乙巳の変 その2(後編)
「者共!何をしている!今だ、今こそ逆臣鞍作を討つのだ!!!」
三韓の使者を迎えた朝堂で蘇我倉山田石川麻呂が叫ぶ。それと同時に何人かの抜刀した者が乱入してきた。
入ってきたのは海犬養勝麻呂、佐伯子麻呂と葛城稚犬養網田と言った面々だ。これは史実通りの襲撃犯だな。俺は襲撃犯の中に中大兄皇子と中臣鎌子の姿がないことを確認しフゥ、と息を吐いて安堵した。
いくら現実と寸分違わぬリアルさとはいえ、やっぱりこれはVRゲーム、今槍を持った中大兄皇子と弓をつがえた中臣鎌子が出てこない時点で史実と違う。俺はまず最初の賭けに勝ったのだ…この暗殺シーン自体を阻止できなかったのには目を背けよう…。
「お前ら!鞍作は大王から位を奪って倭を簒奪する積もりだ!斬れ!斬れ!」
と石川麻呂は長刀をズンばらりと抜く。…いや石川麻呂さん、人の武器は取り上げておいて自分はしっかり武装しているやん。
石川麻呂の声に押されて佐伯小麻呂が突っ込んできた。
「鞍作様、御免!」
と言って直刀を袈裟懸けに斬りつけてくる。俺は避けようとしたが、ちょっと動きが鈍くて胸に刀が当たってしまった!
「やったか!」
と石川麻呂が叫んだが、俺はその場に平然と立っていた。
「なに?」
と襲撃者たちが訝しむのに俺は斬れた服をまくって答えた。
「こんなこともあろうかと、空間磁力メッキ、じゃなかった鎖帷子を着込んでいたのだよ。」
そう俺は朝服の下に鎖帷子を着込んでいたのだ。なので重くて動きが鈍くなった。こんな鉄の貴重な時代にフル装備の鎖帷子作れる俺ってやっぱりリッチな権力者。
「馬鹿な!うわぁああ!」
と突っ込んできた葛城稚犬養網田が刀をふるって今度は俺の頭にぶつかる。するとぐわああんと鈍い音がして俺は頭を抑えた。
「いい狙いだ!しかし冠の下には鉄鉢が仕込んであるのだ!」
と冠と髪の毛で隠していた鉄鉢を顕にする。
「ええい、鞍作め!しかし数で囲めばいずれは討てよう!かかれ!かかれ!」
と石川麻呂が号令をかける。
俺は斬られた朝服をマントのように広げ、中から棒苦無(棒状の手裏剣だな。)を取り出して犬養網田の方に投げつけた。
「ぐわ!」
と声を上げて腿に苦無が刺さった犬養網田が倒れる。
「何をしておる!鞍作は長刀を持っていない!間合いを取れば倒せるぞ!」
「誰がすべての刀を道化に渡していたと錯覚していたのだ?」
と俺はいうと懐から短刀…というよりは後の時代の日本刀の脇差を抜き出す。
「え?なにそれ?ズルい。」
と一瞬ぼやいた石川麻呂に一気に間合いを詰めると、俺は脇差をふるって石川麻呂のぼんのくぼを叩く。
「ぐはぁ!」
と声を上げて石川麻呂は昏倒した。
「苦しゅうない。峰打ちじゃ。」
と俺はいい放ち、残る襲撃者の方に向き直る。石川麻呂が昏倒したのをみた襲撃者たちは俺を遠巻きにしている。いや本当にここで中臣鎌子がいて弓を射てきたら危なかったのでよかった。
「エンペラー・ガード!!」
と突然俺は左手を掲げて叫ぶ。
するとそれを合図に真っ赤な鎧に顔も赤い面頬で隠した、赤い陣羽織をマントのように翻した一団の侍たちが朝堂になだれ込んできた。エンペラー・ガード、というのはスター・ウォーズの銀河帝国皇帝親衛隊が真っ赤な衣装だったのでそこから趣味で。
「…あれは噂に聞く『蘇我の赤備え』ではないか。」
「『蘇我の赤備え』完成していたのか。」
ある者は長弓を、ある者は槍を、ある者は刺股を持って蘇我の赤備えは襲撃者たちを取り囲んだ。捕縛するのに便利だから刺股をもたせておいたのだ。ぐはは。
