6.お願いだからゲームを始めて!!シナリオを進めて!!
『な…!?』
『ねぇ貴女、ジャスミンでしょう!?ジャスミン・シャルモン!!乙女ゲームの主人公の!!』
「な、何を仰っているのか……」
『とぼけないで!!だってさっき日本語で喋ってたじゃない!!』
「っ……」
ギクリと体を強張らせた彼女は、その緑の瞳を彷徨わせているけれど。
そもそもそういう態度自体、私の言葉を肯定しているって気付いていないのかしらねぇ?
なので私はお構いなく、しかも誰にも内容を知られずに済む言語でヒロインに言い募る。
『ねぇ!!お願いだからゲームを始めて!!シナリオを進めて!!』
『…………はぁ……?なんでローズからそんな事言われないといけないの??』
『私は王妃になんてなりたくないの!!』
『え、知らないし。というか、私だって王妃どころか貴族にだってなりたくないし』
『……え…?』
はぁー……と、大袈裟にため息を吐いている目の前の彼女は。確かに、この世界のヒロインで。
そう、ヒロインの、はず、で……。
『そもそもね?入学式の日にフレゥ殿下に会っていない時点で、ゲームは始まらないの。私は今攻略対象の誰とも会ったことがない。意味、分かる?』
『え、なんで……。だって、あなた、ヒロイン……』
『全員が全員、ヒロインの役どころを望むわけじゃないでしょ?だったら逆に聞くけど、あなたはローズ・ラヴィソンとして生まれたいって思ったわけ?』
『いや、そうじゃない、けど……』
『でしょ?私だってジャスミンとして生まれたかったわけじゃない。でも生まれちゃったんだもん。仕方ないじゃない?』
あれ……?なんだろう、この会話……。
微妙に何かが、かみ合っていないような…?
不思議な気持ち悪さがあるんだけど……なんで…?
『そもそも本当はシャルモン男爵にだって見つかりたくなかったのに。貴族ってマナーとかしきたりとか面倒じゃない?』
『それは……』
『少なくとも私は嫌かなー。一生貴族として生きてくのも、親が決めた見ず知らずの男のところに嫁ぐのも』
え、それ、ダメじゃない…?
乙女ゲームのヒロインがそれ言っちゃ、ダメじゃない…?
いっそゲーム全否定してない?
「そういう事ですので、失礼させていただきますね。ラヴィソン公爵令嬢様」
「ちょっ…!!待ちなさい…!!」
私が呆気に取られている間に、にっこりと笑顔を向けたかと思えば綺麗にお辞儀をして。
なのに全速力で走り去っていった。
「な……なんなの、あの子……」
貴族令嬢が、あんな風に走るなんて。本来だったらはしたないどころの話じゃない。
咎められるなんて可愛いものでは済まない行為なのに。
というか、待って。
あの子今、使用人すらつけていなかったんじゃ…?
それにそっち、学園の外……。
「え?え…??」
いやいや、待て待て。
確かに王妃どころか貴族にだってなりたくないって、そう言ってたけど。
だからって今、この場で、貴族らしくない行動、取る?普通。
「……型破りな、男爵令嬢…」
ゲームの中でそう言われていたけれど、今の彼女の行動は確かにそうとしか言いようのないものだった。
うん、そうだね。そう、なんだけど……。
(明らかに何かが違う…!!)
と、言うか……。
え、待って。
ホントに待って。
「もしかして、彼女……」
そもそもゲーム自体を進める気が、ない……?
「……なんで…?」
ヒロインなのに?ヒロインに生まれたくなかった?
いやいや、悪役令嬢に生まれるより良くない?
でも彼女が言った攻略対象の誰にも会っていないって、つまりはそういう事で……。
え…………
えええええぇぇぇぇっ!?!?!?!?
進めてくれないの!?っていうか、始めてすらくれないの!?なんで!?!?
ヒロインがゲームを始めてくれないと、私青王太子から逃げられなくない!?
っていうか、ヒロインがゲームを始めない世界とかどうなんの!?ねぇ!!どうなっていくの!?!?
私は青王太子に一目惚れなんかしてないんだから、始めてくれていいんだよ!?ねぇ!!いいんだよ!?
むしろ始めて!?私を解放して!?
第一!!!!
「理由、聞いてない…!!!!」
どうしてゲームそのものを始めたくないのか、その理由が分からないままなんですけどぉ!?
そんな状態で納得しろと!?
できるかぁ!!!!
それに彼女、最初に私を見つけた時「げっ…!」って言ってたよね…?
つまり、だ。
「避けられていた、と……」
そりゃーそうだよね。
いくら広いとはいえ、同じ学年で。同じ学園内で。
こっちが探しているのに全くすれ違わないなんてこと、あるわけがない。
私も馬鹿だなー。なんでその可能性に早く気づかなかったのかなー。
「うふ……ふふふふふ……」
そっちが、その気なら……。
こうなったらもう、こっちも手加減しないわ。
幸いな事に、今悪役令嬢とヒロインは顔見知りになったわけだし?
令嬢にあるまじき行動を取った彼女に、私が注意をしてもおかしくないわけだし?
何より。
同じ転生者なんだから。
「逃がさないわ……うふふ……」
誰もいないのをいいことに、私はまさに悪役令嬢と言った風に一人呟いて。
彼女が走り去った方へ、キッと釣り目がちな金の瞳を向けたのだった。
転生者+逃げ続けられた=出会えないヒロイン の法則でした。
もしかして一番可哀想なのって、どちらにも王妃になりたくないって思われているフレゥ殿下なのでは…?と、思ってしまった作者なのです。




