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遅刻の定義

「楽しかった〜!」「ね!みんなすっかり変わっちゃっててビックリした」「え〜?陽茉莉(ひまり)が1番変わってたよ!」「絶対ウソ!(あおい)もイメチェンしてるし!」


 週末の夜の喧騒に包まれた駅前。心底楽しそうにバカ騒ぎしている大学生集団。飲み屋をハシゴしているのか、休日出勤終わりであろうスーツを着て気持ちよさそうに酔っ払っているおばさん達。家族で外食なのか、手を繋ぎながら仲睦まじく目の前を通り過ぎていく親子。

 

 私はふと空を見上げる。

 暗く、目を凝らさなければ分からないが、恐らく曇り空である。夏の夜の少し湿った空気と相俟ってあまり明るい気分にはなれない。


 隣では、嘗ての級友……中学時代の同級生達が同窓会を終えて、店の前で談笑をしている。今回の幹事は私、星宮真紀(ほしみやまき)。当初は何のことは無く、ただの思い付きで企画したものだった。


 しかし、忘れもしない3週間前、例の悪魔前原仁(まえはらじん)と邂逅した事により、今回の同窓会には特別な意味が生まれた。二度と思い出したくはなかったが、なんでも前原は記憶喪失という不可解な状態に陥っているという。そしてあいつが傷付けた私の親友である桜咲雛菊(おうさきひなぎく)……ヒナに同窓会で謝罪をすることを確約させた。

 ヒナは1年前まで明るく活発的な……抱き締めたくなるくらい純粋で眩しい子だった。だけど、前原に弄ばれ、傷付けられたあの子はすっかり性格が変わってしまった。控えめで大人しい、何をするにしてもいつも何処か怯えている。私が傍にいないと……今にも壊れてしまいそうだ。


 前原がヒナにきちんと謝罪して、和解する事が出来たならあの子はきっと救われる。きっと何かが変わるはず。そんな願いを込めて、前原に同窓会に出席する事を提案したし、あいつもその要求を呑んだ。


 なのに。

 それなのに。


「……ッ」


 唇を強く引き結ぶ。周囲の楽しげな喧騒が今はどうしようもなく憎らしい。


 前原は。前原仁は、結局同窓会には現れなかった。

 現在時刻は20時半を少し回ったところ。17時から開始だった。……今更、来るかもしれないなんて儚い願望を抱くつもりもない。

 期待していた。記憶喪失の件は半信半疑だった。だけど、久方振りのあいつは以前とは雰囲気は全く別物だったし、真剣に私の話を聞いていた。だから、少しの希望を抱いてしまった。裏切られるかもしれないと分かっていつつも、ヒナが救われるならと淡い期待をしていた。


「……ごめんな、ヒナ」


 すぐ横で、悔しさと怒りに震える私をオロオロと眺めていたヒナに声をかける。

 この子が1番悲しい筈なんだよ。被害者のこの子が。


「えっ?わ、私は大丈夫だよ……?前原くんもこんな私の事なんか覚えてないし、気にしてるわけないよ。ほら、私って暗いし……。男の子に……増してや前原くんに謝罪とか頼める立場じゃないよ……」


「……そうか」


 この子はいつもことある事に自虐に走る。自らへの自信のなさからだろうけど、見ていて痛ましい。これも全部前原のせいだ。


「……おい」


「ん?」


 不機嫌そうに……いや実際不機嫌なんだろうけど、低く野太い声で声をかけてきたのは、嘗ての級友で、クラスでは前原以外だと唯一の男である黒瀬龍彦(くろせたつひこ)だ。……正直こいつもヒナの一件に絡んでいたため余り関わりたくない人物だ。


「なに?」


「なに?じゃねぇんだよ。お前が今回の同窓会に仁が来るっつーから態々来たんだけど?で、仁はどこだよ?おい」


 相変わらずガラの悪い。どう間違っても好ましくは思えない。私の周りの男はこんなやつばっかりか。


「そんなに前原に会いたかった?」


「……は?会いたいわけねぇだろ。……アイツには聞かなきゃなんねぇことがあんだよ。どうしてもな。事と次第によっては俺はアイツを……いや、なんでもねぇ」


 ……なに?記憶ではこいつはクラスで2人だけの男ということもあって、前原とはそれなりに親しかったと思うんだけど。何があったら今みたいな親の仇でも思い出す顔になるんだよ。一体何されたんだこいつ。


「……ふーん。まあ前原は来ないみたいだけどな。あんだけ啖呵切っといて。やっぱり何処まで行ってもクズはクズなんだな」


「……チッ。何のためにこんなクセェ会に出席してやったと思ってんだ。とんだ無駄足だ」


 そう言い残して黒瀬は踵を返す。どうやらこのまま帰宅するみたいだな。帰れ帰れ。

 もう黒瀬のことも、前原の事も忘れる。ヒナがこの先いつか笑えるように私が支える。親友である私が、頑張るんだ。この子には私しかいないんだ。


「……ヒナ、私達ももう帰るぞ」


 歩き出しながら隣に立つヒナに帰宅を促した。


「……」


 それなのに返事がない。


「……?」


 それに、あれだけ和気藹々と話し込んでいた元クラスメイト達が静まり返っている。


 なんだ?

