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秘密を抱えた政略結婚 ―血に刻まれた静かな復讐と、許されぬ恋の行方―  作者: 雨日
第3章 潮騒の婚礼 ――そして戦が始まる
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城を捨てよ――サカイ行きが告げられた日

争いが終わって、一週間が経った。


サムやイーライは連日、地図を広げては小声で議論している。


戦が終わったはずなのに、城の空気は落ち着かない。


むしろ――何かが動き始めているような、奇妙な気配があった。


ユウは本に目を落としながらも、耳を澄ませていた。


廊下を行き来する足音、報告を持って駆ける兵の声。


そのどれもが、戦中よりも張りつめている。


その日、いつもより遅れてイーライが茶を淹れに現れた。


銀の盆を片手に、少し息を乱している。


「遅くなりまして、申し訳ありません」


「構わないわ。・・・それより、イーライ」


ユウは、彼の仕草を見ながら静かに尋ねた。


「城の外では――何が起きているの?」


イーライの手が、一瞬止まる。


茶器のふちで指先がわずかに震えた。


「・・・ご心配には及びません」


「答えて」

ユウの声は穏やかだったが、逃げ道を与えない響きを持っていた。


イーライは小さく息を吐き、視線を落とした。


「・・・キヨ様が、新たに“中央の地”を治める準備を始められたようです」


「中央の地?」


それは、この国ではミヤビと呼ばれる地だった。


「はい。サカイと呼ばれる場所です。かつては港と市場しかなかったのですが、

いまでは国の商が集まり、いずれ“ミヤビ”を越えるとまで言われています」


「では・・・この城は?」


イーライはしばらく迷い、やがて静かに答えた。


「違う領主が暮らすことになります」


「えっ」


「ユウ様も・・・サカイへ移られることになるかと」


一瞬、時が止まったようだった。


ユウは微笑もうとしたが、唇がうまく動かなかった。


「・・・そう。だから皆、慌ただしいのね」


「はい。安全な旅路を確保するために、準備を進めております」

イーライは頭を下げた。


「イーライもサカイに行くの?」


「ええ。もちろんです。道中はお任せください」


その声に、かすかな温度があった。

職務の報告ではなく、彼自身の“決意”のような。


「・・・頼りにしているわ」


その言葉に、イーライの肩がかすかに震えた。


何気なく話すユウの言葉に、動揺してしまう自分を抑える。


イーライの揺れた眼差しを、部屋の片隅でシュリは静かに見つめていた。



◇ ワスト領 レーク城跡


月日が飛ぶように過ぎていき、いよいよ、明日はロク城を離れる日になった。



午前中、ユウとウイ、そして乳母たちは、レーク城の跡地へと馬車を走らせた。


「サカイに行ったら・・・気軽にここには来られないのよね」

馬車から降りたウイは、寂しげにつぶやく。


早朝に摘んだ野の花で作ったリースを、

かつて城の玄関があった場所にそっと置いた。


「そうね」

二人は馬場に向かって、ゆっくりと歩いた。


眼下には、広大なロク湖がきらめいていた。


「ここの景色が一番好き」

ウイは、かつて母がそう言った口調を真似してみせる。


ユウは微笑んで、遠くを見つめた。


「・・・父上と一緒に見たから、母上はここが一番好きだったのね」


風が頬を撫で、湖面の光がちらちらと揺れる。


「母上のように・・・好いた人と結ばれたい」

ウイがぽつりと呟いた。


その声には、まだあどけなさが残っている。


けれど、その願いは姫としての定めを知る少女の小さな祈りでもあった。


――いずれ、知らぬ領主のもとに嫁ぎ、家を繋ぎ、子を産み、静かに生きる。

それが姫の宿命。


それでも、幼い頃に見た両親の姿は、

ふたりにとっての憧れの形であり続けていた。


「争いも終わったし・・・いよいよ私たちも、嫁ぐ時が来るのね」

ウイが小さくため息をつく。


「ずっと・・・一緒にいられると思っていた」

ウイの声は震えていた。


「父上も・・・母上も・・・そして、レイまで」

そこから先の言葉は、ウイは言えなくなった。


「たとえ・・・逢えなくても」

ユウはそっと、妹の手を取った。


「忘れた日は1日もないわよね」

そう呟き、ユウの手をぎゅっと握りしめる。


涙に濡れた群青色の瞳の妹を見つめる。


「離れていても、逢えなくなっても、お互いのことを想っている。

生きていれば・・・また逢える日が来る」


その言葉は、ウイにというより、自分に言い聞かせるようだった。


「信じましょう」


ユウが呟いた言葉にウイは静かに頷いた。


二人の視線の先には、

母が愛した湖と、父が築いた城の跡が、穏やかな光の中に眠っていた。


風が吹き抜け、花のリースがわずかに揺れた。


それは、過ぎ去った日々の息吹のように、優しくきらめいていた。


次回ーー明日の20時20分


ロク湖の光を胸に刻み、ユウは旅立つ。


守りたかった場所、

手放さなければならない過去、

そして――そばにいると誓ったシュリ。


だがサカイの城に灯る明かりは、

彼女の運命が静かに形を変え始めている証だった。

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