「形勢逆転だな!神妙に縄に着くがよい。」
と俺は言い放ち、襲撃者たちは全員捕縛されたのであった。
「あれが話に聞く大和の侍…」
「見たこともないような武器と甲冑…聞いた以上に恐ろしい兵ではないか…」
と三韓の使者の皆さまが話している。俺はこの時代きっての文化人だから海北の言葉も大体はわかるのだ。
「鞍作りよ、これはどういうことだ。」
と宝女王様が俺に尋ねてくる。
「は。これは私を討つ、と見せかけた大王様を除かんとする国家転覆の陰謀と思われます。」
「なんだと。」
「この石川麻呂がここまで大それた計画を自分で仕切ることができるとは思えません。これから問いただして首謀者を明らかにいたしましょう。今中大兄皇子様と中臣鎌足が調査しているところであります。」
「うむ。良きに計らえ。それと朝堂がこう血生臭くなってはわらわも落ち着かん。鞍作は後で妾のところに顔を出すように。」
「へ?じゃなくて御意。」
こうして三韓の使者の皆様には『お見苦しいところをお見せしたが一旦お引取りを。』と儀礼の仕切り直しを申し渡し、おれはエンペラー・ガードに襲撃者たちを俺の屋敷に引っ立てて行ったのだった。
屋敷では中大兄皇子と中臣鎌子が俺を待っていた。
「ご無事なようで。これで私も中臣鎌足、ですな。」
と鎌子改め鎌足が言ってくる。
「いやどうにか生き延びたよ。」
「あれほど準備をしておいてどうにか、ではないでしょう。しかし赤備えをあえて隠しておいて丸腰に見せかけてわざと襲撃させてあぶり出すとは思い切ったことをなさいましたな。」
「貴殿に襲われるのでなければなんとかなると思ったのでな。」
「それは過大な評価でしょう…私が大臣(鞍作のこと)を討てるとは思いませぬ。」
と言って黙った。
「ところで調べてもらっていた石川麻呂らを唆した人物だが。」
「それは…まず石川麻呂本人に聞いてみましょうか。」
と縛り上げた石川麻呂を尋問する。
「蘇我の大臣を襲おうとしたのは誰の差し金か。」
…うん。鎌足さん超怖い。
「差し金などない!一族の方針に逆らって勝手なことをする鞍作を除こうとしただけのこと!」
と言い張る。鞭で討つなどをして締め上げたが、蘇我倉山田石川麻呂だけではなく、佐伯子麻呂や他の襲撃犯も決して口を割らなかった。俺は一旦尋問をやめて牢に襲撃犯たちを放り込み、別室に移動して中大兄皇子や中臣鎌足と話し合うことにした。
「…やはりこの者たちがこれだけの確固たる意志を持つだけの者が背後にいるということか…」
「…それですが、かの者たちが出入りしているところが我が配下の者が突き止めました。」
「それは?」
「軽皇子様のところです。」
あ。ここの設定『乙巳の変の黒幕は軽皇子(後の孝徳天皇)説だったのね。蘇我鞍作皇極天皇(宝女王)の愛人説といいマニアックなところを拾ってくるわ。
では軽皇子に対してどうしよう、と相談をしているうちに…夜もとっぷり更けてしまった。
「あ。ヤバい。後は明日また!俺は急ぐのだ!!!」
とあっけにとられる二人を残して俺は宝女王のところに急いだ。
「夜来るように。」
と言われていたのをど忘れしていたのだ。
そして待ち受けていた宝女王は怒っていた。
「昼の動乱での妾のこの昂り!待ちぼうけさせおってどうしてくれる!」
とブチ切れた宝女王に俺は襲われ…結局中大兄皇子たちとまた相談できたのは翌日の午後になってしまったのであった。太陽が黄色い。




