14.ヒロインと男爵の約束
『で?結局どうして媚薬なんて手段に出たの?』
もはやお馴染みになった、ヒロインと二人きりで過ごすお昼休み。
一つサロンを貸し切ってしまえば、誰に聞かれることもないと分かっているけれど。
それでも一応、二人とも警戒するのに越したことはないという事で。
誰もいない時ほど、日本語で話すようになっていた。
『あー……うん、まぁ……話すと長くなるんだけどね…?』
なんて前置きをしてから、ヒロインが重い口をようやく開いてくれて。
『元々私、平民生まれの平民育ちじゃない?』
『まぁね』
『だから正直、貴族の生活とか習慣とか、色々慣れなくって……』
『でしょうね』
彼女の言動は、明らかに貴族のそれとは異なる。
そして本人もそれを窮屈に感じているようだから、たぶん本質的に合わないんだろうなとは思っているけれど。
『なのに父親が貴族だからって、ある日突然男爵令嬢だよ?しかもほとんど自由がない上に、将来まで勝手に決められるとか。なにそれ地獄!ってなるじゃん?』
『いや、ごめん。そこら辺は生粋の貴族生まれ貴族育ちだから、別に仕方ない事かなーって思ってる』
『ちょ…!元日本人としての自覚どこ行った…!!』
『いやぁ…正直そこそこ冷めた人間だったからなぁ…。割と現実主義者なのよ、私』
『うん、知ってた…!!知ってたけどぉ…!!』
そこで頭を抱えられると困るんだけどね?
でもほら、実際貴族としての恩恵は受けてるわけだからさ?
そこはちゃんとしなきゃダメじゃん?けじめとして。
『まぁでも、貴族として生きてこなかったのなら色々面倒かも』
『でしょう!?』
食いつき方が前のめり過ぎるのよ、ヒロイン。
恋愛も肉食だし、積極性が高すぎるでしょ。
いや、消極的なヒロインってゲーム進まないだろうから、これでいいんだろうけどさ。
『でもそれと媚薬と、何の関係があるのよ』
『大いにあるよ!!むしろ最重要事項だよ!!』
そこまで言い切るか…。
『私はね、父親の男爵と約束したの!!』
『約束…?』
ヒロインと男爵の約束なんて、ゲームでは出てこなかった気がする。
まぁ彼女が転生者である以上、ゲームにこだわっても仕方ないんだろうけど。
『そう、約束!私の好きな人が、同じように私を好きになって一緒に生きる覚悟をしてくれたら、平民に戻ってもいいって!』
『…………は……?』
え、バカなの?
シャルモン男爵ってば、おバカさんなの?
そもそも一度庶子として学園に通わせた以上、貴族社会では当然存在が知られるはずなのに。
それを平民に戻ってもいいなんて、いくら条件付きとはいえあり得ない。
あり得ない、けど……。
『ほら、あの人自身が庶民の我がお母様に手を出したわけじゃん?まぁ実際には、お母様に捕まった憐れな人なんだけどさ』
『憐れって……』
『自慢じゃないけど、割とうちの母親美魔女なのよ。だから普通の男の人じゃあ、手放せないし忘れられないんじゃない?』
逆に興味が出てきたんだけど…!?
どんなお母様なのよ。一度見てみたいというか、会ってみたいわ。
『だからね?その人に説得されたら、反論できなかったみたいで』
『男爵家最強が平民出の第二夫人って、どうなの…?』
『愛人じゃないだけマシじゃない?』
『まぁ…確かに……』
愛人に骨抜きにされるとか、それこそ貴族としてはご法度だわ。
ある程度は仕方がないと受け入れるのが、女性の懐の深さを表す的な思想もあるけど。
正直私は愛人という存在自体、抵抗がある。
この辺りは日本人気質なのか、それとも世の女性は実は全員そうなのか。うまくその辺りを隠しているだけなのかもしれないけれど。
まぁ、今はそこはどうでもよくって。
『で、条件が揃わないといけないから、必死だったってわけ』
『だからって、媚薬……』
『好かれてはいるもん!!ただ貴族と平民だから、身分が違うでしょっていつも言われてて……』
あー……男の方が現実主義者だったわけか。
それは、まぁ……正攻法なんて、通じないだろうけど。
だからってまさかの媚薬、ねぇ……。
『というか、クッキー一つじゃ効かなかったんじゃ…?』
『それは王太子殿下だからですー。あの人は王族として、小さい頃から毒とか慣れるように訓練してきてるらしいし』
『へぇ…?まぁ、確かにそうか』
唯一の王太子とはいえ、狙われないとは限らないもんね。
毒の中の一つに媚薬があったとしても、何もおかしくはない。
『っていうか、そういうのってローズ様はやってないんだ?』
『やるわけないでしょ。そもそも毒殺されるような立場に立つつもりなんてないし』
『いや、今も十分そういう立場なんじゃ…?』
『毒見役は必ずいるから、それでいいの。王族と跡取り以外は必要ないのよ、そういう事は』
というか、たぶん我が家の場合全力で止められる。
主にお父様とお兄様に。
実際昔、私もやった方がいいのかなってぽろっと零したことがある。
これでも国内有数のバラの産地を領地に持つ、公爵家の娘だからね。重宝される反面、疎ましく思われてる可能性だってある。
けどその瞬間、その場にいた使用人全員が全力で私を説得しにかかったから。
中には涙目になっている人もいて、あまりの必死さに何度もやらないと約束させられた。
まぁ、そういう経緯があるので。
今後も王家に嫁ぐ気がない私は、必要のない事だと切り捨てている。




