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聡い女 聡い家臣 ――沈黙の中で交わる理と痛み

「お話をしたくて伺いました」

ユウの瞳が、真っ直ぐにキヨを射抜いた。


後ろでエルがビクッと肩を震わせる。


「先ほど、サムから聞きました。レイをロス家に嫁がせるおつもりだと・・・」

その言葉に、ミミが驚きの声を上げた。


ユウの冷えた瞳と、ミミの揺れる瞳に挟まれ、

キヨは屈託のない笑みを浮かべた。


だが、その笑みは怯えを隠す仮面のようだった。


「そうだ。 レイをセージに嫁がせることにした。

 ゼンシ様の甥と姪が結ばれれば、モザ家の結束も固まる。 ――めでたい話じゃろう?」


ユウはゆっくりと顔を上げた。


「・・・結束」

一度、息を整えるように間を置く。


「けれど、それは“モザ家”の結束でしょうか」

青い瞳が、氷のように光を放つ。


「それとも、キヨ様のご都合でしょうか」


その言葉に、弟のエルが慌てて口を開いた。


「ロス家は・・・立地が良い場所にあります。北の街道を押さえる要。

そこにモザ家の姪と甥が結べば、ジュン様も軽々しく動けません」


話しながら、背中に冷や汗が流れた。


黙って聞いているユウの青い瞳を見るたびに、自分がいかに小さき人間かを思い知らされる。


――この姫、やはり苦手だ。


そう思いながらも、エルは必死に言葉を紡いだ。


「モザ家の結束こそが、世の平和を作るのです」


「よう言うた、エル!」

キヨは満足げに笑い、グラスを掲げた。


それを、ミミが静かな眼差しで見つめている。


「そうだ! わしはこの世から争いをなくしたいのだ!

そのために、モザ家の血を結び直す。名分が立てば、領民も領主も皆、納得する!」


ユウは目を細めた。


「名分。つまり、“見せかけ”ということですね」


その一言に、キヨの笑みがわずかに止まった。


「レイが嫁ぐことで、モザ家の名はあなたのもとに下る。

けれど、その結束は“モザ家のため”ではなく――ジュン様を封じるため、そうではありませんか?」


グラスが卓に置かれる音が響く。


キヨの笑みは消えぬままだが、目だけが冷たく光った。


「・・・ユウ様は、聡い女だな」

その声は、称賛ではなく――警告の響きを帯びていた。


キヨの低い声が静まったあと。


部屋の空気は、重く沈黙したままだった。


ミミはグラスを見つめたまま、何も言わない。


ただ、その手がわずかに震えている。


――その沈黙が、ユウの言葉よりも雄弁だった。


「姫は、領のため、民のため、嫁ぐことは承知いたします」

ユウは毅然とした瞳で、まっすぐにキヨを見つめた。


「私も・・・妹も、幼き頃からそのような教育を受けてきました」


その言葉に、キヨは満足げに、そしてエルは安堵の表情を浮かべる。


「私も命を受けたのなら、喜んで嫁ぎます」


背筋を伸ばし、まるで母シリのような静けさで立つユウ。


その姿を見つめながら、シュリは唇を噛んだ。


――やはり、この方は強い。


「・・・さすがは、シリ様の娘だ。素晴らしい」

キヨは満面の笑みを浮かべた。


だが、次の瞬間。


「けれど、納得がいきません」


ユウの声が鋭く響き、部屋の空気を一変させた。


妾のメアリーが息を呑み、ミミがわずかに目を見開く。


「なぜ、レイなのですか?」

ユウの声は震えず、凛としていた。


「嫁ぐのなら、長女である私がロス家に参ります」


その一言で、場の空気が凍りついた。


「・・・いや、それは・・・」

キヨが視線を逸らす。


そして、助けを求めるように弟エルへと目をやった。


――俺に振るな、兄者。


エルは無言で瞳を返す。


ーーユウ様が好きだから、手放したくないだけだろう。

言葉にはせずとも、視線がそれを伝えていた。


無理だ。


理由を口にすれば、今度はミミ様の逆鱗に触れる。


エルは慌ててサムに助けを求めるように視線を移した。


だが、サムも強張った顔で首を横に振る。


ーー私も無理だ。


その顔がすべてを物語っていた。


沈黙の中、ユウだけが淡々と話を進めた。


「お相手のセージ様は十九歳。十四の私の方が、釣り合いが取れています」


その横顔に、キヨの脳裏にゼンシの面影が閃いた。


――あの、決して屈しない眼差し。


ユウは顎を上げ、堂々と告げた。


「ちょうど良いではありませんか。私が、嫁ぎます」


その言葉は、挑発でも逆らいでもなく、冷徹な理と、静かな決意の宣告だった。


「・・・いや、それは」

キヨの声がわずかに揺れた。


だが、ユウはその隙を見逃さない。


「嫁ぐからには、このトミ家のために、全力を尽くします」

その声は澄んでいて、ひとつの決意のように響いた。


誰も反論できなかった。


その沈黙を破ったのは、部屋の隅に控えていたイーライだった。


「ユウ様」

控えめな声が、静かな空気を震わせた。


「ロス家は要とはいえ・・・小領でございます」


「それが、何か?」

ユウはゆっくりと顎を上げ、鋭くイーライを見据える。


「・・・キヨ様は、ユウ様を嫁がせるには、もっと強領で権力ある家に結ばせたいと、お考えなのです」


その黒い瞳は、真っ直ぐにユウを見つめていた。


「なぜ?」

短い問い。


だが、その一言にすべての重みが宿る。


イーライはほんの一瞬、視線を落とし――静かに答えた。


「それは・・・ユウ様が、お美しいからです」


部屋の空気が、かすかに動いた。


ユウの肩が、ごくわずかに揺れる。


年頃の青年に、容姿を褒められるなど――この城に来てから一度もなかった。


イーライもまた、自分の言葉の重さに気づき、わずかに息を詰めた。


それでも、彼は視線を逸らさず、言葉を続ける。


「キヨ様は・・・ユウ様を“切り札”にしたいのです。

 いざという時に、国と家を繋ぐための――最後の手として」


ユウの瞳がゆるやかに細められた。


その瞳の奥に、怒りとも哀しみともつかぬ光が宿る。


「・・・あなたは聡いのね」

声は冷ややかだったが、指先は微かに震えていた。


そして――その静けさの中で、誰も、ミミの震える指先に気づかなかった。


次回ーー明日の9時20分 ※木曜日と日曜日は2回更新


妹の婚礼をめぐり、妃ミミが声を上げた。

「女が政に口を出すな」と笑う男たちの前で、

ユウは静かに告げる――「ならば、私が嫁ぎます」。

理不尽な世界に抗う姉の瞳に、亡き母シリの光が宿る。

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