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信者の出来上がり

「はぁ……」


 それは嫌になるくらいの雨続きの日々が終わりを迎えようという時期。

 私、黒瀬美琴(くろせみこと)は未だ真新しい中学の制服に身を包み、地面に点在する水溜まりに視線を落としながら帰路に就いていた。


 疲れました。


 今の私を一言で集約するならば、この言葉以外にないだろう。たかだか中学一年生のガキンチョが何を悟ったようにと大人からすれば鼻で笑われるかもしれない。思春期に差し掛かった子供の戯言だと一蹴されるかもしれない。


 例えそうだとしても私は声を大にして言いたい。


「……疲れました〜!」


 雨上がりの、気持ち良いくらい晴れ渡った空に精一杯想いを叫ぶ。ついでに杖替わりについていたビニール傘も空へ向かって掲げる。


「……ばんっ」


 数百円の安物の傘をライフルに見立て、太陽を撃ち抜く。反動も付け足して、先っぽをはね上げることも忘れない。

 これであの太陽を破壊出来て、今の硬っ苦しい生活を打破してくれたらどんなにいいか。


「……はぁ」


 こんな小学生みたいな真似を私はいつまで続けるのだろう。

 お母様からは、明日の授業の予習を済ませておくように言いつけられている。並行して今日の授業内容の復習も。なんで同級生のみんなは楽しそうに日々部活しているのに、私だけ習い事と勉強を延々とループさせなければいけないんだろう。……同じ家族でもおにいさまとは雲泥の差だ。


 私は疲れた。

 周囲からの期待や羨望の眼差しに。


 お母様は私を優秀な子だと思い込んでいる。おにいさまは私を真面目な妹だと思い込んでいる。同級生は私を勉強が出来る優等生だと思い込んでいる。


 違う。何一つ合っていない。

 本当の私はそうじゃない。


 勉強なんて大っ嫌いだし、もっと遊びたい。友達とゲームして、恋バナをして盛り上がりたい。

 こんなのは私じゃない。


 もう疲れました。

 一体いつまで周囲の期待に応えるために身を削る必要があるんです?私は……お人形さんじゃないんです。

 かと言って、面と向かって拒否する勇気もない所が何とも救いようがないんですけどね。


 でもそろそろ限界。

 明日……明後日。はたまた来週。もしかしたら今日の夜。おそらく近々ポッキリと心が折れてしまうだろう。


「……」


 家に帰りたくない。

 今この瞬間、強く、そう感じた。


 私の足が家とは全く違う方向に進み出すのにそう時間はかからなかった。



* * *



 フラフラと東町に来た。

 ここは空き家が多いことで有名だ。同時にあまり治安が良くないのも知られている。


「何やってるんでしょう……」


 何故私はこんな場所に。門限の時間が迫っている。仮に今この瞬間思い直して、必死に家に向かったとしても間に合わないだろう。


 そう、私は。


「家出……しちゃいました」


 非行を経験するなんて想像もしなかった。お母様の言いつけ通りに毎日を過ごしていれば現状には至ってなかったはずなのに。おにいさまの期待通りに真面目で居られればこんな気持ちにならなくて済んだのに。でも私は……。


