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蘇我倉山田石川麻呂

 宝女王の魔の手から逃れた俺はようやく中大兄皇子たちと合流することが出来た。朝堂が血で汚れたから翌日休みということで良かったぜ。


「…というわけで今回の黒幕は軽皇子で間違いなさそうです。」

「しかし石川麻呂たちは決して口を割らないな。」


 なんど尋問しても蘇我倉山田石川麻呂は


「黒幕など知らん!今回のことは俺があくまでも蘇我家の内側のこととして鞍作を殺そうとしたのだ。」

「ではなぜ鞍作様の私邸ではなく、朝堂で犯行に及んだのだ?」


 中臣鎌足が冷たい声で尋問する。


「貴殿が軽皇子様のところでなにやら謀議を巡らせていたのは掴んでおるのだぞ。」

「そのようなこと、あずかりしらぬ。木簡の一つもあるわけではあるまいし。」


 とうそぶく石川麻呂。しかし彼が言う通り書面などが残っていることはなかった。


 佐伯子麻呂らも頑として『石川麻呂に頼まれた。』と主張し、彼らの口を割らせることは困難であった。


「…ここは軽皇子の責任を問うのは難しそうだなぁ。」

 

 と俺は空を見上げた。


「それにしてもこの者たちの忠義というか信念というか、大したものよ。」


 とむしろ感心してしまった。そこで俺は


「石川麻呂よ、お主が今回の襲撃を主導したことは明らかである。よって命を取らぬ、というわけにはいかぬ。」

「ふん、そうであろうな。」

「しかしその身一つで責任を取ろうとする態度は立派である。よって不名誉の死罪ではなく、名誉ある自死を認める。」

「そこで一族郎党死ね、と。」

「そう急くな。この鞍作、山城法皇様の御身をお助けした男だぞ。」

「おかげで我が一族は寺造りに駆り出される羽目になったがな!」

「それはそうとして、石川麻呂、死ぬのはお主と年長の男子のみでよい。弟の連子むらじこ、赤兄や日向、果安ら兄弟については不問とする。」

「情けというわけか。」

「…いや、蘇我の力を必要以上に落とすのはちょっと困りそう…ふがふが。」


 とにらみつける中大兄皇子たちの目線に気づいてやめる俺。


「そして石川麻呂の娘、遠智娘とおちのいつらめ姪娘めいのいつらめを中大兄皇子様に娶せよう。」

「そ、それは…」

「お主は死ななければならないが、それがお主の罪ではないということを世に伝えるのだ。後中大兄皇子様にはそろそろ家格に見合った妻も必要だと思うしな。」

「しかしそうは言ってもこの石川麻呂、罪人となってはその娘を皇子様に娶せるわけには行くまい。」

「そこでだ。」


 と俺は続けた。


「娘たちはこの鞍作の養女とした上で皇子様の后とするのだ。」

「…しかし鞍作、お主自身が我が娘を貰い受ける、というのでなくて正直ホッとしたぞ。」


 と納得するとともに妙な安堵をする石川麻呂。


「お、俺は他の女人に手を出したりしたら…それこそこの世の終わりになるのじゃ!」


 と思わず叫ぶ俺。


「母様は独占欲強いからなぁ…」


 とぼやく中大兄皇子。


 こうして石川麻呂は賜死となり、自邸に連行された後、年長の男子とともに首を括って死んだ。この時代、高貴なものが名誉ある死を賜る場合は首をくくるのが常套なのだ。史実でも中大兄皇子や孝徳天皇に嵌められた石川麻呂は縊死しているし、先に俺がこのワールドでは命を助けた山背大兄王も史実では縊死している。まぁ後の武家の世の切腹よりは…ましなんじゃないだろうか…。でも切腹は介錯あるしなぁ…。


