乙巳の変 その1
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本日私蘇我鞍作(後の世の通称入鹿)は宝女王(皇極天皇)の宮殿に三韓の使者が来たということで呼ばれた。
これは大化の改新の始まり、乙巳の変で中臣鎌子と中大兄皇子が入鹿を呼び出して謀殺した時と全く同じ状況だ。ついにこの多分VRゲームで最大のイベントが来たのだ。
宮殿に出向く前、俺は蘇我氏の軍事…というかどっちかというと汚れ仕事担当の東漢氏の氏上、すなわち族長の坂上弓束のところに行っていくつか頼み事をした。弓束には、祖父の馬子が弓束の父、駒に崇峻天皇を暗殺させておいてその後粛清したのを土下座して謝り、今後の友誼と引き立てを訴えて(たぶん)和解しているのだ。坂上氏といえば後の平安時代に蝦夷征伐で名を馳せる坂上田村麻呂の先祖に当たる武門の名門なのである。
それから俺は中大兄皇子の屋敷へ行った。…やはりそこには予想通り中臣鎌子もいた。ほぼいつも入り浸っているからな。
俺は中大兄皇子に三韓の使者が大王のところに来た、そしてそれは俺を忙殺するための謀だと思う、と伝えた。中大兄皇子は目の色を変えて、
「なんと!大臣(俺のこと)を害しようとする者がいるとは!せっかく大臣が我らとともにこの国を革めようとしているのに!どこのドイツだ!」
と憤った。隣の中臣鎌子も『うーむ…』と首を傾げて思案している。
良かったどうやら現時点では俺を今討ち取るつもりはないらしい。後で肝を冷やしたのだが、そうするつもりなら一人でのこのこ屋敷に来たこの時殺しても良かったのだ。
様子を見ても少なくとも中大兄皇子は真面目に憤ってくれているようである。中臣鎌子は…ポーカーフェイスだが…この人胆力付き合っていてもすんごいと思うから顔で判断するのは無理だろう。すると鎌足は顔を上げて俺に聞いてきた。
「そうなりますと鞍作様はいかがなさるおつもりで?策はあるのでしょう?」
「ここは相手の策に乗って宮には出向こうと思う。三韓の使者が本物なら失礼になるしな。」
「そのまま討たれて我らに意思を継ぐと?」
「それは冗談がすぎる(汗)むざむざ討たれるつもりはないよ。しかしここはこれを奇貨として…」
「一気に改革をなす好機となさるおつもりですか。」
俺はニヤリとして
「そのとおり。しかし今回の謀、使者を出迎えるという石川麻呂が噛んでいるのは間違いないと思うが、石川麻呂やその兄弟だけでそこまで企むとは思えない。」
「背後の者を探るということですな。」
「さすが鎌足。」
「私は鎌子ですが。」
あ、間違えて後の名前で読んでしまった。
「鎌足のほうがかっこいい気がするのだ…」
「では事がなりましたら鎌足と名乗りましょう。」
と言って笑う。
「それで私は石川麻呂やその周辺で誰が彼らを唆しているのか探ればよろしいのですな。」
「その通りだ!お願いする。」
「御意。」
これでたぶん…たぶんね鎌足さんは味方だと思うから(超寝技かまして猫かぶっていたらヤバいけど)俺はこの日のために備えた身繕いをして、宝女王が待つ宮殿に乗り込んだのであった。
宮殿に入ると道化が刀を差し出すようにおどけた姿勢で求めてきた。
史実でも誰の差し金か道化が鞍作の刀を差し出すように求め、鞍作は笑って刀を渡したという。実際の鞍作はその様な度量がある男だったのだ。
だが俺はやすやすと渡さず、大声で次のように言った。
「他田大王(=敏達天皇)の葬儀の際に我が祖父馬子は長剣を佩刀していて、物部守屋に『猟箭がつきたった雀鳥のようだ』と笑われたそうだ。今俺が佩刀しているのは我が祖父の例に習ってのことである。」
道化が困った顔をして首を傾げる。
「とはいえ、そなたには無粋であったな、これを受け取れ。」
と言って差していた長剣を渡す。俺は両手を上げてひらひらして手に武器を持ってないことを示し、周囲の者がどっと笑った。
部屋に進み出ると使者からの書状を読む石川麻呂が広間の中央に建って待ち受けていた。
「鞍作殿、遅かったではないか。」
「いや夜風に吹かれて喉を痛めてな。故にこの襟巻きは外せぬ。許せ。」
と言って首元の赤いマフラーをひらひらと指差した。赤マフラーといえば大河の北条時輔なので、本来は一度死んだふりをした後に着けて再登場するのが筋かもしれないが、こまけーことはいーんだよ。
石川麻呂は困ったように御簾の中の宝女王の方を見るが、
「鞍作は病を押してこの場に来たということであろう、許す。」
とのお言葉をいただき、赤マフラーは無事に着けたままで儀礼に望むことが出来た。
ぼそっと『昨晩特に喉を痛がっていた様子はなかったけどな…』と女帝がつぶやいたのは聞こえてしまったけど、周りが気にする様子はなかったのが幸いだった。
石川麻呂は三韓の奏上をえらく大げさな様子でゆっくりと読みだした。それは例えて言うならば昭和天皇陛下のお言葉のようなちょっと引き伸ばしたようなやんごとなき話し方だ。
…しかし必要以上に遅いし意味がわかりにくい。
「くぅだぁらぁはぁあぁあああ、くぅぅらつくぅりぃいのぉぉぉぉおおお!」
…いや訂正する。昭和天皇はこんな引き伸ばしは流石になさらない。
「くぅらつぅぅくぅりぃがぁあぁふとぉぉにへぇいをぉぉぉあとぅめぇぇええ、おおおおおおおふねぇぇええをつぅくぅるぅぅうううはぁあああ。」
訳すると鞍作が不当に兵を集め大船を作っているのは朝鮮半島を侵略するつもりか、
か。いやこちらとしては専守防衛に勤めたいのだが(棒)
何れにせよ長すぎるし、石川麻呂が大汗をかいて息も絶え絶えになっているので、俺は声をかけた。
「石川麻呂、その様に震えだしてどうした。俺が祖父馬子の佩刀を物部守屋に笑われた話をしたから、今度は祖父に『その様に震えて鈴をつければ良く鳴ったろうよ。』とからかわれた守屋の真似をしているのか?」
と肩に手を触れると石川麻呂は
「ひぃぃぃぃぃ!!」
と絶叫し、突然早口で叫びだした。
「者共!何をしている!今だ、今こそ逆臣鞍作を討つのだ!!!」
その声と共に数人の武装した者たちが部屋に乱入してきた。
やれやれ本当に乙巳の変が始まってしまったぜ。




