15.ヒロインが賭けに勝ったらしい
『それで?薬にまで頼った結果は、どうだったの?』
そう、そこだ。
男爵との約束一つで、彼女は平民に戻ってしまう。
そうなられると、ひっじょーーーに困るのだ。
だってヒロイン以外の、一体誰にあの青王太子を押し付ければいいというのか。
ルプレア様?
いやぁ……あの人は、ねぇ……。
どうやら毎日のように、私以外の婚約者候補たちは青王太子をお昼に誘っていたりするらしいけれど。
前に見ちゃったんだよねぇ。珍しくちょっとだけ困った顔をしている、彼女たちに囲まれた青王太子の姿を。
この間のクッキーの件を除けば、割と完璧なふるまいをしている人だからね。あれでも。
その彼が、得意の王族スマイルではなく困った顔、なんて。
よっぽどなんだろうなぁって、気付くと同時にちょっとだけ同情してしまったのだ。
だから正直、今のままではルプレア様に押し付けるのは難しいと分かっている。
分かっているから、困っているのだ。
『うふふっ…。よくぞ聞いてくれました!!』
とはいえ今は、ルプレア様の事ではなく。
この目の前のヒロインの、待ってましたと言わんばかりの表情に嫌な予感を覚えながらも。
それでも聞く姿勢は崩すわけにはいかなかった。
『なんと…!!クッキー全部食べてくれたおかげか、しっかりと薬が効いてくれてね…!!』
『うわぁ……』
いくら好かれているのが分かっているからって、薬で強制的にイベント発生させるヒロインって……。
怖いわぁ…。肉食女子、怖いわぁ……。
『でね!でね!その日のうちに、それはもう色々と…!うふっ。色々と致してしまったわけなのです…!!』
『致しちゃったかぁ……』
それは貴族としては完全にアウトだな。
というか、割とこの会話も普通の令嬢相手だったら卒倒されてるよ。
現代日本で生きていたからこそ、そこまで目くじら立てるほどではないし過剰に反応したりもしないけどさ。
本来ならこれ、破廉恥だとか阿婆擦れだとか、相当罵られる内容だからね?
ホント、貴族社会に向いてないヒロインだなぁ……。
『しかも!責任はちゃんと取るからって、約束までしてくれたし!!』
『責任取らなきゃいけないような事させたの、あなただけどね?』
『でも吹っ切れたのか、スッキリした顔してたもん!!』
それは一体、どっちの意味でスッキリしたんだろうね?その男。
まぁでも、両想いなら良かったね。なんて。
言えるわけないだろうがああぁぁ!!!!
『何してくれてるのよホントにもう…!!!!』
結果、ヒロインが賭けに勝ったらしいけれど。
正直まだ勝ってもらっちゃ困るんだよおおぉぉ!!!!
『私は一体誰にあの王太子を押し付ければいいわけ!?ねぇちょっと!?あなた乙女ゲームのヒロインでしょ!?!?』
『し~ら~な~い~!』
ヒロインの肩を掴んでがくがくと揺さぶりながら聞けば、笑顔のままでそんな無責任な言葉が返ってくる。
そもそもあなたがちゃんとヒロインしてくれないから、今私は困ってるんだけど!?
何!?今から私は悪役令嬢としてあなたをいじめ抜けばいいわけ!?
『無理でしょ~。もういっそのこと諦めて、おとなしく王妃になっちゃえば~?』
『いや!!目が笑ってない表情だけ笑顔の男と夫婦になるとか、どう考えても無理…!!』
せめてちゃんと笑ってくれるのならまだしも、あれは明らかに作った笑顔だから…!!
一生作り物の笑顔しか向けてこないような男と結婚するなんて、冗談じゃない!!
政略結婚は仕方がないと諦められる。
でも前にお兄様に言ったように、ちゃんと私を愛してくれる人じゃなきゃいやなの。
家とか国とかの都合だけで、愛なんて一切向けてくれないような男の元になんて嫁ぎたくない。
『えー…?物語の王子様だよー?一度は憧れるものじゃないの?』
『それは物語の世界だからこそ、でしょ?現実はそんなに甘くないの!』
そもそも王妃ってどれだけ大変だと思ってるの。
子供は跡取りの男の子を生まなきゃいけないのは、どこの家に嫁いでも一緒だけど。
一挙手一投足が監視されるように常に注目されて、発言一つが国内外に影響を与えて。
普通の令嬢よりも覚えなきゃいけない事もやらなきゃいけない事も、山ほどあって。
他国からの訪問があれば、歓迎しなきゃいけないし。
夜会やお茶会だって、積極的に開かなきゃいけない。
『うっわぁ…大変だねぇ……』
『そう、大変なの。だからなりたくないの』
そりゃあ国王や宰相の方がもっと大変なのは分かってる。
分かってるけど。
『精神的に疲れるのに、その上仮面夫婦、なんて。無理でしょ。どう考えても』
好きな人、愛する人の為ならば、もしかしたらそれすら頑張れるのかもしれないけど。
私と青王太子は、そういう関係じゃない。
それならいっそ、やりたい人にやってもらえばいいと思ってるんだけど。
それすら、上手くいかない。
『ルプレア・ディジタリスはねぇ……無理だよね、どう考えても。王妃には向いてないっていうか、その器じゃないっていうか』
『ハッキリ言うのやめてくれる?凹むから』
一番押し付けるのに最適だったはずの相手は、貴族社会に疎いヒロインから見てもそう評価されてしまうし。
『っていうか、あの王太子様がローズ様を本気で好きになってくれるのなら問題ないってことじゃないですか』
『……え…?』
『だってローズ様の一番の懸念材料って、あの王太子様との関係でしょ?それ以外は問題なさそうだし』
どうしてそんな結論になるの?
そう、言いたかったのに。
なぜか私は、ヒロインを見つめたまま口を開くことが出来なかった。
超肉食系女子の本領発揮(笑)