 私は、私です。

 『お母様の娘』じゃない。『おにいさまの妹』じゃない。私は『黒瀬美琴』です。そこに疑問が介入する余地はないはずです。


 悔しくて哀しくて、でも期待に応えられない自分が情けなくて。

 ぐちゃぐちゃに混ざり合った感情が導いたのは、一軒のボロ屋だった。


「……ここは」


 雨に晒されて黒く変色した外観。ヒビが入っており今のにも砕け散りそうな窓ガラス。少し大きめの二階建ての一軒家。

 見るからに汚い。カビだらけの湿った見掛けは此処が空き家であることを確信させる。


 不快感はある。

 だけど。


「……なんだか落ち着く気がします」


 これからどこに行こうかと思っていたけど、ここなら悪くない。もしかしたら住居不法侵入などの罪に問われるかもしれないけど、許して欲しい。私にはもう行く場所がない。


「お邪魔します」


 恐る恐る正面玄関から家屋に入る。

 ……思ったより綺麗だ。若しかすると、空き家になってからそう時間は経っていないのかもしれない。それなら好都合。


 1番大きな部屋……恐らくリビングの隅っこに膝を抱えておしりを落とす所謂体操座りをする。床には埃っぽい絨毯が敷かれている。普段なら不潔で座る気にもならないが、今は特に気にならない。


「……これからどうしましょう」

 

 何の信念も、計画も、覚悟も無くこんな所まで来てしまった。腕時計をチラリと見る。現在時刻は門限を少し過ぎたといったところ。私は門限を破ったことがないので、若しかしたらお母様は心配しているかもしれない。最善手は今すぐ帰ること。

 騒ぎになれば色んな人へ迷惑を掛けることになる。それは私の望むところではない。


 ……けれど私は……。帰りたくない。


「……」


 やりたい事とやらなければいけない事。私の想いと周囲の思い。交錯してぶつかり合って、壊れて。もう何が正解なのか分からない。


「誰か……助けてください」


 この(わだかま)りを晴らしてくれる。そんな人が居れば私は……。



『ガタガタ』



「……っ!」


 唐突な音に肩がビクリと大きく跳ねる。同時に心臓も一度大きく跳ねた。

 

 だ、誰か来たんですか?空き家じゃなかったとか!?どうしましょう……!!


 わたわたと視線を左右に振ることしか出来ない。そうこうしてる内にある人物が現れた。


「相変わらず汚ねぇな。……あ?」


 悪態をつきながらこの家に入ってきたのは男の人だった。ビニール袋を片手に、見慣れた制服に身を包んでいる。

 

「……何でここに子供が?」


 ……キレイな人。


 髪の毛はどこまでも黒く、それでいて上品な香りが漂ってきそう。先の銀髪は黒と対比するように輝いていて存在感をアピールしている。私の存在を疑問に思い、片眉を上げるもそれすらも様になっていて……。


「……おい」

 

「……ふぁいっ!?」


 ぼんやりと眺めていると、いつの間にか超至近距離まで男の人が近付いており、覗き込むように私の顔を見ていた。


「何故子供がこんな所にいるんだ?」


「あ、す、すみません!てっきり空き家かと思いまして勝手に入り込んでしまいました!すぐに出ていきますので!すみませんすみません!」


 まずいまずい。やはりこの家はこの美人な男の人の家みたいだ。不法侵入……それに男の人の家となると、通報は免れないかもしれない。私は必死に頭を下げる。


「……いや、ここは空き家で合ってるぞ?ただ俺が偶に勝手に拝借しているだけだ」


「あ、そ、そうでしたか……。しかしご迷惑なので私は失礼しますね。すみませんでした……」


 どうやら空き家で合っていたみたいだ。ただ先客がいたということ。この見たことも無い程美人な男の人と話したい気持ちはあるけど、邪魔になるといけないので早々に退散しようと思う。


 ……思ったんだけど。


「……いや、居ていい」


「え?」


「居ていいって言ったんだよ。あとここは土足禁止だ。靴を脱いで上がれ」


「あ、えと、すみません」


 よく分からないけど、何故か許可を得てしまったみたい。ペコペコと何度も頭を下げながら男の人の横を通り過ぎて、玄関に靴を置きに行く。

 ……空き家の割に綺麗だったのは、あの人が偶に来て掃除をしているからなのかもしれない。小汚い絨毯を敷いたのもあの人かな。


 靴をきちんと揃え、リビングに戻ると男の人が絨毯に腰を落とし、ビニール袋をガサガサと音を立てながら漁っていた。


 私も、遠慮がちに男の人の隣に控えめに腰を落着ける。おにいさま以外の男の人とこうして部屋に二人きりなど初めてのことなので少し緊張してしまう。


「……」


「……」


 何を、すればいいんでしょう。

 居ていいとは言われたものの、私はここに目的を持って来た訳では無いですし……。

 ビニールの音だけが部屋に響きます。


「これ、食っていいぞ」


 男の人がビニール袋の中から出したであろう、スナック菓子、グミ、炭酸ジュースなどを床に並べる。こういった嗜好品はお母様に制限されていたため、私からすれば宝の山のように見える。


