第022話 社畜、ヴェラと旅立つことになる
「まったく! 乙女の鱗の匂いを嗅ぐとか!」
ちびっ子魔王様がぷんすこしている。
そうか、そんなに悪いことだったのか。
「そうですわ! ハルトはちょっとおかしいのです!」
クッ……ヴェラまで。
いいじゃんか。
ちょっと興味本位で嗅いだだけなのに。
だって、ドラゴンだぜ?
ファンタジーの超有名モンスター。
それの鱗が目の前に、現実の物としてあるんだ。
匂いぐらい嗅ぐだろうって話さ。
まったく。
できれば味も確かめてみたかったのに。
だが、もうオレの手には鱗はない。
取り上げられてしまった。
「ヴェラよ、とんだヘンタイとの旅路だが気をつけるんだぞ!」
「もちろんですわ! 魔王様!」
なんだかなぁ。
この女子同士の連携。
軽くトラウマが蘇ってくるじゃないか。
そう――あれは。
ふん! 思いだしたくもない。
「ヴェラ、備品室へ行って天幕も持って行くといい」
「お気遣いありがとうございます。では、行ってきますわ!」
「うむ。気をつけてな! ハルト、くれぐれもヴェラに迷惑をかけるんじゃないぞ!」
はいはい。
んん?
今から行くの?
だって今日はもう色々とやったよ?
ギーガ親方のところに行って、炎晶石の問題に目処もつけたし。
さっきの話だと、そこそこ遠いところだったよな。
もうお昼も過ぎている。
今日は準備をして、明日でいいじゃないか。
さすがにブラック社畜と言えど――。
『ハルト、うるさいですわ』
ぐぬぬ
念話で怒られるとは。
『だいたいハルトが鱗を嗅ごうとしなければよかったのです』
『仕方ないだろ! 興味があったんだから!』
『興味があっても、ふつうは匂いを嗅ごうとは思いませんわ!』
『悪うございました』
『それは魔王様におっしゃって!』
わかりましたよ。
そうします。
「魔王様、さっきはごめんね。だって龍の鱗とか言われたら、オレにとっちゃそれはもうお宝だったんだよ」
「許す! 素直に謝ったのだからな! でも、もう嗅いじゃダメ!」
胸の前でバッテンを作る魔王様だ。
こうやってたら、本当にちびっ子だな。
「さ、行きますわよ!」
ヴェラに手を引かれて、オレたちは備品室へ行く。
階段を上ったり降りたり。
廊下をぐるぐる回って、ようやく到着だ。
「天幕一式を貸し出してくださいな」
備品室の受付ってキツネ耳のおねーさん。
ふわふわのしっぽも生えてる。
三本も!
残念! 三分の一の九尾のキツネのおねーさん!
「ハルトはなにか必要なものがあります?」
「水筒! それから携帯食! 調理器具! あと着替えの服!」
「たくさん有りますのね。まぁいいでしょう。お願いしますわ」
備品係のキツネ耳のおねーさんから荷物を受け取る。
全部がセットになった、リュックサックだ。
背嚢って言うんだっけ?
よっこらせ、と担いでみる。
う……。
意外とずっしりくるな。
まぁいいだろう。
こういうのは男の役割ってなもんだ。
「ヴェラ! 行こう! なんとかの里へ!」
「はいはい」
苦笑しながら、歩き出すヴェラであった。
おろろろ。
さっきから胃がぎゅるんぎゅるんしてる。
だって、ヴェラの高速飛行が超高速飛行だったんだもの。
音が遅れて聞こえてくる速度だぜ。
おかしいだろ?
なんか魔族の住んでいる地域って、めっちゃくちゃ広い。
そして、すごく自然が豊かだ。
山があって、森があって、湖があった。
でっかい川が何本もあったし、馬鹿でかい平原もある。
荒野もあったし、でかい魚が顔を覗かせている沼もあった。
砂漠も、空に浮いている島も!
うん。
最高だ!
なんか恐竜みたいなでっかい魔物もいたしな。
でっかい魔物と言えば、牛みたいなのもいた。
たぶん百メートルとかあったんじゃないか。
もう訳分からん。
でも、すごかった。
ファンタジー世界ってのもを体験できたんだぜ。
フィクションの中にしかなかった世界を!
この目で、この肌で体感できた!
――おろろろろ。
「ほら、ハルト。これを飲みなさいな」
ありがてえ。
革袋の中に入った水を含む。
うがいをして、地面に寝っ転がった。
夜空だ。
でっかい月が浮かんでいる。
星がきれいだ。
でも、知っている星座はひとつもない。
そうだな。
ここはファンタジー世界だから。
ふぅ……ヴェラが魔法を使ってくれているんだろうか。
なんか身体がぽかぽかする。
不思議な感覚だ。
ちょっと目を閉じて、深呼吸を繰り返す。
かなり楽になった。
「ヴェラ、ありがとな」
「どういたしまして」
「でさ、今日はここで寝るの?」
「ですわね」
ここは平原の中にある岩の上だ。
なんかエアーズロックみたいな台形の岩。
広さはたぶん十メートルくらいある。
なので、天幕を張って休憩するのに十分な広さだ。
「なぁヴェラ」
「なんですの?」
「ありがとな」
首を傾げるヴェラだ。
「まぁなんでもいいじゃねえか」
社畜として生きた前の世界。
それよりもこっちの世界の方が楽しい。
なにせ憧れのファンタジー世界だもん。
だから、なんとなく礼を言いたくなった。
それだけだ。
「ハルト……」
アッシュブロンドのヴェラの髪が、風になびく。
美人さんだ。
「わたくし……」
ん?
ちょっと顔が赤い?
「……お腹が空きましたわ!」
はいはい。
ラブコメじゃねえもんな!
わかってたよ、こんちくしょう!




