった。
(……ん…?何が"よかった"んだ……?)
私がもし男だったら、自分がどっちの性別なのか混乱してたかもしれないから?
うん、まぁ、確かに混乱はするだろうけど……。
(なんか……違う気がする……)
とはいえ今は別にそれは重要じゃないし。
何より。
『なーんか拍子抜けー。初めから知ってたら、あんなに必死にならなくてすんだのになー』
『いや、むしろ必死過ぎるだろ。何だよ媚薬入りクッキーって。驚き通り越して若干引いたわ。男として』
『だってー。そうでもしないと踏ん切りつけてくれないんだもんー』
早速打ち解け始めている二人に、若干胸の中がモヤモヤしていて。
『強引にゲームを進めようとしてない所は助かったけどな』
『そりゃそうでしょ。ゲーム的にヒロインのお相手は全員貴族だよ?場合によっては王族じゃん?いやでしょ、そんな窮屈な人生』
『一番窮屈な人生送りそうな王族目の前にして、そういうこと言うのやめてくれないか?』
『ざまーみろー』
『何がだよ!?』
ゲームとは違う形で、仲良くなり始めているんじゃないかな、なんて。
いや。ヒロインのジャスミンには、既にお相手がいるわけだけれども。
『ほらローズ。まずはこれでも飲んで?』
『ぁ……はい……』
テーブルに置かれたカップからは、昨日と同じ上品な香りが漂ってきていて。琥珀色の液体が、白いカップの中でまだ少しだけ揺れていた。
『私の分はー?』
『はいはい。あるから大人しく座っていなさい』
『何その子ども扱いー』
『実際まだ子供なんだからいいだろ?それよりほら、一息ついたらふざけてないでちゃんと話す』
『はーい』
真実の共有は、今一番の最優先事項なんだろう。
分かってる。
分かってるん、だけど……。
(なんか…もやもやする……)
揺れる温かな液体に口をつけながら、目の前で繰り広げられる様子に。
どこか落ち着かない気分になる理由が分からないまま。
『さて。情報の共有といこうか?』
私の隣に腰を下ろして落ち着いた、メインヒーローだったはずの人は。
明らかに王太子様とは違う顔をして、そう宣言したから。
私は訳の分からない自分の感情にいったん蓋をして、まずは彼の話を聞く姿勢を取ったのだった。