「……ごくり。い、いいんですか?」


「あぁ」


「あ、ありがとうございます!」


 スナック菓子を口いっぱいに頬張る。おいしい、おいしい。夢みたいだ。2本あるジュースのうち一本をとりがぶ飲みする。美味しい。炭酸なんて初めて飲んだけど、思ったより刺激が強くて驚いた。


「お、おいひぃです!」


「……そうか」


 ……それにしてもこの男の人は何故こんな場所を定期的に訪れているのでしょう?いや、いつまでも『男の人』では失礼ですね。


「……ごくん。……良ければ名前をお伺いしても宜しいですか?」


「……あー、仁だ。前原仁」


「前原仁さん、ですね。私の名前は」


「あーいやお前は名乗らなくていいぞ。人の名前を覚えるのは苦手だし、俺が人を名前で呼ぶこともあまり無い」


「……そうですか?」


「あぁ」


 前原仁さん、ですか。おにいさまがよく友人である『ジン』さんの話をします。それにこの仁さんが来ている制服はおにいさまが通う中学校のものです。ちなみに私はおにいさまとは違う中学校に通っています。

 兎に角、この仁さんは、おにいさまの友人である『ジン』さんと同一人物だと考えていいでしょう。


 ……美少年だと話には聞いていましたが、これ程とは聞いてません。あと性悪だとも聞き及んでいるのですが……とてもそうは思えません。男の人の割にとても紳士的な方に見えます。


「仁さんは……何故ここに定期的に来ているのですか?」


「……そうだな、楽だからだな」


「楽、ですか?」


「あぁ。俺は女は嫌いなんだ」


 えっ!?


「あ……す、すみません」


「ん?あー、お前はいいぞ?女が嫌いなのにはちゃんと理由があるからな」


 仁さんはスナック菓子を1つ2つと口に放り込み、咀嚼しながら遠い目を浮かべる。そしてジュースを一気に飲み干した。

 タイミングを見計らって私は尋ねる。


「理由を伺っても……よろしいですか?」


「……女はな、俺を見ようとしないんだよ。俺は生まれたくて男に生まれた訳じゃないし、こんな顔も望んで手に入れた訳じゃない」


「……」


「だが女は、俺を『俺』じゃなく、『価値ある男』『稀有な容姿の男』『自分の誇れるパートナー』それらでしか見ようとしない。もうたくさんなんだよ。だからこの空き家に逃げてる。……どうだ?難しかったか?」


