17.愛されない結婚なんてしたくない
評価してくださった方が200名になっていました…!!
ありがとうございます!!(>ω<*)
「あれ?珍しい」
もう誰も残っていないだろうと思って戻った教室の扉を開けた次の瞬間、聞こえてきたのは予想もしていなかった人物の声で。
「ジェラーニ様……?」
ゲームの中のお助けキャラ、ジェラーニ・ジプソフィールその人だった。
「うっ…。様とか、やめてくれないかなぁ?あんまり好きじゃないんだよね、そういう呼ばれ方」
「それは失礼しました」
癖のない緑の髪は、さらりと流れるけれど。淡い黄緑色のような色合いの瞳が、本気で嫌そうに顰められたから。
とりあえず、一言謝罪しておく。
「呼び捨てでいいよ?俺の方が家格も下なんだし」
確かに彼の家は侯爵家、私の家は公爵家。しかも私自身は王太子殿下の婚約者候補で、その中でも最有力候補。
となれば、普通はそれでもいいのかもしれない。
けど。
(未だに、彼が何者なのかよく分かってないのよね……。本当に、どうしてゲーム中では攻略対象の好感度なんて知ってたんだろう…)
そういう情報収集が得意な家柄というものは、確かに存在している。
もしかしたら彼の実家もそういう類で、学園内では珍しいヒロインを軸に練習をしていただけなのかもしれない。
そう、思う事は出来るけれど……。
「どこに嫁ぐとも分からない身ですから、流石に呼び捨ては遠慮させて頂きますわ」
にっこり笑って、そう答えておく。
公爵令嬢なので、そうそう下の家格に嫁ぐことはないとは思うけれども。だからって侯爵家に嫁がないとも限らない。
それにもしかしたら同じ侯爵家でも、彼の家よりも立場は下の場合もあり得るから。
だからせめてと思ったのに。
「あれ…?俺は将来の王妃陛下になるんだと思ってたんだけど…?」
「っ…!あくまで。あくまで、婚約者候補なだけですので。どうなるのかなんて、まだ誰にも分かりませんわ」
周りは確かにそう思って見ているんだろうけど。
まさかこんなにも直接的に言われるなんて思ってもみなかったから、つい動揺してしまった。
流石に顔には出なかった辺り、幸か不幸か王妃教育の成果が出ているなとは思うけれど。
そんな私の内心になんて気づくわけがない、目の前の謎多き人物は。
どこか言いにくそうに、歯切れ悪く。それでも確かな意思を持って言葉を紡ぐ。
「んー……正直、前々から気になってたことがあるんだけど…。聞いてもいい?」
「何を、でしょうか?」
内容が分からなければ、良し悪しなんて答えようがない。
「いや、なんか……王太子殿下の事、避けてるようにも見えてたから…。何か理由があるのかな、って……」
「っ……!!」
「あ、気分悪くさせたらごめんね?答えたくなかったら、全然答えなくていいから」
これは……探りを入れられている…?
でもそうだとして、一体誰に?
まさかルプレア様?
もし、そうだとして……。
仮に彼がルプレア様と繋がりがあると仮定したとして。
今、私の本心を口にして、何か問題がある……?
(対外的には、そこまで問題にはならないで済ませられる……はず)
好き嫌いではなく、あくまで個人的な意見だと。
そう言えば、たとえ広まってもそんな事かくらいで済ませてもらえるだろう。
だって政略結婚とは、そういうものだから。
「……私ではなくても、よろしいのではないかと…。考える機会が、昔から多かっただけですから」
だからちょっとだけ。
ほとんど関わり合いのない、ただのクラスメイトというだけの相手だから。
家としても個人としても醜聞にならないくらいの本音を。
少しだけ、零してもいい気がした。
「そう、かなぁ…?俺は割と、お似合いだと思うけど?」
「それは私しか知らないからではありませんか?」
「他の候補者の人たちも知ってはいるよ?まぁ確かに、ちゃんと関わったことはないけれども」
「でしたら是非今後、機会がありましたらフレゥ殿下の目に注目して見てくださいな」
「目?」
「えぇ、目です」
だって、あの王太子殿下は。
「誰と接するときも、決して笑う事のない目を」
そう言い切った瞬間の、彼の驚いたような顔が印象的過ぎて。
「え……?え…待って……え…?笑わない…?王太子殿下が…?」
困惑気味に聞き返してくる彼に、少しだけしてやったりと思ってしまった私は性格が悪いんだろう。
けれどそれも一切表情には出さず、ただ淡々と事実だけを伝える。
「えぇ。少なくとも、私は一度たりともあの方の目が笑っているところを見たことがありませんので」
表情筋は動かしているし、目じりだって下げている。
けれどその実、瞳の奥は一切笑っていない。
「そんな、まさか…………。だって、相手は……。目が笑ってないって……マジかよ……」
おや?珍しい。
彼の口調が崩れたところを見ると、もしかしたらこっちが素の話し方なのかもしれない。
令嬢相手には、もう少しだけ柔らかく丁寧にしていたという事か。
でも正直、そんな事はどうでも良くて。
目が笑っていないという事は、そこに個人的な感情は乗っていないという事。
王太子殿下が求めているのは、あくまで共に国を支えていってくれる相手。
それにちょうどいいと思ったから、私が最有力候補なんてものに選ばれているだけ。
彼が必要としているのは、ラヴィソン公爵家の令嬢であって。
私じゃ、ない。
愛されない結婚なんてしたくない。
あの目を向け続けられるくらいなら、逃げた方がずっとマシ。
政略結婚でも構わない。
私は私だけを愛してくれる人の元に、嫁ぎたいから。
一人ショックから立ち直れないのか、呆然としたまま何事かを呟き続けるジェラーニ・ジプソフィールを置いて。
「私も帰りますので。ごきげんよう」
「……ぇ…?あ、ちょっ…!!」
彼の制止の言葉も聞こえなかったふりをして、教室から足早に立ち去った。




