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兄の想い

 生温い風が肌を撫でる。この辺りは流石に駅前よりは風が強く吹いているみたいだ。


 10分か……15分か。少し歩いた私達は暗く、離れた街灯でしか照らされていない河原に到着した。

 結局クラスメイトのほとんどの人が付いてきたようだ。性格が最悪だったとはいえ、腐っても顔は超絶美形。特殊な性癖のファンは多かったし、何より雰囲気が昔と違いすぎて何があったのか皆気になって仕方がないのだろう。それに前原が来ることを期待して同窓会に出席していた人もいるはずだ。


「……着いたよ。黒瀬くん……その美琴ちゃんの事を教えて欲しい。包み隠さず全て」


 移動中に名前を知ったのか、前原が話の続きを促す。……というか目の焦点あってるのか?あいつ。何だか意識が朦朧としているみたいだ。本当に今こんなことをしていていいのだろうか?現状に流されるまま付いてきてしまったけど、確実に救急車を呼んだ方がいいだろこれ。

 ヒナも同じ考えなのか、スマホを出したりしまったりしている。そうだよな、ヒナは優しい子だからな。そうなるに決まってる。


「はっ!ああいいぜ。教えてやるよ俺の妹の話をな」


 額に青筋を浮かべながら黒瀬が語りだした。……こいつは、救急車呼ぶとかいう考えは一切ないんだろうな。


* * *



「美琴が帰ってこない?」



 俺が中学3年生の夏に差し掛かる頃。俺の2つ年下の妹、美琴が門限の時間を過ぎても帰宅しない事を母親に伝えられた。


「ええそうなのよ。門限を守らないような子じゃないんだけど……」


 そうだ。あいつは遊び歩いてうっかり時間を守れないなんて性格じゃない。生真面目で物事の約束を守る何処までも出来た妹だ。


 当時の俺は悪友とも呼べる仁と好き勝手していて、美琴は俺なんかとは正反対の優等生の鏡みたいなやつだった。そんな歪な兄妹だったが、美琴は俺を『おにいさま』と呼び、慕ってくれる世界一可愛い妹だった。仁の影響か、女に良い印象を抱いてない俺が愛せたのはそんな妹と母親の2人だけだった。


 実を言うと、美琴が帰宅しない事を告げられた時少し嫌な予感はしていた。

 ただそれを認めたくなかったし、信じたくもなかった。だから、


「……あ〜、まぁそのうちひょっこり帰ってくるだろ。あいつももう中学生だしな」


 こんな発言が出てしまった。


 この時の俺を、今でも殴り飛ばしたいと強く思う。何故軽く考えたのか。何故妹を想いながら、行動に移さなかったのか。後悔は絶えない。


 案の定、その日美琴は家に帰ってこなかった。

 いよいよ大事ということなり、母親が警察に捜索願いを出した。


 ここに来て俺は初めて事の重大さに気が付いた。

 焦りに焦り、その日は夜通しで近所を探し回った。公園、路地、24時間営業の店舗。考えられる全ての場所を回った。


 心配に心配が重なり、母親は疲弊し、髪はボサボサで風呂にも入らなかった。正直見るに堪えない有様だった。俺も徹夜で探し回ったが、美琴は見つからなかった。


 ……美琴に何かあったのかもしれない。これは単なる迷子ではない。

 警察から連絡もなく、いよいよ焦りがピークに達しようとしていた。


 そんな時だった。


「……ただ……いま」


 美琴が1人で家に帰ってきた。

 その辺の記憶は酷く曖昧だが、これでもかと強く抱き締めたことだけは覚えている。一目見た美琴は、服も肌も薄汚れていた。俺が抱きしめた瞬間、『……おにいさま。おにいさま。……おに"いざまぁあ!!!』と糸が切れたかのように泣きだし、強く、強く抱き締め返してくれた。