「……いえ。ありがとうございます」


 同じ、だ。

 私とそっくりそのまま同じ。いや私と違ってこの人は男の人だ。きっと私なんかには到底想像出来ないような苦労を沢山しているに違いない。


「……理由は聞かないが、多分お前も似たような感じでここにいたんだろ?だから居ていいっつったんだよ」


「……私も女ですが、よろしいのですか?」


「お前は子供だからな。まだ色恋とかは早いだろ」


「そ、そうですか」


 何だかバカにされた気分だけど、深くは追求しない。

 ……この人は優しそうだし、少し突っ込んだ質問も許されそうだ。試してみよう。


「不躾なのですが……仁さんが『性悪』という噂を聞いたことがあるのです……」


「あぁ間違ってないぞ。女は出来るだけ近づいて欲しくないからな。別に演技をしているとは言わんが、冷たくあしらってる」


「……そういう事だったんですね」


「(……まぁ桜咲(おうさき)にはやり過ぎたかもしれないな)」


「はい?なんですか?」


「いや、なんでもない」


「そうですか?」


 仁さんは……噂のような人じゃない。こうして会話を交わしているとこの人の為人(ひととなり)が明確に理解出来る。仁さんのことを……もっと、もっと知りたいと思った。


「仁さんは何時までここにいるんですか?」


「特に決めてないな」


「そうですか。……良ければ話し相手になってくれませんか?私が満足するまで」


「……お前意外と図々しいな。まぁいいぞ予定もないし」


「……やった!ありがとうございます」


 それから私達は何時間も何時間も言葉を交わした。思った通り仁さんはぶっきらぼうで素直じゃなくて、少し乱雑なところもあるけど、人間性に芯があって素敵な……本当に素敵な人だった。

 現実なんて忘れていつまでも没頭していたかった。それくらい楽しかった。




「……あれ?」


 気が付けば私は眠っていたみたいだ。光が窓から差し込み顔を照らす。


「……眩しい。……眠い、です」


 目をこすりながら体を起こす。埃っぽい空気に思わず顔を顰める。

 ここは何処?私の部屋ではない。確か……。


「……ッ!仁お兄さま!?」


 そう、私は昨日家出をしてこの空き家に辿り着いた。そして仁さんに出会ったのだ。夢じゃない。幻じゃない。そんなはずなんてない。


 辺りを急いで見渡すも、壊れかけの家具が目に入るだけで人の気配はない。


「……」


 気落ちして、項垂れる。

 その時、私を包む肌触りの良い暖かな毛布に気が付いた。明らかにこれだけこの部屋では浮いており、新品であることが分かる。


 これは……。


「……仁お兄さま」


 あの人しかいない。

 私が眠ってしまったから、毛布だけ掛けて帰ってしまったのだろう。起こしてくれればいいのに、でもそこがまた仁お兄さまらしいというかなんというか。


 小さな子供をこんな空き家に1人置いていくなんて、なんて酷いんですか。変な所で優しさを見せて、本当に卑怯な人です。


 でも……本当に素晴らしい方でした。


「仁お兄さまぁ……」


 毛布に顔を埋める。

 天使みたいな容姿で、小悪魔みたいな性格で。思慮深くて、芯があって。

 私の悩みを沢山聞いてくれて、肯定も否定もしてくれなかったけど、きちんと聞いてくれて。同じような悩みを持つ同士だからって、諭してくれて。尊敬を超えて崇敬している。とても、とてもお慕いしている。

 本当に救われた。私の悩みなんて悩む価値もないちっぽけなものだと悟った。あの方が居れば、頑張れる。あの方は……。


「……ッ!?」


 そうか、あの方は。



 神が遣わした天使なのだ。



 そう考えると辻褄が合う。あの少しの輝かんばかりの銀髪も、溢れ出る神気か何かの影響だろう。女が嫌いなのも、仁お兄さまが仰っていた理由もあるのだろうけど、本命は……俗世で天使が子を成す訳にはいかないという理由だろう。その為心を痛めながらも冷たく接しているのだ。恐らく、私の初潮がまだということを見抜いており、生殖機能が未発達のため、私相手には特例として接してくれたのだろう。


「なんて……なんてことですか」


 事ここに至って私は衝撃の事実に辿り着いてしまった。昨日までにこの結論に至れなかった自分が恥ずかしい。無礼な態度を取ってしまってないだろうか?


「こうしてはいられません」


 早く帰宅して信仰を捧げないと。

 忙しくなってきました。


 私は昨日までの悩みなどすっかり頭から抜け、仁お兄さまだけの事を考えながら帰路についた。


 天使様にお会いした感激で、玄関でおにいさまに会った時泣いてしまったのはご愛嬌だろう。


 はぁん。仁お兄さま……。



 私は……美琴は、あなたをお慕いしております。

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