22.聖女覚醒
「追い付い、った…!!」
ようやく見つけた黒い影に向かって、小さく詠唱を唱えてまずは水の中に閉じ込める。
そのまま続けざまに風魔法で覆って、逆結界のような物を作り上げた。
「はぁ…、はぁ…」
思っていた以上に素早かったみたいで、かなりの距離を走り通しだったせいか。ようやく足を止める頃には、息は上がり切っていた。
むしろこれでよく詠唱二つも唱えられたなと、自分で自分を褒めてあげたい。
「あぁ、でも……まだ、先生たちに、報告が……」
「ローズ……?」
「え?ローズ様?」
ふらふらになりそうな足に力を入れて、もう少しだけと気合を入れようとした瞬間。
聞こえてきた声に振り向けば。
「どう、して……」
そこにはゲームのヒロインと……メインヒーローの姿が。
(イベント…だったの……?)
頭でそう考えるのと同時に。
一度ドクリと、心臓が大きく脈打って。
なぜか、胸の奥がぎゅっと強く掴まれたような。
それでいて体中から熱が奪われるような。
そんな感覚に、襲われて――
「ローズ?どうしたんだい…?」
「ぁ……」
心配そうにこちらを見ながら一歩踏み出した青色を認識した瞬間、無意識に足を後ろに引いていて。
恐怖とは違う、別の何かから逃げ出したい衝動に駆られた。
けれど。
「ローズ様!!危ない!!!!」
聞こえてきた声にヒロインに目を向ければ、その視線は私の後ろに向かっていて…………
(……あぁ、魔物…………)
他の事に気を取られたせいで、水と風の魔法が完全に解かれてしまっていたから。
そこからきっと、魔物が私を狙っているんだろう。
その瞬間、死を覚悟した私は。
なぜか腕を引かれて、目の前には青だけが広がる世界にいて……。
「いやぁッ!!!!」
「ローズッ…!!」
ヒロインの叫び声と、耳元から聞こえてきた切羽詰まったような声に。
一瞬、青い色彩を持つ人が魔物に襲われる未来を想像して。
(ぁ……ぁっ…。だめ……だめっ……!)
「だめえええぇぇッ!!!!!!」
無意識のうちに、叫んでいた。
その瞬間の感覚を、何と呼んだらいいのかは分からない。
強くて。
激しくて。
熱くて。
あたたかくて。
苦しくて。
悲しくて。
優しくて。
柔らかくて。
自分の内側から溢れる、感情なのか魔力なのかもよく分からないそれに。
ただ、身を任せるしかなかった。
だから。
「聖女……?」
その感覚がおさまったと思ったのと同時に呟かれた言葉の意味を理解するのに、長い長い時間を要してしまって。
『聖女覚醒だ…………聖女ローズ様が……。これでようやく、平和に生きられる……!!』
だからヒロインが嬉しそうに日本語で喋っているのにも、全く気付いていなかった。
ただ。
『聖女覚醒…?どういうことだ…?いや、それ以前に……どうしてその言語を操れる?』
『……え…?』
なぜか流暢な日本語でヒロインに質問しているのが、私を守ろうとして未だに人のことを抱きしめている青いメインヒーローだという事には。
条件反射とでも言うべきなのか、すぐに気付いて。
『どうして……日本語を…』
『ローズまで…!?一体どうなって…!!あぁ、いや……』
問いかけたけれど、言葉が最後まで続けられる前に。
「とにかく、まずは場所を移そう。それと至急先生方への連絡を。ゼラ、いるんだろう?」
そう、青の瞳がどこかへ向けられて。
ヒロインと二人、思わずつられてそちらに目を向ければ。
「はいはい、お呼びですかー?」
出てきたのは、ジェラーニ・ジプソフィール。
乙女ゲームの中の、お助けキャラだった謎多き人物その人で。
「え…?」
「ええぇぇぇっ!?!?」
「そこのピンク髪、煩い。あと俺は連絡係だろう?」
「なっ…!!」
「あぁ。それから――」
「執務塔への転移陣、俺の分も、だろ?ピンク髪は自分の足で向かわせるから」
「いや、それだと目立つ」
「えー?複製すんのー?魔力バカ食いすんのにー?」
気安い感じで話す二人は、明らかにお互いを良く知っている。
というか、だいぶ近しい仲で。
そして放置されているヒロインが一人、地団太を踏みそうになりながら。
「ピンク髪ってなによ!!好きでこの色に生まれたわけじゃないし!!第一初対面の人間に対して第一声がそれってどういうこと!?」
と、ご立腹だったけど。
ごめんね、ヒロイン。
私も今、それを拾ってあげられるだけの気力もキャパもなければ、頭の回転もしてないの。
「ゼラ」
「はーいはい、分かってますよ。未来の国王夫妻のためですもんね。今から余計な噂は立てさせませんよ」
「勝手に話進めてないで、ちょっとはこっちの話聞きなさいよ!!」
だから本当に一人、ヒロインだけが大きな独り言を言っているような状況のまま。
文句を言っていたはずのお助けキャラは、真剣な表情で愛称なのだろう名前をメインヒーローに呼ばれた瞬間、ものすごい勢いで魔力を練り始めていたけれど。
(なに、この、じょうきょう……)
もはや意味が分からない私は、既に言葉を発することすら出来ないまま。
目の前のやり取りを、ただ眺めている事しかできなかった。
驚愕の事実のオンパレード