 落としていた視線を上げ、辺りに見渡す。すると、全員が全員同じ方向を放心状態で見ていることが分かった。それには当然ヒナも、そして黒澤も含まれている。

 一体何なんだよ。


 皆の視線を辿るように、そちらに目を向けた。


「……ッ!?」


 ……。


 何なんだよ。


 今更何しにきたんだよ。もうこれ以上私たちを掻き回すのは止めてくれ。平穏に、ただ平穏に過ごしたいだけ。誠意がないなら放っておいてくれ。誠意があるなら相応の行動を取ってくれ。

 迷いを生じさせるのは止めてくれ。



「……前原」



 同窓会も終わって、いざ解散といった流れだったのに。どの面下げて来たんだお前は。


「はぁッ……はぁッ……」


 何でそんなに息が切れてるんだよ。クズのくせに一丁前に必死に駆けつけたみたいな態度はよしてくれ。お前はクズだ。……そう思わせてくれた方がずっと、ずっと楽なのに。


「はぁッ……!……間に……合った……」


「ッ!間に、合ってねえよ!なあ、何しに来たんだ今更!お前言ったよな?『是非行かせてもらうよ』って。期待を裏切ってんじゃねえよ!3時間半も遅刻して間に合っただと?ぶち殺すぞお前……!!」


「……」


「はぁ……はぁ……」


 何でこんなにイライラするのか自分でも分からない。悪びれもせずにノコノコと来やがったらいくらでもボコボコにできる。それなのに、何で申し訳なさそうに、沈痛な面持ちで私たちの前に現れる?もう惑わすな。掻き乱すな。


「……本当に遅れてごめん」


「……ッ!だから中途半端な謝罪は……って、ぇ?」


 興奮していて遅れてしまったが、今気づいたことがある。


 なんだあの液体は?


 前原の顔……正確には額から何か赤い液体が一筋流れている。それは顔を経由し首元まで達しており、白いシャツの襟元が赤く染っている。あれは……どう考えても血だ。いや……意味がわからない。


「……」


 ヒナも流れる血に気が付いたのか、口元を手で覆い驚いている。言葉も出ないみたいだ。


「お、まえ……その血は……」


 何とか言葉を絞り出す。


「……あぁこれ?急いで走ってきたから傷が開いちゃってさ。……き、気にしなくていいよ」


 前原は血を拭いながら訳の分からないことを言う。その途中僅かに蹌踉(よろ)めいた事を私は見逃さなかった。……いや、恐らく前原が蹌踉めいた事などこの場にいる殆どの人が気が付いている。それなのにコイツはそれは些事だと言わんばかりに振る舞う。


 分からない。前原が分からない。


「……よぉ仁。久しぶりだな」


 私が頭の中を整理していると、いち早く混乱から抜け出したのか黒瀬が1歩前へ出て前原に話し掛ける。


「……えっと。ごめんね、君は?」


「はあ?何言ってんだお前」


「ごめんね、実は数ヶ月前に事故で記憶喪失になっちゃって、みんなのこと全く覚えてないんだよ。だから良ければ名前を教えて欲しい」


 未だにドクドクと溢れるような額からの出血を意に介さず、あくまで落ち着いた様子で前原は応じる。


「……はっ。今度は何企んでんだ、仁。そんな奇妙な設定で何をしでかすつもりだ?おい。その気持ちの悪い口調もやめろ」


 同窓会の最中、一応前原の自称記憶喪失は全員に話したんだけど、どうやら黒瀬は信じていなかったようだ。かく言う私も未だ半信半疑だしこれは仕方が無いことだ。


「……信じてもらうしかないけど。兎に角、僕は今日昔の事を謝りに来た」


「ッ!!……昔の事を……謝りにきたぁ……!?やっぱり、お前が美琴(みこと)になんかしたのか!おい……!」


 黒瀬は今にも掴みかかりそうな勢いで怒りを露わにする。美琴……黒瀬の妹か。何か凄い因縁がありそうだ。


「(……えっ?美琴ちゃん?あれは確か……前原くんのおかげで……。あれ……?)」


 ヒナが小声で何か呟いている。美琴に反応しているようだ。そう言えば、ヒナは美琴と仲が良かったな。えっと確か……習い事のピアノか何かで一緒だったんだっけな。だから急に出てきた美琴に驚いているのだろう。


「……ごめんね、その美琴ちゃんの事も僕は分からない。話をするにしてもここは目立つし場所を変えよう?」


「……チッ!あぁ、わかったよ」


 一瞬辺りを見渡した黒瀬は納得し切ってはいないようだが、取り敢えずは合意したようだ。

 これは……私達も付いて行った方がいいのか?


「(……ヒナ、どうする?)」


 小声でヒナに判断を仰ぐ。私達もついて行くべきかどうかという意味だ。


「(……うん、私達も行こう)」


「(わかった)」


 他でもないヒナがそう言うなら是非もない。


「じゃあ……人もいないだろうし近くの河原にでも行こっか。付いてきて」


 私達クラスメイトが思案する時間を待っていたのか、少し時間を空けて前原が提案する。くるりと川の方角へ振り返り、歩き始めた。

 しかし、私達は素直に歩き出すことが出来ない。


「「……!?」」


 おい、ウソだろ?


 何故ならば、前原の背中……正確にはシャツを視界に入れてしまったから。前側とは比べるべくもない程赤く染った背中。氷山の一角とはこの事で、私達が見ていたのは全体の出血のほんの一部だけだった。傷口はどこだ?というかアレ本当に血なのか?


 本当にこいつ何があった?

 ちゃんと生きてんのか?直ぐに救急車呼んだ方がいいと思うんだが……。


「……?何してるの?行くよ」


「あ、あぁ」


 怒り狂っていた黒瀬さえも冷水をかけられたかのように沈静化しており、暫し呆気にとられていたようだ。


 ……私も最早前原が遅刻してきた事に怒りなど微塵も湧いていない。何か事情があったのは察するに余りある。寧ろ、あの状態で遅れながらも同窓会に現れた事実に驚きを隠せないし、同時に信じてみてもいいかもしれないと、そう思う自分がいる。


 私は……どうすればいいんだ。

 前原は……何を考えているだろうな。


 兎に角今は前原について行くしかない。

 私達は促されるままに付いて行った。


 

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