 俺はこの妹を一生大切にしていくと心の底から誓った瞬間だった。


 それから1晩中どこでなにをしていたのか、美琴が落ち着いた2日後だったか、それくらい経ってから質問した。


「……」


 しかし美琴は全ての質問に答えようとしなかった。あくまで美琴に刺激を与えないようにゆっくりと丁寧に質問を重ねて行った。


 それでも残念ながら多くは語ってくれなかった。ただ、大まかな場所だけは辛うじて聞くことが出来た。


『東町から川沿いに歩いて家に帰ってきた』


 美琴はそう言った。


 『東町』ここは、駅からも遠く、昔大規模な火災事故があった場所で当時空き家が多く点在していた。雰囲気も暗くジメジメした場所のため、人もあまり寄り付かないような町だった。


 何故そんな場所に居たのか。それは聞いてもおそらく答えてはくれない。だからそれを聞くことはしない。しないのだが……。東町か。


 東町と言えば、仁がよく学校帰りに向かっていた。何をしにあんな町へ行っているのかは知らないが、曰く『1人になりたいから空き家を拝借している』だそうだ。


 望み薄だが、


「仁に聞いてみるか……」


 当時の俺は何となしに呟いただけだった。何か犯人に繋がる情報でも知らないかと。

 しかし仁の名前を出した瞬間の、美琴の反応は劇的だった。


「……ッ」


「……どうした?美琴」


「……」


「……仁が、前原仁がどうしたんだ?」


「……ッ!!!」


 その時美琴は隠そうとしていたのかもしれない。しかし傍から見ればそれは一目瞭然だった。妹は確実に前原仁の名前に反応していた。


「……美琴。仁と何があった?」


 仁の名前を再度出すと、美琴は首をフルフルと左右に振り拒絶の意を表す。……おい、冗談だろ?そらあいつは外道だし、女は嫌ってるし、間違っても聖人じゃない。だからと言って、流石に、な。


 この時俺はまだ信じていなかった。信じられるはずなんてなかった。仁は、腐っても俺の友人。そのハズだった。


「仁が何か知ってるんだな?よし、じゃあ俺があいつに……」


「やめて……」


「……ん?」



「仁お兄さまは……



 仁お兄さまは、素晴らしい慈愛の心を持った人格者です。あの方は必ずやこの人類を安寧へと導いて下さる神が遣わした天使たる人種なのです。私共のような下賎な輩があの方の栄誉ある名を呼ぶなど甚だ間違いであると何度も進言したのですが、仁お兄さまは何も気にしなくていいと、好きに呼ぶといいとそう仰られました。私は感銘を受けたのです。私のような一般人は仁お兄さまに容易に会うような真似は出来ませんが、せめてこの地から信仰を届けたいと考えているのです。ですからそんな仁お兄さまの事を呼び捨てになど間違ってもしないで下さいおにいさま」



 ……。



 ……………。




「……!!?」



 仁は友人だ。


 その友人を疑いたくはなかった。なかったが、美琴のこの様子は最早疑いようがなかった。


「……お前……仁に何をされた?」


「……ッ!!仁お兄さまの事を呼び捨てにしないで下さい!」


「あいつに拉致されて1晩かけて洗脳でもされたのか?おい」


「……!!!おにいさまなんて大っ嫌いです!!」


 美琴はそこでパタリと口を聞いてくれなくなった。そしてそれ以上聞いても妹は何も語ろうとはしなかった。仁……俺の妹に何をした?次に仁が登校した時に真偽を確認しようと思っていた。だが、それ以後仁が学校に来ることはなかった。


 俺の妹をあんな風に洗脳したから、兄である俺からの追求を恐れて学校に来ないんじゃないか?