 残る実行犯は石川麻呂に指示されて無理やり駆り出された、ということで流罪とした。とりあえず鎌足の故郷の常陸に流したから根性叩き直して欲しい。


「さてこうなると問題は…軽皇子様だな。」


 と中大兄皇子。


「実行犯も口を割らず、なまじ名のある者たちだったのが痛かったですな。下人でしたらなんとでも拷問でも出来たものを。」


 と怖いことを言い出す中臣鎌足。


「うーん。現在の状況で攻め滅ぼしたりしたらそれこそ山背大兄王をお救いした意義がなくなるなぁ。」


 と俺。思案していたら…あ、ちょっと思いついた。


「お二方、お二方はこの国をどの様な国にしたいとお考えで?」

「それは唐に倣い、皇帝が群臣を率いて律令に基づき天下をあまねく治めると…あ、鞍作殿のような能吏はいらないというわけでは。」


 とちょっと気を使ってくれる皇子。有り難し。


「そうなりますと律令を定め、戸籍を作り、戸籍を作るからには人民の所属権を諸族から国に移し、税を豪族が集めるのではなく国が集め、今諸氏に分散している権能を皇室に集めて官吏としなければなりませんな。」

「さすが鞍作様、そのとおりです。」


 と鎌足。


「そうなると土地や人民、権益を取り上げられる豪族たちは黙って言うことを聞きますかな?」

「それは難しいでしょうな。でもそこはやらないといつまで立ってもやまとは唐から辺境の蛮族扱いでしょう。」

「さすが鎌足殿、仰るとおりです。ここでみん先生から我々が習った話を思い出しましょう。」

「それは?」


 と聞く中大兄皇子に俺は続けた。


「秦の時代、始皇帝は万里の長城を築きました。そして隋の時代、煬帝は大運河を築きました。そしてその二国ともその大事業の労役に怨嗟の声が上がり、反乱が起きて滅んでしまったのです。」

「そうでしたな、そして…秦を滅ぼした漢は長城を、隋を滅ぼした唐は大運河を存分に活用したと。」

「さすがはお二方。まさにそのとおりでございます。」

「…ということは。そうか。」

「軽皇子に煬帝になってもらおう、ということですな。」

「御意。」


 つまり戸籍や律令の制定、政府組織の改革とそれに伴う諸氏からの権限の取り上げなど明らかに不満が爆発しそうなところを軽皇子にやってもらおう、というのだ。


「しかしそもそも軽皇子はそれに乗ってくるでしょうか。」

「来ると思いますよ、あの人唐や百済の方策こそ世を救う最善の道と信じていますから。」

「でそれで上手く行ったら軽皇子の思うつぼでは?」

「うまくいくはずなどないのですよ。」


 …そう、実際の『大化の改新』でも理念こそ立派な先進的なものだったが、軽皇子自体が自分で抱え込むタイプだったこともあってすぐ上手く行かなくなったのだ。


「それに唐の律令自体文面が立派でも実際にそのまま運用できるような代物ではないのですよ。」

「…鞍作、何を言い出すのだ。」

「国際社会で先進国の仲間入りをするには必要ですが、実際の運用はこう、杓子定規にやってはそれこそ秦のように上手くいかなくなるのですよ。」

「そのようなものなのか…。」

「仏法もまた同様です」

「いかにも海北から渡来するものの庇護者、という顔をして恐ろしいやつよの、鞍作。」

「そこは中大兄皇子様にはその表に立つ立派な帝になっていただき、有象無象はこの鞍作と鎌足におまかせいただければ。」

「これからもよろしく頼むぞ。」


 それから三人で夕暮れの宝女王様の皇居を訪ねた。


「鞍作!今日も待ちかねて…」


 と飛んできて抱きつく宝女王様。


「陛下。ご嫡男がご覧になられております。」

「なんじゃその陛下というのは…げふん。」


 と慌てて身を離して取り繕う宝女王。


「陛下というのは大王おおきみいや天皇の尊称であります。」

「天皇…なんじゃそれは?」

「この国は変わるのです。」


 と俺は話し始めた。




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[一言] 自分を暗殺しようとした奴の娘を養女にするのが意味わからん
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