 証拠なんてない。ないが、日に日にその根拠なき疑念が膨らんでいった。美琴は仁について聞こうとすると直ぐに何処かに逃げるようになったし、無理やり聞くのも気が引けた。美琴の自室は、仁の隠し撮り写真やラブレターのような手紙で溢れ返り、鳥肌が立ちそうだった。


 1年経った今でも真実は分からない。

 仁が美琴に何かしたのは間違いない。それなのに俺は仁の自宅の場所も、スマホの番号も知らない。だから妹があんな姿になっていても見守るしか俺は出来なかった。

 

 俺の愛する妹に何をしたんだ、仁。



* * *



「そんな時に舞い込んできたのが同窓会の誘いだ。最初は行く気なんて全くなかったが、後に仁、お前が来る旨が追加事項で送られてきた。これは行くしかないと思ったよ」



 黒瀬が息を切らしながら長い話を終える。クラスメイト達も息を呑み、悲痛な表情を浮かべる者、信じられないような目で黒瀬を見る者など反応は様々だ。



 ……。



「え?」



 ……いや、え?

 ごめん、何の話?


 洗脳っていうか……前原を見た女が今の話の美琴ちゃんみたいな狂信者になる事など少なくない。寧ろよく聞くまである。とどのつまり、これはただのシスコンの兄の癇癪(かんしゃく)であり、嫉妬だ。

 ただまぁそれでも確かに1晩行方が分からなかったのは解せない。美琴ちゃんが無事だったなら良かったとは思うんだけど。


「美琴ちゃん……気持ちは分かる」「黒瀬くん……どんまい」「うわぁ……1年も妹を取られたこと根に持ってるとか引くわぁ」


 周りのクラスメイトたちが好き放題呟く。おい、黒瀬に聞かれたら非常にまずいから黙っとけ。


「なぁおい。どうなんだ?」


「……」


 静かに話を聞いていた前原を黒瀬が問いつめる。確かに私達は軽く考えてしまってるが、美琴ちゃんが1晩行方不明で、それに前原が関わってる事は間違いないんだよな。それに帰ってきた妹が突然狂信者に変貌しているときた。兄からすれば前原が何かしたんだと思い込むのも分からないでもない。


「……ごめんね、話を聞いても思い出せなかった」


「……あぁそうか。あくまでしらを切るんだなお前は。もういいぜ、体に聞くからよ」


「……」


 え、ちょっと!

 ヒートアップしてしまったのか、黒瀬が拳をパキパキと鳴らしながら1歩ずつ前原に近付く。一体何考えてるんだあいつ。前原の出血が目に入ってないのか?死にかけみたいなもんだぞ。


「……良ければ、その美琴ちゃんに会わせて欲しい。そうすれば何か分かることが……」


「ほざけ。これ以上美琴がおかしくなったらどうする?取り敢えず殴られとけや」


 本気!?

 黒瀬は、180センチはあるであろう巨体の体重を遺憾無く発揮し、重さを乗せた拳を前原へと振りかざす。


 クラスメイト達の悲鳴が聞こえる。彼女達もこれが冗談ではない事に今更気づいたみたいだ。

 前原はと言うと、自らが殴られる寸前にも関わらず、振るわれる拳を静観している。殴られても仕方がない、そう言わんばかりに。


「ちょ、やめ━━━━━」




「やめてッ!!!!」




「「!!」」


 私が声を発し静止させようとした瞬間、一際通る甲高い声が私達の間を駆け抜けた。その発声源はすぐ隣。


「ヒ、ヒナ?」


 こんな大きな声聞いたことない。性格が変わってしまう前の明るいヒナの時も。

 あまりの声の大きさに、黒瀬も動きを止めている。


「み、美琴ちゃんの一件なら、私が説明できるよ。本人から……き、聞いたから」


 ……そっか。ヒナは黒瀬の妹と仲が良かったわけだし、何かしら話は聞いてるかもしれないな。それにしてもヒナがあんな声を出すなんて。……勇気を振り絞ってよく頑張ったな。


「……ああ?桜咲が?……そういや仲は……良かったか。分かった、聞いてやる」


 黒瀬は納得したようで、振り上げていた拳を下ろす。

 ふう。取り敢えずは一安心だな。いきなり殴り掛かるとか原始人かこいつは。




「う、うん。じゃあ話すよ。」

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